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最後の一人

作者: 森 杏

 俺には凄い能力がある。

 人の頭の中がわかるのだ。

 俺は今までほとんど勉強しなかった。だがテストの時は頭のいいヤツの頭の中を読んで答えを書く。すると簡単にいい点が取れた。

 そんな事を繰り返して、今俺はこの地域じゃ最高レベルの高校に通っている。

 この調子で行けば最高の大学にも余裕で行けるだろう。


 この能力のおかげで女にも不自由しなかった。まあもともと顔は悪い方ではなかったが、それ以上に俺には「女心」というものが手に取るようにわかる。

 何をすれば喜ぶのか、何を言ってもらいたいのか全部わかった。

 悩んでる女がいたら、何気なく優しい言葉を掛ければすぐ俺に好意を持ってくる。

 この調子で俺は女に不自由しない人世を送るんだ。


 この能力さえあれば俺の人世バラ色なはずだ。


 この能力さえあれば……。


 

 朝起きて、俺は異変を感じた。

 

 何も音がしない!


 正確に言えば風の音は聞こえる。風が木の枝や葉っぱを揺らす音、建て付けの悪い窓の枠を揺らす音は聞こえた。

 だが他の音が聞こえない。

 いつもだったらスズメの鳴き声が聞こえる。通勤の車の音が聞こえる。

 なによりお袋が朝食の用意をしてバタバタしている音、親父が観ているテレビの音、姉貴が朝シャンしてドライヤーをかけてる音が聞こえるはずだった。

 「皆がいなくなったら韓流ドラマ観ましょう」とか「今日も契約取れなかったらまた課長に嫌味言われるなあ」とか「今日は午後の授業サボってデートなんだー」とか、家族の頭の中の声もうるさいほど聞こえてくるはずだった。


 なのに、今朝は聞こえない。何も聞こえない!


 急いで階段を下り、リビングに行った。

 カーテンは閉まったままだった。

 人がいる気配も無い。


 もしかしたら時間が早すぎるのだろうかと、両親の寝室をのぞいたが、もぬけの殻、ベットを触ったが冷たかった。


 姉貴の部屋ものぞいたが、やっぱりもぬけの殻だった。


 俺に何も言わずに皆で出掛けてしまったのか。


 玄関を出てみた。

 車庫には親父の車が停まったままだった。


 「あれ?」

 いつも俺が玄関を出ると向かいの家のバカ犬が必ず吠えてくるが今朝は吠えない。それどころか出てもこない。

 病気だろうかと犬小屋をのぞくと、そこには鎖と首輪だけが残っていたが犬はいなかった。


 それにしても静か過ぎる。

 誰の声も、頭の中の声さえも聞こえない。


 大通りに出てみる。


 「!?」


 いつもは渋滞していてなかなか横断できない道なのに、車一台走っていない。


 あまりの不自然さに家に走って帰りテレビをつける。


 何も映らない、というか電気が通じていない。


 大規模な停電にでもなって、町中皆でどこかに避難したのだろうか。いや、家族が俺だけ置いていくはずはない。 


 スマートフォンを操作する。

 インターネットはつながらない。

 同級生に電話してみるが全然出ない。誰一人として出ない。


 

 俺は自転車で町中を走った。

 誰とも会わなかった。

 誰の声も聞こえなかった。


 町を出て走り続けた。

 誰とも会わなかった!

 誰の声も聞こえなかった!


 どうなっちまったんだ。

 何が起こったんだ。


 まさか、俺以外の人間、いや、犬やスズメ、全ての生き物が消えてしまったのか!



 俺は泣きながら自転車をこいだ。

 風が涙を払ってくれたが、次から次へと溢れ出てきて前がよく見えない。

 

 何も考えられなかった。

 頭の中が真っ白だった。


 

 誰もいない、寒々とした家に戻った。


 俺はどうしたらいいんだ?

