第11話 とある英雄の話(1)
王国の至宝、英雄として脈々と王国へ仕え続けるヴーロート一族。
その始まりはアウランティウム10世の時代まで遡る。
それは、まだ王国が大陸の覇権を取っておらず、大陸の存在する一国に過ぎなかった頃のことだった。
当時、大陸を制覇していたのはエルフ族と呼ばれる知的種族。
エルフ族は人間族に比べ遥かに長寿で、その年功によって高い戦闘技能を培い、大陸の支配者として君臨していた。
王国はエルフたちに主権を奪われ、押し付けられるままにその文化や宗教を受け入れることしか出来なかったのだ。
エルフたちは原始宗教を崇拝し、その生活様式も信仰を軸としている。
それは王国に元々あった信教を否定し、弾圧を加えるものであった。
端的に言えば、当時の王国はエルフたちの属国に過ぎない存在であったのだ。
しかし、王国に仕える一人の将がそんな状況を覆すことになる。
将の名はヴォルカン・ヴーロート。
ヴーロート家の初代当主となる男である。
ヴォルカンは兵を上げ、大陸最強のエルフ族へと反旗を翻す。
そして、多くの犠牲を上げながらも、王国圏内からエルフ族を駆逐。
人間族へ、真なる主権国家を齎したのだ。
その功績から、ヴォルカンは『救国の英雄』と呼ばれ、英雄たるヴーロート家の地位を確固たるものとした。
その後もヴォルカンの末裔たちは、英雄として王国へ多大な貢献を果たし続けてきた。
大陸各地に置ける王国勢力範囲の拡大。
大陸の闘争へ介入してきたドワーフ族への制裁。
2代目から3代目へと家督を受け継ぎながら、ヴーロートの名を持つ者たちは王国のために戦い続けてきたのである。
そして4代目、クリムゾン・ヴーロートの時代に、世界は新たな転機を向かえる。
魔女独立解放戦線の台頭。そして彼女らが掲げた武力革命宣言である。
対して王国は魔女討伐騎士団を設立。
国王アウランティウム13世は初代騎士団長に、このクリムゾンを指名したのだった。
◇
クリムゾン・ヴーロートは男児に恵まれなかった。
彼は二人の子をもうけたが、そのどちらもが女児。
長女ローズ・ヴーロートと次女スカーレット・ヴーロート。
ヴーロートの家督は一世代、婿へと託さなければならなかった。
娘たちが年頃になると、クリムゾンは婿探しで奔走することになる。
ヴーロート家は武人の一族。
まして今は戦時、アルカナ・マギア鎮圧のため激戦に激戦を重ねている最中である。
そんな状況もあり、ヴーロートの名を継ぐ者は優れた武人で無ければならぬと考えたクリムゾンは、強き男を求めて王国中を駆け回っていた。
長女、ローズの夫となる男は簡単に見つかった。
遠隔教団領にて聖戦士部隊に所属し、その優れた戦術と統率力から異教徒討伐の急先鋒に数えられていた戦士。
カーマインという名の青年である。
その才能に着目したクリムゾンは、カーマインを魔女討伐騎士団に召還し、その実力を測ることにした。
実際、カーマインは噂に違わぬ優秀な男で、クリムゾンの片腕として十分以上の働きをしてみせたことから、クリムゾンは彼を長女ローズの夫としてヴーロート家に迎え入れることにしたのだった。
一端の安心を得たクリムゾンであったが、まだ不安は残っている。
次女のスカーレット。彼女の夫にも相応しき戦士を選び出さなければならない。
カーマインは戦術家としては優秀だが、戦士としては凡庸な男である。
出来れば、そんな彼を補佐できるような………比類なき強さを持った男をクリムゾンは欲していた。
◇
その日、クリムゾンとカーマインは連れ立って、王都の外れを進んでいた。
「ふう、なかなか目ぼしい奴がおらんのぅ。
こう………英雄の名に相応しい、バシッとした奴がいればいいのだが………」
「まあ、そう簡単に見つかるものではないでしょうね」
ぼやくクリムゾンへ、カーマインは僅かに笑いながら答える。
遠征と遠征の合間にある僅かな休息の時。
それを費やし、こんなところをうろついているのは、スカーレットのためである。
首尾よく結婚の決まったローズに対し、スカーレットの婿探しは難航を極めていた。
大陸中の騎士や戦士たちを精査しても、相応しいと思える者がいなかったのである。
うんざりと肩を竦めるクリムゾンへ、カーマインは言葉を告げる。
