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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
9-みみとしっぽの大冒険
94/171

94.少女、出番が少ない。

「本気かロロト?」


 ついにイケニエを決める夜、集会所はどよめいた。その中心にいたウルフィは大人たちに囲まれたまま深く頷く。


「僕が、イケニエになります」

「だが……」


 落ち着き払った声に、イヌ族の大人たちは気まずそうに顔を見合わせた。すでにくじ引きの細工は終わり、あとは決まった一本を引くだけでイケニエはフルルに決定するのだ。

 だがそれを知ってか知らずか、ウルフィは穏やかな調子で続けた。


「グラグラ様だって、くじ引きなんかで決められるより勇敢な申し出を喜ぶはずだよ。誇り高きイヌ族の子として、僕は捧げられるんだ」


 こうなっては誰も言い返せなかった。ウルフィの主張は、何よりも勇敢さと誇りを大事にするイヌ族の思想に沿ってしまっているのだから。


「……わかった、勇敢なる戦士の子ロロトよ。お前をグラグラ様への供物とする」


 長老の宣言に女たちは目頭を押さえる。あの陽気で明るいロロトが居なくなったら村は火が消えたように静まり返るだろう。


「では身を清めた後、零時ちょうどに祭壇へと供物を捧げる。準備を始めよ」


***


 体を冷たい水で洗われ、イケニエ用の白いベールをかぶせられたウルフィはまるで花嫁のようだった。静まり返る街を抜け、神輿に乗せられ山へと運ばれていく。屋根の上からは興味深そうな顔をしたネコ族がこちらを見下ろしていた。


「っ、ロロト!」


 村を出たところで凛とした声が夜の静寂を切り裂いた。ウルフィが輿の上からそちらを見やれば、フルルは息を切らせて道の脇に立っていた。神輿を担いだ粉屋の旦那が諭す。


「子供は家に入っていろと指示があっただろう?」


 だがフルルはそれを無視してまっすぐこちらを見つめていた。その表情は何かを叫びたそうな、それでいて言葉が詰まって出てこない苦しげな物だった。


「ご、めん、アタシ……っ!」

「どうしてフルルが謝るの?」


 穏やかな顔でウルフィは返す。その胸の内は幸福感で満たされていた。


「これは僕が望んだことだから。今までフルルにいっぱい助けてもらったもの。僕こそ借りを返さなきゃいけなかったんだ」


 泣き崩れたフルルを残し神輿は再び動き出す。イケニエとなる少年は後悔のない穏やかな別れの言葉を口にした。


「これまでありがとう、フルルは幸せになってね」


 フルルの泣き声は、まるで遠吠えのようにいつまでも響いていた。


***


 山を登るにつれ気温は下がっていく。ひんやりとした冷気がベールの隙間からもぐりこみ鼻先を撫でる。神輿の先端に取り付けられたランタンが揺れるたび、辺りの木々たちの影が不気味にうごめいた。


 ザ、ザザザ


 闇は次第に濃くなり、まるで山に呑み込まれていくような錯覚に陥る。

 ガチガチという歯の根が噛み合わぬ音が鳴り響く。それが自分から発せられているのを知るとウルフィはなおさら震えが止まらなくなった。


「着いたぞ」


 やがて一行は開けた地に出た。そこは広場のように木が途切れている場所で、向こう側には切り立った斜面が立ちはだかっている。

 その斜面の中ほどに、横穴が空いていた。どんなに目をこらしても深さの窺い知れないほどの闇がその先に広がっている。


「ぅ……あぁぁ」


 ウルフィの尾は完全に巻き込み足の間に挟まれている。

 違う、ウソだ。こんな感情は間違いだ。自分は怖れてはいなかった。確かに覚悟して来たはず、だったのに。

 今さら恐怖心がこみ上げてくる。ガクガク震えるウルフィを、村の男たちは抱え上げて両の手足を荒縄で縛り上げた。イケニエは勇敢とは程遠い情けない声で懇願する。


「い、いやだ! いやだいやだ!! やっぱりいやだああああ!!」


 ドサリと洞穴の前に落とされる。厳かに引き下がった男たちは顔を上げないままイケニエを神に捧げた。


「我らが守りの神よ、これは心ばかりの供物でございます。どうぞお納め下さいますよう……」

「助けてっ!! やっぱりいやだ!! やだよぉ!!」


 必死の訴えにも男たちは耳を貸そうとはしなかった。再度ウルフィの体を持ち上げたかと思うと、勢いをつけて一気に洞穴へと放り込む。


「ああああああっ!!」


 洞穴の中は緩い斜面になっていて、ゴロゴロと転がる供物の声が遠ざかっていく。それを確かめた男たちは一礼してその場を去った。


***


「ハァッ、ハァッ、ハァッ」


 一方、洞穴に放り込まれたウルフィはとろりと濃い暗闇の中でか細い呼吸を繰り返していた。

 何も見えない。ただ、背後に『何か』が居る。

 ズルリと動いたそれが真上にやってきてこちらを見下ろすのが分かる。放り込まれた供物を見分しているのだ。


「う、うわあああああああ!!」


 もがいた。自分のどこにこれだけの力が残っていたのかと思うほど暴れた。それが功を奏したのか、手足を縛っていた縄がいきなりブツリと切れる。がむしゃらに起き上がったウルフィは穴の出口めざして走り出した。