 いや、もしかしたらこれは夢かも知れない。もう少ししたらお袋が「いつまで寝てるの? 遅刻するわよ」と起こしに来てくれるかもしれない。

 よし、寝よう。

 俺はすっかり冷えてしまったベットに潜り込んだ。



 腹が減って目が覚めた。

 相変わらず静かな世界だった。 


 何がなんだかわからない。どうなっているんだ。何で俺だけ残っているんだ。


 とりあえずお勝手に行った。

 ありがたい事に食料はそのままだった。ただ電気が通っていないので冷蔵庫はただの食料保管庫になっている。電子レンジも使えない。ガスも止まっていて火が使えない。


 俺はパンにジャムを塗って食べた。いつもだったらお袋がトーストしてくれて温かいのに……。

 パンを食べたら何か飲みたくなった。コーヒーをいれようと思ったがお湯が無い。仕方ないので水でもいいかと水道の蛇口をひねると茶色っぽい水が出てきた。そしてだんだん水が細くなり、少しすると完全に水が出てこなくなった。


 畜生、ライフライン全部止まっちまった。水、電気、ガス、全部無くてどうやって生活するんだ……。


 いや、考えても仕方がない。電気やガスが無くても何とかなる。しかし水が無い事には死んでしまう。


 「そういえば……」

 俺は昔親父に連れられて、裏の山の頂上付近に水を汲みに行ったのを思い出した。清水が湧き出している所があって、地元ではちょっと有名な所だった。

 

 俺はそこへ行く事にした。

 さすがに徒歩では無理だ。山の上なので自転車でも無理だ。だったら……と俺は親父の車へ乗り込んだ。

 もちろんまだ免許は持っていない。だけど助手席で親父の運転を見ていたから大体運転の仕方はわかる。それにどうせ警察官だっていない。捕まるおそれは全く無い。

 キーを回し、エンジンを始動させた。


 最初の運転でいきなり山道はこわかったが、なんとか清水にたどり着いた。

 俺は家にあった全てのベットボトルを持ってきていて、全部に水を汲んだ。

 帰りの下り坂はかなりこわかった。何度ガードレールに激突しそうになった事か……。実際何ヵ所かこすってしまった。

 だが無事に家に着いた。凄く疲れた。汲んできた水で無理矢理溶かして飲んだコーヒーは苦かったが、何か満ち足りた気分になった。


 しかししばらくすると腹が痛くなってきた。生水に当たってしまったようだ。

 トイレに入ってスッキリしたが、水が流れないため便器の中はそのままだった。もうこのトイレは使えない。どうせ誰もいないんだから今度からは外でしようと決めた。

 それから水は煮沸しなければダメそうだ。

 俺は外に出て、隣の家の塀を壊し、ブロックでかまどを作った。そこに新聞紙を入れ、親父のライターで火を点けた。しかし新聞紙はすぐに燃え尽きてしまい、とてもお湯を沸かせそうに無かった。

 そういえば前にテレビでやってたな、と俺はゴミ箱をあさった。

 俺は空の牛乳パックに火を点けた。

 なかなか勢いのある炎が燃えている。そこに割り箸をくべると良く燃えた。

 かまどに網を乗せ、水を入れた鍋を乗せる。しばらくするとお湯が沸いてきた。

 これなら水を煮沸させるだけじゃ無くてカップラーメンも作れる。これで食べる物には困らないだろう。



 そうして俺は一人で生活する術を覚えて行った。

 水は山へ汲みに行った。ホームセンターに置いてあった水用のポリタンクを持ってきてたくさん汲んでこれるようになった。

 親父の車のガソリンが終わったら違う車に乗ればいい。そこらじゅうに腐るほど車はあった。

 スーパーに行けばカップラーメンも売るほど置いてある。毎日違う種類の味を楽しんだ。

 カップラーメンの他にもフリーズドライの食品とかカップスープ、味噌汁なんかもある。レトルトのカレーにパックに入ったご飯をお湯で温めて食べる事も出来た。

 このスーパーで食うものが無くなったら違うスーパーへ行けばいい。

 

 寝具も新調した。家具屋へ行き、寝心地のいいベットをもらってきた。最近はトラックも軽く運転出来るようになった。そして寝具は最高級の羽毛布団をもらってきた。これには感動した。金持ちはこんなに気持ち良く毎晩寝ていたんだ。


