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旅人が入室した瞬間に目にしたものは、あまりにも奇妙な組み合わせだった。
10代後半の少女と老婆。
孫娘と祖母というには、あまりにもやりとりが不自然だった。
肉親というよりは、奴隷と主人のような関係はどうしたことか。
それにしては、あまりにも小奇麗なかっこうはどうしたわけか。
首の太さとそれほど変わらないコルセットは、あきらかに時代の流行をいく。
加えて見られぬ意匠は旅人の興味を引く。
にしても、旅人が故郷を出奔して三年。
社交界とはまったく縁のない生活を送っている。
青年が知っているのは、あくまでも三年前の流行にすぎない。
青年が目の当たりにしているのは、三年前よりも先にいっている。
首ほどまでに腰はコルセットに締め付けられている。
それは時代の最先端を行くのだろう。
青年の知らない意匠は、最先端の証。
青年が知っている限りの意匠にプラスアルファをすれば、きっとこうなるだろうと、想定すればよい。
青年は自分の知らない最先端を想定の上で、目の当たりにすることができる。
この年齢の少女からしては垂涎の的にちがいない。
旅人が招き入れられた家屋敷の規模からすれば、あまりにも豪華すぎる。
あのドレスは少女を飾り立てるためというよりは、べつの意図を感じずにはいられない。
「どうしたんだい、坊や、泊まっていくのか、いかないのか?外には夜盗が徘徊しておるよ。お前さんみたいなのは、追剥にみぐるみはがされるのガオチだろうよ」
老婆の声が耳に響く。かすれかすれながら、その根底には強い意志を、
下卑ていながら、過去の、いまは過ぎ去った高貴さを、
あるいはざ、わざとらしく演出した下品さを、
青年は否定できずにいた。
巨大な鍋の中に沸騰しているものは、たしかに料理なのだろう。
しかしそれをつくるために利用されている道具類は、あきらかに科学者か、あるいはべつの職業者が使うものだ。
べつの職業とは世界の大半から忌まれる存在。
老婆は科学者ではあるまい。
ならば、魔女か。
自分が入るべき場所ではないのではないか。
しかし外の世界は老婆の言う通りに魔界に思えた。
ここが天国で外は魔界だという二元論が青年を支配する。
老婆の言葉には、青年を視野狭窄に陥らせるだけの説得力があった。
少女が向けてくる視線からは恐怖と絶望しか感じられない。
しかし旅人を恐れているわけではない。
そもそも彼女は健常者なのか?
その目は光を捉えることができるのか?
仮に原理的に光を捉えられたとしても、少女は青年を見ていない。
彼女の目は何を見ても老婆を見ている。
彼女は老婆しか見ることができない。
ふたりの関係は本当に孫娘と祖母か?
原理的にはそうだろう。
しかしじっさいはどうか?
少女は青年と同じように、この天国に足を踏みいれたのではないか?
あの鍋で煮込まれている肉は何か?
それを知っているからこそ、
恐怖と絶望しか、その目は捉えられない。
新しく孫になる俳優が姿を見せた以上、
少女はその役を追われる可能性がある。
それを目の当たりにした、知っているからこその絶望と恐怖。
あの鍋で煮られている肉は何か?
少女は生きながら煮られる熱さと苦痛を想像のなかで味わっているにちがいない。
旅人は出会う前から彼女を知っている。
具体的なことは何も答えられないが、すべてを知っている。
すべて、知っている。