「自分事であれなのですが………私は戦術家としてそれなりの自負を持っている。
しかし私は義父殿のような戦士としての力が無い。
英雄には、戦術家としての頭脳と、戦士としての腕が求められます。
スカーレットちゃんの婿殿には、卓越した戦士がいいかと」
「ワシもそう思っちゃいるんだがな。
いまいち目につく者がおらんのよ………」
ため息をつきながら、クリムゾンは前にある大きな建物へ目を向ける。
「ま、その為に休日を犠牲にして、わざわざこんなところへ足を運んだのだがな」
彼らの眼前に聳え立つのは『闘技場』と呼ばれる施設。
闘技場とは、貧民街に築かれた武闘賭博場。
王国の良識派から存在を疑問視される、遊戯施設であった。
闘技場の戦士は剣奴と呼ばれる。
剣奴たちはみな、貧窮によって売られた農村の少年であったり、借金によって身を崩した者であったりと、その素性は様々だが王国階級の最下層という点で一致していた。
剣奴たちは常に真剣を持って戦わされ、一方の死によって勝敗が決まる。
健闘をした者、支持者の多い者は、敗北しても命を取り留めることはあったが、そんなのは稀の事。
元より観客が期待するのは、戦いの高揚ではなく、殺戮の興奮。
剣奴が戦い、絶望の中で死ぬ姿を見るため、この場所へと足を運んでいるのだ。
剣奴まで身を墜とした者は、そのほぼ全てが数ヶ月内に戦死という最期を辿るのが常であった。
彼らが生き残るためには勝つしかない。
勝って報奨金を得、剣奴の身分を脱するしか道は無いのだった。
クリムゾンはそんな余興に熱狂する性格では無かったが、この闘技場へと足を運ぶことにした。
「剣奴王………噂が眉唾で無ければ良いのだが」
それは、王都においてまことしやかに囁かれる王―――剣奴王の噂を耳にした為であった。
この闘技場において10歳から戦い、齢20となった今でも無敗であり続ける男。
その通算成績は1024勝0敗。殺戮した人数は1012人。
自由を取り戻す金は得ている筈なのに、憑かれたように戦い続ける、戦狂者。
すでに通常の剣奴では相手にならず、彼には特別に用意した戦士たちが相手に選ばれる。
借金によって、身を落とした元魔女討伐騎士団の騎士。
聖戦士部隊の異教徒救済計画によって捕らえられたエルフ族の戦士。
アヘンに耽溺し、とにかく金が欲しいドワーフ族の剣客。
とにかく強者とされる者たちが対戦相手に宛がわれ、彼はその全てに対し勝利してきたと言う。
千人殺し、気狂い殺人鬼と恐れられる、剣奴たちの王。
人は彼を『剣奴王』と呼んでいる。
「集客のための過大広告ではないですか?
訓練も受けていない剣奴が、エルフやドワーフの戦士、まして騎士に勝てるとは思えません」
「ワシとて、噂を鵜呑みにしている訳ではないさ。
それに、もし噂が真実だったとして、そんな戦狂者に愛娘をやるわけにはいかんよ。
ただまあ………一見の価値ぐらいはあるかと思ってな」
訝しい表情のカーマインへそう断り、クリムゾンは闘技場の中へ進んでいったのだった。
◇
興業の最終工程。
雑多な剣奴たちの殺し合いが終わった後、その日の最終試合が観客たちへ伝えられる。
取りを務める剣奴は、言わずとしれた剣奴王。
その名が出た途端、観客たちは喝采が闘技場全体を埋め尽くす。
それまでつまらなそうな視線を送っていたクリムゾンは膝を直し、闘技台へ真剣な眼差しを向けた。
闘技台の中心に現れたのは、背こそ高いが細身の青年。
青年は使い古された剣を適当に素振りし、黒髪を風に揺らしている。
「あれが剣奴王………?
あまり強者然とはしていませんね。
街にいる、普通の若者のようだ」
「ふむ………」
カーマインの言葉に、クリムゾンは頷く。
このような場所で、碌な訓練も無く生き残ってきたとすれば、相当な体格を求められる筈だ。
技の存在しない武闘は、筋力こそが物を言う。
クリムゾンは剣奴王が自分と同じような偉丈夫だろうと予想していた。
しかし、姿を現したのは細身の、優男のような風貌をした男である。
「所詮は俗衆の噂………ただの大仰であったか。
それとも、相当な剣客であるとか………まさかな」
そんな疑わしい思いを抱く二人の耳へ、司会進行を務める運営者の声が響き渡る。
「未だ無敗の剣奴王。
しかし、我々はついに!