『ァ……アァァ』


 追いかけてくる『何か』の手をかいくぐり、外へと飛び出した。外だって暗いはずなのに、あの闇の中と比べればどれだけ明るいことか。

 星明りを頼りにウルフィは逃げ出した。その胸にはただただ恐怖だけが渦巻いていた。


***


 月の無い夜だった。とある街から取引を終えて帰ってきた黒ずくめの男は、街道の行く手に待ち構える影を見てギクリと動きを止めた。

 自分は戦えないわけではないが、どちらかというと戦闘を回避する方が得意だ。だが、今はあいにく道具を切らしている。調子に乗って手持ちの分まで売り払うのではなかった。

 頭の半分ではそんな後悔をしていたが、もう半分では何かが妙だと感じ始めていた。うずくまる影は襲い掛かってくるでもなく、ただジッと街道に座り込んでいる。その身体はあちこちをぶつけたように傷だらけだった。


「僕を殺してくれませんか」

「……は?」


 人語に一瞬耳を疑うが、ある種族の存在を思い出し冷静さを取り戻す。


長耳族ハーゼか、めずらしい」

「殺して下さい」


 沈みきった声は同じ言葉を繰り返した。目を凝らすとようやくその正体が掴めてきた。オオカミは虚ろな眼差しを地面に向けている。


「死にたいんです」

「……」


 顔をしかめた男は無言でその横を通り過ぎようとした。だがガッと足に縋りつかれ転びそうになる。そちらを見下ろすとグシャグシャに泣き崩れたオオカミがしがみ付いていた。思わずドスの効いた声で一喝する。


「離せ! 勝手に一人でくたばってろ」

「ごめんなさいごめんなさい、迷惑だって分かってます、でもお願いします」


 こんな夜道を通るのはこの男ぐらいしか居ない。オオカミはこの機を逃すまいと必死だった。


「何度も、何度も、死のうとしたんです。でも僕は弱虫だから、ためらってしまって」


 死に至らぬ中途半端な傷よりも、逃げ出してしまったことに対する痛みの方が深かった。強い自責の念にかられたウルフィは、もはや死をもって償うことしか頭になかった。


「死んだらきっと償えるはずだから……」


 その言葉にすぅっと目を細めた男は、冷えた声を出した。


「そうやってまた逃げるのか」

「え? ――ぐえっ!?」


 突然腹部に強い衝撃が走り、世界がくるりと一回転する。蹴り飛ばされたオオカミは地面を擦りながら落ちた。


「ひぃっ!?」


 そして悪鬼のような表情で近づいてくる男に恐怖を覚える。青い眼差しが氷の杭のように突き刺さった。


「死にたがりのくせに、恐怖は感じるのな」

「だって、だってぇ……ぐげぇ!」

「死んで償えると思ったら大間違いなんだよ。死んで得られるのはお前の満足感だけだろうが。甘い、甘すぎる」

「ぐ、ぐ、やめでぇ」


 マウントポジションを取られ、顔をバシバシはたかれる。完全に頼む人を間違えた。これではただのイジメではないか。

 ひとしきりビンタされ、脳が震盪してきた頃にようやく解放される。男はそれを見てフンと鼻を鳴らした。


他人ひとに命を押し付けるな、死ぬ勇気が無いなら保留にしておけ」


 保留という言葉の意味を聞く前に男は歩き出してしまう。数歩行ったところで立ち止まった背中は、振り返りもせずにこう告げた。


「一万回考えて、それでも考えが変わらないようなら……その時は俺が手を下してやる」


 しばらくぼんやりしていたウルフィは、立ち上がると無意識の内にその背中を追い始めた。



「それから使い魔の契約をしたんだっけ……ご主人、黙っててごめんなさい」


 湖のほとりで全てを白状し終えると、その時叩いて止めてくれた男は肩をすくめて見せた。


「忘れた。お前の過去になんぞ毛ほども興味はない」

「……うん」


 無理に聞き出そうとはしないオズワルドの優しさが嬉しかった。だからこそ、あの森で使い魔として働き傷を癒せたのだ。


「で、これからどうするんだ」


 話したらだいぶ気持ちは落ち着いた。一万回考えるまでもなかった。ずっと考えていたことを口にする。


「やめさせる。イケニエなんて意味のないこと終わらせるんだ!」


***


「よっ、と」


 屋根から飛び降りた少女は、ふわりと風を発生させ柔らかく着地する。近頃はだいぶ魔導の扱いも慣れてきた。風の聖霊シルミアの加護を受けているからかもしれないが、風属性がだいぶイメージ通り出せるようになってきた気がする。


(……あれ?)


 と、その時。ニチカは路地の片隅でうずくまる影を発見した。見覚えのある色に後ろからそーっと近寄る。

 プラチナブロンドをショートカットにしたその女の子は、しばらく思いつめた顔をしていたかと思うと手にしていた銃を通りかかったドブネズミへと向けた。


 パシュンッ


 すぐさま銃口から紫の液体が飛び出すがその威力は非常に弱々しく、どちらかと言うと水鉄砲に近かった。それでも当たってしまったドブネズミが、へにゃりと座り込み不思議そうにチュウと一声だけ鳴く。期待していた威力ではなかったのか、女の子は愕然とした声を出した。


「なによこれ、全然使えないじゃん!」


 彼女の背後に立ったニチカは、ガックリとうなだれたその背中をトンと叩いた。


「ねぇ、あなた――」

「にょわああああああ!?」

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