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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
9-みみとしっぽの大冒険
92/171

92.少女、猫集会に出る。

 子供たちに別れを告げ、一行は村まで降りて行った。テイル村は舗装するという考えがないのか、草が踏み倒されている箇所がかろうじて道と呼べるような物らしい。

 露店が並ぶ活気あふれるメインストリートを歩くと住人から物珍しそうな顔で見られた。そんな中、彼らの姿を見ていたニチカはあることに気づいた。


(犬や猫だけじゃないんだ)


 ウサギや鳥、はたまたなんの生き物か判断に困る珍しい耳をつけた者もいる。

 道脇の露天の前を通りかかったとき、中からお嬢ちゃん!と声をかけられた。そちらを向くとリンゴがすぐ目の前に迫っていて慌ててキャッチする。

 そーっとリンゴの影から覗くと店の中でビーグル犬のような垂れ耳のおばさんが笑っていた。


「可愛い旅人さんにあげる。うちのは美味いよ」

「あ、ありがとうございます……」

「そんなおどおどしなくったって誰も取って食いやしないよ。この村の住人同士の争いは禁止なんだから」


 その言葉を証明するように、すぐ側を追いかけっこしている子供たちが通り過ぎて行く。ネコを追っているのはなんと小さなネズミで、ネコに飛びついて捕まえると二匹はもつれ合いながら笑い転げた。


「不思議な光景だろう? だけどこの村じゃこれが普通なんだ。例え外では補食関係であろうとも、この村に一歩入れば仲間同士。外で迫害されてきた者たちが寄り添いながら慎ましく生きる場所なんだよ、ここは」

「寄り添って生きている……」


 この世界のことはまだよく分からないが、どうも普通の動物と、彼らのようなヒトの言語を操る種族は別の生き物らしい。

 長耳族ハーゼと呼ばれる彼らはこれまでの旅の中では会うことはほとんどなかった。唯一、由良姫の治める桜花国でのみ見かけたが、あとは上手く隠しているのか遭遇することはなく、ここまで来ていたのだが――


「やっぱり、差別の対象だったりするの?」


 貰ったリンゴをしゃくりとかじりながらオズワルドに尋ねると、彼は淡々と答えた。


「差別というか、便利な種族なんだ。ハーゼは全体的にヒトを疑う事をしない純粋な種族で、元々持ってる能力は動物のそれを引き継いでいるから労働力としては上々。子供のうちに攫って手懐けておけばそりゃもう忠実な奴隷が……おい、なんだその目は」


 ジト目で見てくるニチカに気づいたのか、師匠は顔をしかめて見せた。弟子は疑わし気な視線で問いかける。


「まさかとは思うけど、ウルフィ……」

「あのな、アイツは勝手についてきたんだ。間違っても誘拐なんかしてない」

「えー?」

「ばっかよく考えろ、俺があんなグズでのろまで言いつけた仕事を三倍の手間に増やすようなヤツ好んで奴隷にすると思うか?」


 ひどい言われようだ。本当のところはどうなのかと当人に聞こうと振り返った少女は目を瞬いた。


「……何やってんのウルフィ」


 彼は路地裏の木箱に頭を突っ込んでいた。声をかけるとびくぅっと尻尾がけば立つ。

 頭隠してなんとやら。その時、偶然通りかかった二匹のオオカミが面白いものでも見つけたように近寄ってきた。


「おんやー? もしかしてその尻尾……ロロトじゃねーか?」

「えっ、マジかよアニキ!」


 アニキと呼ばれた一回り大きい方が、ニチカを押しのけてウルフィに迫る。黒に近いねずみ色の毛を膨らませた彼は、ウルフィの尻尾の根元をむんずと噛んで引きずり出した。


「ぴゃああああ!!」

「その声、まちがいねーな!!」


 ずるずると引きずり出されたウルフィは、それでもごまかす様に紙ぶくろを深くかぶりなおした。


「ななな、なんのこと? 僕はただの動く紙ぶくろだよ。ご主人に足を与えて貰ったんだ」


 動く時点でただの紙ぶくろではない。ツッコミたい気持ちをこらえてニチカは成り行きを見守る。


「ほぉ~? おいザルル」

「へい! グララアニキ!」


 バリッ


「あああっ!!」


 あっけなく紙ぶくろを引き裂かれ、とぼけたオオカミの顔があらわになる。それを見たグララとザルルはニンマリと笑った。


「よぉ、久しぶりだなぁ弱虫ロロト」


(ロロト?)