彼へ強大な敵を用意することが出来ました!」
微かにざわるく場内。運営者は不敵な笑みを持って言葉を続ける。
「本日、剣奴王と戦うのは魔女!
それもバリバリの武闘派………アルカナ・マギアの魔女だぁ!!」
「なんだと!?」
驚愕を禁じえない二人の前に件の魔女が姿を現す。
黒いローブに星月の刺繍。
纏ったローブは銀色の光沢を放ち………それが魔力を帯びた魔術衣であることを証明している。
正真正銘の本物。アルカナ・マギアの魔女である。
「義父殿、あれは本物の魔女ですよ!?
恐らく、前の遠征で捕縛した魔女の一人かと」
「なぜ、その魔女がこんなところにいる………?
奴らは厳重に収監されているはずだ!」
先に説明してしまえば、彼女は闘技場運営団体が王国から買い取った魔女である。
王国は秘密裏にこういった人身売買を行い、騎士団遠征の資金源としていた。
闘技場の興行にとって、剣奴王はもはや人を集めるため無くてはならぬ存在。
通常の剣奴はおろか、戦士崩れさえ相手にならなくなったいま、運営者は更に強大な敵を欲していた。
そして今回、魔女―――元アルカナ・マギアに所属し、多くの騎士たちを屠ってきた魔女を買い取ったのである。それは魔女にとっても渡りに船となる話。
元々火刑に処される予定であったこの魔女は、戦いに勝利することで自由を約束されていた。
観客席が狂気的な熱狂に包まれる中、クリムゾンたちは醒めた視線を闘技台に送る。
剣奴王の噂が真実であれ虚偽であれ、彼はここで終わりだ。いかに優れた戦士であろうと、一人で魔女に勝利することなど叶わない。
騎士であっても、魔女と戦うときは一対多。
複数の戦力で持って、一人の魔女へ当たらなければならないのである。
彼らの目から見て、剣奴王の死は確定だった。
そんな二人の考えを他所に、試合開始の宣言が響き渡る。
闘技台の周囲に高い鉄柵が牢獄のように備えられ、どちらかが死ぬまで戦いを止めさせないという意志をひしひしと送り込んでいる。
会場の興奮はもやは狂騒の域に達し、誰もが怒声とも雄叫びともとれぬ叫びを上げる。
無敗の男と、悪魔の女。
そのどちらが無残な最期を遂げるのか、観客たちは総立ちになってことの成り行きを見張り続けていた。
結果を言ってしまえば、勝負は呆気のないものだった。
魔女が放った光の槍。剣奴王はそれを難なくかわし、一瞬で彼女の腕と足を斬り飛ばしたのである。
それは、相手を殺さずに戦闘不能にする―――余裕さえ感じさせる勝利であった。
利き腕と足を失い、魔女は涙を流しながら地面を這いづる。魔術を顕現させるための腕を失った時点で彼女に戦う力は残っていない。
剣奴王はちらりと審判員へ視線を送る。ここで観客たちが魔女の助命を嘆願すればとどめをさすことなく、戦いは終わりになるのだ。
しかし、観客たちから届くのは「殺せ」という叫びだけ。
元より王国中から嫌悪される悪しき魔女なのだ。彼女の延命を望む者などいない。
剣奴王は一つだけため息をつくと、一振りで魔女の首をを切り落とす。
吹き上がる血飛沫に叫びを上げながら、観客たちの胸には微かな失望が交じる。
せっかく魔女まで用意したのに、剣奴王は呆気なく勝負を決めてしまった。
それはいつもの―――観客たちにとっては見慣れた、剣奴王の戦いである。
少なくともこの数年、彼が苦戦する様子を見た者はいない。
そんな観客たちを尻目に、カーマインは更なる驚愕を受けていた。
見た限り、魔女の力はアルカナ・マギアでも中堅………もしくはそれ以上の実力を持った魔女だ。
魔女討伐騎士団にだって、このレベルの魔女を苦も無く殺せる者はいない。
「お、義父殿!
これはひょっとすると、ひょっとするかもしれません!!
