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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
9-みみとしっぽの大冒険
98/171

98.少女、垣間見る。

「はい! ニチカって言います。イニっていう天上人さんからお願いされて精霊の皆さんの力を借りるためあちこち巡ってます」


 ペコッと勢いよく頭を下げた少女を見ていたノックオックは、ふと柔らかい微笑みを浮かべた。


「ユーナとは似てないんだ」

「?」


 なぜそんなことを言うのかと顔を上げると、彼は懐かしそうな瞳でこちらを見据えていた。その視線の意図するところが分からなくて無意識に首を傾げる。


「確かシルミア様もそんなこと言ってましたけど、私がユーナ様に似てないのってその……問題あったりします?」


 不安になって聞いてみると、ハッと我に返った土の精は慌てて両手を振った。


「あぁ、気にしないで。深い意味はないんだ」

「というか、ノッ君の場合は似ていても困るだろう?」

「シルミア!」


 ニヤニヤと笑いながら肩に手を乗せてきた風の精霊を振り払う。おや、と思っている間にノックオックは何かの装置を土の中から取り出した。

 カチリとスイッチを入れたかと思うと、まるで映写機のように空中に映像が表れ、荒れ果てた戦場の地が目の前に広がる。



 晴れ渡る青空の下。武器を手に進行を進める軍の旗には、赤、青、緑、黄色の羽が交差していた。


 ――さぁ、共に立ち上がりましょう! 精霊たちは私たちの道具ではありません! 共に生き、喜びと哀しみを分かち合う、かけがえのない友なのです!


 凛とした声と共に群衆の前に立つ少女に目を奪われる。まばゆいばかりの金髪を複雑な形に編み込み、上半身を鮮やかなブルーの魔導アーマーで覆っている。

 その手に掲げられた杖は、ニチカが右手で握り締めている物と同じだった。



「これが、ユーナ様?」

「懐かしい。その記憶を保管していたのだね」


 シルミアが懐かしそうに目を細める。つまりこれは数百年前に起こったという精霊戦争――天界より光臨したユーナが、世界を支配していた二国を討ち果たした時の映像なのだろう。

 青く澄んだ瞳を輝かせながら先頭にたつユーナはまさに戦乙女、ジャンヌダルクそのものだ。

 ニチカと同じくオズワルドとランバールも食い入るようにその光景を見つめる。精霊自身の記憶から再現された神話の映像など、めったに見られるものではない。その瞳には純粋に感動の色が浮かんでいた。


「かーっこいい……」

「こりゃずいぶんと貴重な資料だな」

『すげーっ、ユーナ様ってマジで美人だったんだ』


 めいめいに感想を言う中、背後に居たノックオックは言った。


「ユーナはみての通り、卑屈なわたしでさえ動かす力のある子だった。赤の国の地下に捕えられていたのを救い出されたときの事は、忘れようにも忘れられないよ」


 感極まったのか、彼は両手で顔を覆い肩を震わせる。なるほど、常人でははかり知れぬほど恩義を感じて――


「っていうか……そっちのが怖かった……」

「えっ?」

「! あぁ、いやいやいや!! 混乱して何か血迷ったことを言ってしまったかな!? ははははは」


 何か違和感を覚えて問いかけようとするが、問答無用で話を断ち切り映写機のスイッチをバチン!と切ってしまった。


「はははははははは!!」


 やめよう、聞くのは。

 その手がガクガクと震えているのを見て取った少女は、何かを察して優しさを見せた。


「とにかく、ユーナを復活させることにわたしも異論はないよ。魔導球をこちらに」

「あ、はい」


 杖の部分を収納し、両手で捧げ持つようにしてノックオックの目の前まで進み出る。軽く手をかざした彼は、暖かなオレンジ色の光を宿らせた。

 ぽぅっと光るマナ達は、蝶の形を取るとザァァと二人を取り囲む。途端に腐りきっていた地面たちは命を芽吹かせ、洞窟の中だというのに植物が覆い茂り始めた。

 それに気が付いたノックオックは、空いている方の手をひょいと掲げてたやすく天井に穴を開けてみせる。そう、土で出来ている部分がまるで天蓋のように両脇に開いていくのだ。すぐに星が瞬く夜空が見えてきた。無造作に見せた力の片鱗にランバールは息を呑む。


