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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
9-みみとしっぽの大冒険
93/171

93.少女、ご奉仕する。

 いかにも『ボスです』と言った風格のそのネコは、大きく膨れ上がったお腹を見せてフカフカのクッションに埋もれるようにしてふんぞり返っている。両脇を固めていた黒ブチと茶トラの二匹がジロリとにらみつけてくるので自然と背筋が伸びた。


(こういう場面どこかで……そうだヤクザだ、任侠の親分)


 とは言え、周りのネコ達は丸まって実に平和そうにしている。和めばいいのか緊張すればいいのか分からなくなる光景だ。

 ボスはしばらくニチカを観察していたが、ひとつ頷くとドスの聞いた声で両隣の猫たちに宣言した。


「よし、今日はその娘にしようではないか」

「ハッ!」

「おい娘、何をしている。早くこちらに来てムームー様にご奉仕するんだ」


 ムームー様。意外とかわいい名前……ではなく


「ごっ、ご奉仕って!?」


 思わず後ずさるニチカの後ろに回り込み、用心棒(?)二匹が爪をジャッと出す。


「貴様! 名誉あるお役目だぞ、なんだその態度は!」

「不満でもあるのか!」

「いえっ、滅相もございません!」


 引っかかれては堪らない。慌てて進み出た少女はボス猫の前に膝立ちする格好になった。後ろから用心棒が促す。


「さぁ、その手で愛撫して差し上げるんだ」

(愛撫……?)


 少し考えたニチカはそっと手を伸ばして、ムームー様のアゴの下を撫で始める。すぐに遠い雷のようなゴロゴロと言う音が辺りに鳴り響いた。


「ぬ、ぬふ、なかなかの、テクニシャン……」

(これでいいんだ……)


 ムームー様が喉を鳴らし始めると、他のネコ達も一斉にゴロゴロし始める。平和な大合唱は屋根の上でしばらく続いた。


***


 しばらく『ご奉仕』しているとすっかり機嫌が良くなったのか、ムームー様は綻ばせながら顔を上げた。


「よい腕じゃ、このワシにここまで唸らせたのだ。誇ってよいぞ」

「はぁ、どうも」


 何とも気の抜けた返事をすると、ムームー様は片方つぶれた眼差しを向けてきた。


「時に娘、何か聞きたいことがあるそうじゃの」

「どうしてそれを?」


 そう聞くとボス猫は視線を屋根の端に向けた。ここに登ってくるきっかけになった白サバ柄のネコが丁寧に顔を洗っていたが、こちらの視線に気づくとパチンとウィンクをしてみせた。


「ネコ族の情報網を甘く見るでないぞ。奉仕の礼じゃ、分かることなら何でも教えて進ぜよう」


 これはありがたい。密かに協力してくれた白サバ猫に感謝しつつ、ニチカは居住まいを正した。


「あの、グラグラ様って何なんですか?」


 直球すぎる気もしたがニンゲン素直が一番だ。考えるのが苦手というわけではない。ないったらない。

 ふぅむと唸ったムームー様はピンと伸びたヒゲを引っ張った。


「下で近頃イヌ族が騒いでいるようじゃが、やはりそうか」

「やはり?」


 どっこいしょと立ち上がったボスは、ゆったりとした動きでニチカを山の頂が見える方へと導く。そのつぶれた鼻先で中腹あたりを指すと話し出した。


「グラグラ様というのは、イヌ族の間で語り継がれる伝説の守り神での。このテイル村を作った土地神だと言われておる」

「この村を……ですか?」


 それがなぜイケニエ騒動なんてことに。そんな考えが顔に出ていたのか、ムームー様はニマリと笑って見せた。


「イヌ族は端的に言うとアホでの。あーいや、素直と言っておこうか」

「アホ……」

「思い込みが激しい一族でもあるのだ」


 その時、傍で毛づくろいをしていた雉ネコがいきなり面白そうな声を出した。


「『地面が大きく揺れた、もしかしたら山の神であるグラグラ様が怒っているのかもしれない』」

「『おい聞いたか、どうやらグラグラ様が怒っているらしい、と、誰それから聞いた』」


 その隣の黒猫が引き継ぎ、そのまた向こうの白ネコが伝言ゲームのように伝えていく。


「『グラグラ様がお怒りだ。アイツから聞いたんだから間違いない。怒りを鎮めるためにはどうしたらいいだろう?』」

「『イケニエを捧げればいいのかもしれない』」

「『イケニエを捧げなければテイル村は全滅するそうだ』」

「『テイル村を救うには子供をイケニエにしなければ!!』」

「『イケニエを捧げなければ! だって、みんなが言ってるんだもの、本当に違いない!』」


 一周回って返ってきた伝言を受け取った少女は、ムームー様に引きつった笑いを向ける。


「つまり、思い込みだけで、当のグラグラ様は全然要求もしてないのにイヌ族が勝手にイケニエを捧げてるってこと?」

「そういうことじゃ。地震が起きるたびにイヌ族はそういうことを繰り返しているが、まぁネコ族には関わりがないことじゃのう」


 そういうところはさすが気まぐれなネコである。

 その時、ネコたちがピククッと耳を立てる。すぐにグラリと村全体が揺さぶられた。


「ここ数年収まっていた地震がまた頻発してきおった。イヌ族が新たな犠牲者を山に放り込むのも当然の流れじゃろうて」

「それじゃ、グラグラ様っていうのも本当は居ないんですね?」


 話の流れからしてそうだろうと聞くが、ネコ族のボスは神妙な顔つきをしてみせた。


「いや、それがそうとも言い切れんでな……それらしい影を山で見たという情報は確かにあるのじゃ、しかしその正体を確かめた者は誰もいない。イケニエに捧げられた子と言うのも一人残らず消えている」