婿養子の話はともかく、取りあえず彼を―――!!」
カーマインもまた興奮に顔を上気させ、隣のクリムゾンへ目を送る。
「………義父殿?」
しかし、ついさっきまで隣に居た筈の義父は、観客席から忽然と姿を消していたのであった。
◇
魔女との戦いを終え、剣奴王は自らの控え室へと戻っていた。
剣についた血を拭い、そのまま床へ放り投げると、自らも床へ倒れこみ、ゆっくりと呼吸を整えていく。
こうやって昂ぶった心を落ち着かせるのが興行後、彼の常であった。
転がった剣を見つめ、剣奴王は目を閉じる。
さっき、自分が殺した女。
年齢的には自分とあまり変らないだろうか。
魔女などと呼ばれていたが、はて魔女とは何だろう?
剣奴王は無知だった。
彼はこの闘技場以外の事をあまり知らないし、興味も無い。
月に一度程度の間隔で行われる殺戮興行だけが彼の全てであったのだ。
剣奴王の閉じた瞼の裏側に、さっきの女の泣き顔が蘇る。
女を殺すのは苦手だ。
特に男女を区別するつもりはないが、あの金きり声はどうにも耳奥へ残ってしまう。
閉じた暗闇の奥でガチャリと扉の開く音がする。
興行主が労いの言葉でも言いにきたのかと瞼を開くが、そこには見知らぬ男が立っていた。
「だれ?」
剣奴王は即座に立ち上がって剣先を突きつけるが、男は意にも介さぬように鷹揚に笑ってみせる。
「ワシの名はクリムゾン・ヴーロートという。
ヴーロート一族の5代目当主。
『王国の剣クリムゾン』聞いたことはないか?」
「ヴーロート………? 知らない」
「ほう、それは残念。
それなりの名士を気取っておったのだが………」
剣奴王の無愛想な言葉にも、男はひょうげた仕草で笑ってみせる。
男は年のころ50代ほど。筋骨隆々とした体を華洒な衣服で包んでいる・
剣奴王は男へ警戒を続けながらも、この男が何者か悟り始めていた。
恐らく彼は、王都の富裕層か権力者。
用心棒か警護役にならないかと、自分を誘いにきた口だろう。
過去にも何度か、そういった輩が自分の下へ訪れている。
剣奴王のそんな勘繰りとは裏腹に、クリムゾンは興味津々といった調子で口を開いた。
「先の魔女との戦い。
お前は奴の魔術をかわしていたな。
どうやったのだ?」
「どうやったって………」
「ワシの知る限り、放たれた魔術をかわした人間など聞いたことがない。
まして障害物無しで一対一の状況。間合いだってそれほど離れていなかった。
あんなもの、予め狙いを悟っていなければ出来ん筈。
どんな手品を使ったのだ?」
「手品も何も、特別なことなんかしていない」
どうやら危険は無いらしいと、剣奴王は剣を下げ視線を反らしながら質問に答える。
もともと彼は、極度の人見知りだった。
「あの女が光の槍――-魔術? その魔術とかいうものを放った時、真っ直ぐに向けられる殺意を感じた。
だから僕は横へ飛びのいた。
それだけのこと」
「ほう、つまり感覚でかわしたのだと、そう言いたいわけか?」
「まあ、そうです」
剣奴王は居心地悪く首を掻く。人と話すのは苦手なのだ。
まして見知らぬ偉そうな人となれば尚更である。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、クリムゾンは爛々と輝く瞳で剣奴王を覗き込む。
「何故、お前は戦うのだ?」
「何故って………なに?」
「お前ほどの腕があれば、引く手は数多だろう。
そもそも、報奨金だって相当得ている筈だ。
何故、こんな所で燻るような真似をしている?」
「………」
どこまでも不思議そうにクリムゾンが問いかける。
これほどの戦士が見世物興行で武技を奮うなど、宝の持ち腐れもいいところだ。
なぜ彼がこんなところにいるのか、クリムゾンには不思議でしょうがなかったのだ。
剣奴王はクリムゾンの瞳に怖気つきながらも、ぼそりと小さな声で問いに答える。
「………わからないんです」
「わからない?」
「僕は物心ついた時からずっと、ここで戦ってきた。
戦って、殺して、奪って。それ以外のことなんて知らないし、わからない。
この闘技場を出たって、何をすればいい?
どんな風に生きればいい?