『すご……』

「ノッ君は卑屈でうじうじしてるから気づかれないけど、実は四大精霊の中でも飛びぬけてパワーが強いんだよね。本人アレだから全っ然目立たないけど」


 さらりと毒を吐くシルミアだが、その実力は認めているらしい。



「ノックオック様は、全然ダメなんかじゃないです」

「え」


 オレンジの光が渦巻く中で、ニチカはそっと伝えた。


「気づいてないだけかもしれませんが、あなたが思ってるよりも土の精霊ノックオックは、すごい物だと思うんです。それは単純なパワーだけじゃなくて、心とか、そういうのも含めて全部」

「ニチカさん……」

「大丈夫です。あなたは今ここで必要とされてます。だから『始めから居なければ良かった』なんて言わないで下さい」


 ニコッと笑う少女の顔が、なぜか泣き出しそうに見えたのはなぜだろう。

 何か引っかかるものを感じた土の精霊だったが、最後のマナが魔導球に吸い込まれたのを見てこの話題は切り上げることにした。


「……よし、これでいいよ」


 ニチカは魔導球を覗き込む。これまでの赤と緑に加え、新たに橙色の光が宿っていた。


「ありがとうございます! 私、頑張りま――」

「このバカーッッ」


 気合い充分に言おうとしたところで、甲高い少女の声が洞窟内に響き渡る。

 何事かと振り返れば、ヒト型になったフルルがウルフィに馬乗りになっているところだった。

 ふさふさの胸元を掴んだ彼女は怖い顔をしながら相手を前後に揺さぶっている。


「なぁにが『無事でよかった』だ。アタシがいつお前みたいなヘタレに助けを求めた? えぇコラ言ってみろ毛むくじゃら」

「フルル、や、やめ、痛いよぅ」


 ウルフィがどれだけ頑張ったかを知っているニチカは止めに入ろうとする。

 だが、俯いたフルルの顔から水滴が一滴こぼれ落ちたのを見て、微笑みながら手を引いた。


「危ないだろ……なんで、そこまでしてアタシのこと助けてくれるんだ……あの時だって身代わりに」


 落ちて来る雫をペロリと舐め上げたウルフィは、満面の笑顔で答えた。


「だってフルルは大好きな幼なじみだもの! 理由なんてそれ以外に要るの?」

「……バカ」


 涙目でも綺麗に笑ったフルルは優しく罵る。目の前のふさふさを力いっぱい抱きしめた彼女は、彼だけに聞こえるように囁いた。


「ありがとう……アタシも大好き」


***


 その後、オオカミ達と精霊の二柱を残して一行は下山を始めた。彼らはイケニエを捧げに来るであろうイヌ族に説明し、終わり次第追いかけてくるそうだ。居ても役に立たない人間たちは先に降りて居ようという師匠の判断によりこうして歩いている。

 ニチカは特に反対するでもなく下草をサクサクと踏みながら降りていく。そろそろ夜も更けていい時間だ。正直言って眠い。


『それにしても、これでいよいよリーチかかったわけだ』


 姿を表示するのが面倒臭くなったのか、声だけの存在になったランバールが間近で言う。あくびを噛み殺した少女は、カチャと魔導球を手にした。


「火、風、土、残るは『水』だけなんだね」


 長いようで短かった。そんな考えが浮かび首を傾げる。

 早いに越したことはないではないか。元の世界に帰れるのだから。


「……」


 胸の内に巣食う感情に、上から布をかけて見えなくする。



 そんなはずがない。

 「帰りたくない」と、なぜ一瞬だけでも思ってしまったのか。



 自分の気持ちをごまかすように、慌てて思考を切り替える。


「えっと、水の精霊様はどんな人だろうね? 場所とか心当たりはある?」


 振り返って後ろをついてきているオズワルドに尋ねと、枝を手で払いのけていた師匠はハァ?と顔を歪めた。


「心当たりも何も、水の国サリューンに向かってる最中だろう」

「えっ、何それ。初めて聞いたんだけ――どぉっ!?」


 ピクッと顔を引きつらせた師匠に胸倉をつかまれそうになり、とっさにしゃがんで回避する。


「ふっ、ふふ。甘いわよオズワルド。私がいつまでもあなたの攻撃を見切れないとで もがぁ!?」


 ドスッ!と、垂直に振り下ろされたチョップが脳天に直撃する。痛みで悶絶する弟子を男は冷たい視線で見降ろした。


「風の里を出る時に説明しただろうが。聞いてなかったのはお前だ」

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