 姿を誰も見たことは無いが、確かにそこには何かが『居る』。

 ぞっとして山を見上げる。少女の背筋を冷たい物が走った。


***


 テイル村の外れには小さな湖がある。そのほとりに座り込み、ウルフィはボロボロと泣き続けていた。

 金色の目が溶けて無くなってしまうのではと思うほどしゃくりあげた後、彼は背後の人物に謝った。


「ごめんなさいご主人、僕、本当はすごく悪い子なんです」


 木の陰から現れたオズワルドは、無言でその隣に立った。澄んだ美しい湖を見つめたまま、オオカミの独白を聞き始めた。


「二年前のイケニエは僕だった……」



 テイル村では時おり、外へ出ていた村人が赤ん坊を連れて帰ってくる時がある。外の世界でニンゲンに不当に捕まっている長耳族を、隙を見て回収してくるのだ。

 ウルフィもそんな『回収組』の一匹だった。ただしそれは赤子の時の話で本人にそれ以前の記憶はなかったし、素直で聞き分けのよいウルフィは村人たちの間で暖かく育てられた。


 しかし子供というのは残酷で、グララとザルルにはよくいじめられた。お前は親なしだ、村のごくつぶしだと。

 そんな時、決まって助けに来てくれる子が居た。白く美しい毛並みをなびかせた彼女は、悪ガキ二人を追っ払うと決まってウルフィの頬も引っぱたいた。そんな弱虫でどうすると。


 凛とした白オオカミのフルルとその弟のポポカもまた、孤児であった。


 ウルフィとは違い、ある程度成長してから保護された彼女は妙に大人びて見えたものだ。村の大人たちと一線を置き、なんとか自立しようと頑張ってはいるが、結局は村の支援に頼らざるを得ない状況を歯がゆく思っているようで、時おり遠い目をしながら語る横顔を覚えている。


「ここは外よりは何万倍もマシだ。だけど……ぬるま湯だ」

「ぬるま湯?」

「アンタももう少しシャキッとしなよ。ふぬけたツラしてないで」

「ふぬけてる、かなぁ?」

「まったく……」



 村に異変が起こったのは、フルル達が来て一年が経とうかと言う頃だった。頻繁に地面が揺れ、その頻度は日を追うごとに増していき生活に支障が出てきた。簡素に組み上げただけの家はあちこちが壊れ、眠れないほどの微振動が続く夜もあった。


「イケニエだ。古い書には山の神グラグラ様に無垢な子供を捧げれば怒りを鎮める事ができると書いてある」


 イヌ族の長老が重々しく宣言した時、子を持つ親たちは戦慄した。


「ついては二日後の晩に公正なクジ引きを行ない、イケニエを決定する」


 親たちはそれを聞き、目くばせしたかと思うと秘密裏に動き出した。


***


「例のイケニエ、たぶん孤児達の中から選ばれるよ。たぶんアタシか……ポポカのどっちかだろうね」


 いつものように湖のほとりで遊んでいた時のこと、フルルは素っ気なく言い放った。魚とりに興じていたグララとザルルが驚いて振り返る。


「なんでそんなこと分かるんだぁ?」

「考えてもみなよ。どこの親が自分の子をすすんでイケニエに差し出そうなんて考えるんだ? それにクジ係はあの食いしん坊のバクク。買収なんて簡単にできそうじゃないか」


 白いワンピース姿に麦藁帽という、少女の姿になって薬草取りをしていたフルルは冷静に続けた。


「村はずれに住んでいる愛想のない姉弟なら、居なくなっても大したダメージにはならない。アタシが大人だったとしても多分そうする」


 淡々と聞こえるが、木陰ですやすやと眠るポポカの枕になっていたウルフィだけは、彼女の手が微かに震えていることに気が付いた。

 気丈に振舞っていても、フルルだって幼い子供なのだ。怖いに決まっている。

 けれども、振り返ったその顔はにこやかな物だった。とても自然な笑顔だ、顔色さえ悪くなければ。


「でもまぁ、今まで曲がりなりにも世話になった礼だと思って受け入れるよ。借りを作ったまんまなのは癪だしね。それにまだ決まったわけじゃない」

「そっ、そうだよな! 他にも子供たちはいっぱいいるんだ。グラグラ様の機嫌が治るってこともあるかもしれないし!」

「グララアニキ冴えてるな!」


 その言葉を、ウルフィだけは黙って聞いていた。胸にある決意を秘めたまま。

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