僕にはそれを、想像することさえ出来ない」
剣奴王は目を伏せたまま、ぼそぼそと小さく呟く。
その姿は、彼が闘技台で見せた威風堂々と異なり、自信なさげでちっぽけなもの。
剣奴王などと大仰な呼ばれ方をしているが、彼の本質は未熟で無知で、人見知りな青年に過ぎなかったのだ。
「僕、ここを出るのが恐いんですよ。
外はどんな場所かわからないし、もしかしたら恐い人やずるい人がいるかもしれない。
誰かを信じることも、信じた人から裏切られるのも、僕は恐い。
それなら………ここにいたほうがいい。
少なくともここは、勝ってさえいれば、みんなが褒めてくれる」
青年は臆病者そのものの表情で、自嘲するように笑ってみせる。
そんな卑屈な笑顔を真っ直ぐに見つめ、クリムゾンは再度、問う。
「………お前の名前は?」
「覚えてない………知らないです」
「ふむ………」
クリムゾンは思案するように顎へ手を当てる。もっとも考えるまでもなく、彼の答えは決まっていた。
「剣奴王よ。ならば、このワシがお前に名前をくれてやろう」
「名前?」
「その通り。
英雄の一族ヴーロートの名において、このワシ。
クリムゾン・ヴーロートがお前に名前を授けてやる。
―――グレン。
今日よりお前は『グレン』と名乗れ」
「グレン………?」
「そうだ。お前は一見すると打ちひしがれた影のようだが、その実、瞳の奥に燃える紅蓮を宿している。
だからグレン。
グレン・ヴーロートだ。
どうしてなかなか、良い名前ではないか!」
呆気に取られるグレンを置いて、クリムゾンは勝手に一人で盛り上がり始める。
「武人として戦術に優れるカーマイン。
戦士として武技に優れるグレン。
うむうむ。我ながら良い婿たちを手に入れた!
それによく見ればなかなかの男前ではないか。
スカーレットと並べば良い絵になるというものだ!」
「何を言ってるんです? あなた?」
あまりの事態に理解が追いつかず、戸惑いを見せるグレンに、クリムゾンはその肩をがしりと掴むことで答えてみせた。
「お前を我が娘、スカーレットの婚約者にする。
喜べ、あの子はワシに似てかなりの美形だ。
王都中の男たちがお前に嫉妬するぞ」
「こ、婚約者!? 意味がわからない!
そもそも僕に、ここを出るつもりは―――」
驚愕し、グレンは掴まれた肩を振り払おうとするが、ガシリと掴んだ腕はそれを許さない。
「グレンよ………お前はこのままでいいのか?
ワシの見る限り、お前の武技は王都でも指折りの域にまで達していると思うぞ。
その力を、クズ共の見世物で終わらせてしまってよいのか?
ワシと共にくればその力、王国のため、臣民のため、守るべきモノを守るために、如何なく使うことが出来るのだぞ」
クリムゾンの言葉を受けてなお、グレンは頑なだった。
彼の真っ直ぐな視線を、地面を見つめることでやり過ごそうとする。
「我らはヴーロート一族。お前には英雄を名乗る実力があるのだ。
未知を恐れるな。前進を戸惑うな。
ワシとて、お前のために尽力することを約束しよう」
「でも………」
「ワシの言葉が信じられんか?」
「あなたが信じられない訳じゃない。
ただ………誰かを信じれば、その時から誰かに裏切られるかもしれない。
僕は、それが恐いんだ………」
「ワシは絶対に裏切らん!!」
クリムゾンの大声に、グレンはビクリと体を震わせ、思わず顔を上げてしまう。
怒らせてしまったか? と不安がるグレンに反し、見上げたクリムゾンの顔には笑みが浮いていた。
その初老に差し掛かった英雄は笑顔のまま、震えるグレンへ手を差しのべる。
「もしもお前が少しでも前進を望むなら。
ワシを信じる気持ちが僅かでも芽吹いたなら。
この手を取るがいい。
そうすればきっと、お前の世界は無限に広がっていく」
グレンはその手を恐々と見つめる。
豪奢な出で立ちに反し、長年、過酷な環境を耐えてきたのだと分かる無骨な手は、彼が信頼に足る相手だと表明しているように見えた。
グレンはおっかなびっくり、その手に自らの手を合わせる。
「よろしく………お願いします」
「うむ!よろしいグレンよ!
今後、ワシのことは義父と呼んでいいぞ!」
「お、義父様………?」
その日、その時を持って、ヴーロート家は二人目の婿養子を招きいれる。
名前はグレン・ヴーロート。
それは後の大英雄グレンが、栄光と凋落の道を歩む、第一歩となるものであった。