 風呂は近くの源泉掛け流しの温泉に毎日入る。最近は肌の調子もいい。


 そしてついに俺は見つけたんだ。

 暖炉付きの豪邸を。

 これから寒くなるのにエアコンもヒーターもこたつも無いんじゃやってられない。電気が無いんなら火を焚くしか無い。そのために俺は暖炉のある家を探していたんだ。


 その家には薪もある程度は置いてあったが、冬の間、暖房と調理をまかなうには少なそうだった。

 そこで俺は山へ行き、薪になりそうな乾いた木や枝を拾ってきて冬に備えた。

 そこらへんの家の木の塀も割って持ってきておいた。


 本屋へ行き、漫画をはじから持ってきた。テレビも無いから暇潰しにはこれしか無いだろう。面白くない漫画は薪にすればいい。 

 暖炉に当たりながら漫画を読んで過ごせるなんて最高だ。


 暖炉のあるリビングにベットを置き、俺はそこで暮らす事にした。


 暖炉に火を点けてみた。

 パチパチと音を立てながら火が燃えている。

 火を眺めるのも気持ちが安らぐし、木が燃える音も癒される。


 皆、どこへ行っちまったんだろう。生きているのかさえわからない。

 本当にきれいに消えてしまった。

 

 俺は今まであんまり人と深く付き合って来なかった。でもそのおかげで寂しい思いをしないで済んだ。

 さすがに家族の事は心配だが、俺以外皆一緒なら大丈夫かな。


 一人きりになって、俺は俺の持っていた能力が全く役に立たなくなってしまった事を残念に思った。この能力は他に誰かいなければ何の役にも立たない。

 たったそれっぽっちの力だったんだ。


 今の俺には全然必要のない能力だ。


 

 俺はこれからずっと一人なんだろうか。他に残っているヤツはいないんだろうか。


 不安はたくさんある。もし病気や怪我をしたらどうしよう。年を取って動けなくなったらどうしよう。この有り余る時間を何して過ごせばいいんだろう。暇で死にそうになったらどうすればいいんだろう。


 寂しくなったらどうすればいいんだろう……。


 部屋は暖かくて布団も最高に気持ち良かったが、俺の心はすきま風が吹き荒れていた。何故か涙が止まらない。

 夜のせいだ。暗いからだ。


 外に出た。星がキレイに輝いていた。

 空にはたくさんの光があるのに、地上は真っ暗闇だ。

 地球上に生きているのは俺だけだとしみじみと思い知った。


 しばらく星を眺めていたら冷えてきた。

 眠ってしまえば何も考えなくて済む。

 明日は病院へ行って睡眠薬でも調達してこようかな。


 そう思いながら家へ入ろうとすると、


 『おいおい、お前らしくもない弱気な発言だなあ』


 え!?


 俺は慌てて振り向いた。そして周りを這いずり回って声の主を探した。

 久しぶりに聞いた誰かの声だ。それに俺の事を知っている口ぶりだ。


 聞き間違いだったのだろうか、誰もいなかった。

 諦めて家へ入ろうとすると、


 『どこを探しているんだ。上だよ、上』

 

 上を見上げる。星空しか見えない。


 「!!」


 星の一つが輝いたかと思うと、その輝きがどんどん大きくなる。

 大きくなりながらどんどん近づいてくる。

 大きい、かなり大きい!

 東京ドームくらい大きい!

 それがどんどん近づいてくる。

 しかし音も無く、風も無い。

 ただでっかい光の塊が近づいてくる……。


 その塊が庭に停まった。良く見ると地上から五十センチくらい浮いている。

 その塊の中央に黒く穴が開いた。

 そこから一人の男が出てきた。


 『やあ、久しぶりだね』


 男は微笑んでいるが口は閉じたままだった。じゃあこれは男の頭の中の声なのか?


 『そうだよ。頭の中で考えてるだけだよ』

 

 何? こいつ俺の考えてる事わかるのか?


 『そうだよ。だって俺もお前もガリラ星人だからな』


 ガリラ星人? 


 『俺達の星の人間は会話なんてしない。考えだけで意志疎通する。口は食べるだけの器官だ』


 という事は……俺は宇宙人!?


 『まあ俺達からすれば地球人が宇宙人だがな』 


 俺だけが人の考えてる事がわかったのは俺が違う星の人間だったからなのか。

 それにしても地球の人間達はどこへ行ったんだ?


 『地球人はレベルが低すぎた。俺達みたいに人の考えてる事がわからない。それをいい事に自分勝手な行動ばかりする。考えがわからない上にいくつもの言語を作り、なお一層意志疎通しずらくさせている。

 独裁国家なんてものもある。法治国家だと威張っていても抜け道だらけだし、その法を作った奴等さえ法を犯す事もある。

 貧富の差だの学歴だの家柄だの、そんなもので同じ人間なのに上下をつけている。

 そんな事をしていたらいつまでたっても争いは無くならない。本当に愚かだ。

 俺達は地球人が成長する事を期待し、長い時間見守ってきた。

 だがそろそろ限界だ。人間が成長する前に地球がダメになってしまう。

 こんなに素晴らしい星に住まわせてやったのに、地球人はこの星を壊し続けている。

 お前には地球の声が聞こえなかったか? 痛みにうめいている地球の声が。


 俺達は地球上の全ての生き物を消去した。

 豚に真珠っていう言葉が地球にはあるみたいだが、まさにそれだよ。あいつらには地球はもったいなかった。


 これからは俺達が地球に住む。こんなに素晴らしい星はめったに無い』


 俺の家族も友人も、向かいの家の犬も、食堂の裏に住み着いていた猫達も、皆消去されてしまったのか?

 信じられない。跡形も無く消える事が出来るなんて。一晩のうちに地球上の全ての生き物を消すなんて、そんな事出来るわけが無い。


 『お前はガリラにいた時の事は何も覚えていないのか?』

 

 俺が覚えている一番古い記憶といえば……小さい頃家族で動物園に行った事くらいかなあ。象のあまりのでかさに泣いた覚えがある。


 『情けないなあ。お前はガリラでは史上最悪の殺人犯だったんだよ』


 な……?


 『お前は自分の感情を殺すのが上手くて何も考えなくても人を殺せた。凄い能力の持ち主だったんだ。

 ガリラの人間は人の考えがわかる。だから犯罪も全て周りの人間にバレてしまうから誰もやろうともしない。とても平和な星だ。だがお前だけ違った。お前は自分の考えを消す事が出来た。だからやりたい放題犯罪をしまくった。

 そして全世界に指名手配され、逃げ場を失ったお前は宇宙船を奪いガリラを抜け出した。

 お前が地球に逃げた事はわかっていたが、記憶を無くし地球人と思い込んでいるし、まあ思い出したとしてもガリラに帰る術はない。お前が乗ってきた宇宙船は遠隔で消去したからな。だから放っておく事にした。それに今回の地球人消去でお前も消せると思っていた。

 しかしお前は消えていなかった。やっぱり地球人とは成分が違ったようだ』


 全然思い出せないが……俺ってそんなに酷いヤツだったのか。この手で何人もの人間を殺したなんて信じられない……。

 そんな記憶なんて無い。もしそれが本当だとしても、地球上での家族や知り合い達との思い出はどう説明するんだ。

 俺は小さい頃からずっとここで暮らしてきた。


 『宇宙船には、人の記憶を操作する機能が付いている。もし宇宙船を他の星の人間に見られた時は、宇宙船を見た記憶を消し、違う、作られた記憶を植え付ける。きっとその機能が作動し、お前も、お前の周りの人間も記憶を操作されたんだろう』


 そんな……。俺の記憶が操作された物だったなんて信じたくない。俺には家族で過ごした記憶が確かにある。それがみんな作られた物だったなんて。

 いったいどこからが本当の出来事だったんだ。


 しかしこいつは俺の事を良く知っているなあ。俺には全然覚えが無いが。

 待てよ、こいつはもしかしたら……。


 『そう、俺はガリラの刑事。ずっとお前を追っていた。一度は取り逃がしたが、今度は大丈夫そうだな』


 そう言って男は懐からピストルのような形の物を取り出した。


 『お前の逮捕は生死不問なんだ』


 男は引き金を引いた。


 


 痛みは無かった。

 ガリラの武器って凄いんだなあと感心しながら俺は倒れていった。

 倒れながら家族の皆の顔が浮かんできた。

 親父は色々な所へ連れて行ってくれたなあ。

 お袋は朝から晩までよく働いていたなあ。

 姉貴とはよくケンカもしたけど、毎年必ずバレンタインにはチョコレートをもらったなあ。


 おい、ガリラ星人よ。

 地球人がレベルが低いとか豚に真珠だとか言ってたよな。

 だが俺はガリラの事なんか忘れるくらい、この星を満喫したぜ。

 こんな俺にも優しくしてくれた。


 親父、お袋、姉貴……。

 もうすぐ会えるよ。


 完全に地面に倒れた時には、もう俺には指を一ミリも動かす力さえ無かった。

 俺は微笑みながら意識を失って行った。

  

 




 

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