 ディザイアを奪っていった白オオカミのフルルも彼をそう呼んでいた。ロロトと言うのがウルフィの本名なのだろうか?

 親分子分と言った感じの二匹は、うずくまってしまったウルフィに向けて嫌みったらしくネチネチと言葉を投げつける。


「まさか帰ってくるとは思わなかったぜ。とんだ恥知らずだ。なぁザルル?」

「そうっスねアニキ! イケニエの儀式から逃げ出すような弱虫が、よくこの村に足を踏み入れられたもんだ!」


(ウルフィ……!)


 ニチカは今更ながらに連れてきたことを後悔した。あんなに嫌がっていたのに、バレなければ大丈夫という安易な考えがあったのだ。


「あ、あのぉ」


 彼らの意識を逸らそうと声をかけると、振り返ったオオカミたちはニチカを一瞥した後、ケッと悪態をついた。


「イヌ族の問題にネコが口出すない」

「そーだそーだ」

「ネコ!?」


 ハッとして頭の上の付け耳に手をやる。そうだ自分は今ネコだった。


「だからって――うわっ?」


 その時、グラッと地面が揺れる。昨晩と同じくらいの揺れだが長い。村のあちこちから悲鳴があがる。

 ようやく落ち着くと、二匹はウルフィに向かって叫んだ。


「ほら見ろ『グラグラ様』が怒ってらっしゃる!」

「お前があの時逃げなければこんなことにはならなかったんだぞ! フルルが泣かなくても済んだんだ!」


 その言葉にウルフィの耳がピクッと動く。うずくまっていた体勢からガバリと顔を上げた彼は真剣な声で問いかけた。


「どういうこと? フルルがどうしたって言うの?」


 少し気の毒そうな顔をしたグララだったが、すぐにその表情を消し去り端的に言った。


「次のイケニエに、あいつの弟が選ばれたんだ」

「……ポポカが!?」


 そこでキッとウルフィをにらみつけた二匹は、吐き捨てるように続けた。


「全部お前のせいだ! 悪いと思うんなら今からでもグラグラ様の元に行って捧げられて来いよ!」

「弱虫ロロトなんかにゃ出来やしないだろうけどな!」


 わなわなと震えていたウルフィは、ついにワッと泣いて逃げだした。路地裏を飛び出し人込みの中へ消えていく。


「あっ、待って!」


 追おうとしたニチカだったが、それまで黙っていたオズワルドに肩を引かれて立ち止まる。


「アイツは俺が追う。お前はその間に情報でも集めとけ」

「でも」

「今、お前に慰められても、みじめになるだけだ」


 師匠のいつになく真剣な様子に言葉を呑み込む。この場合は自分の方が適任だとその目は語っていた。


「……わかった、でも手荒なことしちゃダメだからね!」


 無言で頷いたオズワルドも去ってしまい、その場に二匹とニチカが残される。気まずい雰囲気を何とかしようと、とりあえず現段階での一番の疑問をおそるおそる聞いてみる。


「あの、グラグラ様って……?」

「ネコなんかに話すことはねぇよ! 行こうぜザルル」

「おう、アニキ」


 それだけ言い残し去ってしまう。通りの向こうのリンゴをくれたオバさんと一瞬視線が合ったが、トラブルはごめんとばかりに慌てて目を逸らされてしまった。


「もぉ、何なのよ一体」


 とりあえず今わかってる状況は、ウルフィ(ロロト)が過去に何かから逃げ出し、グラグラ様が怒って地震を起こしている。そしてその身代わりとしてフルルの弟ポポカがイケニエに差し出される……と言ったところだろうか。


「だけど、グラグラ様ってなんなの?」


 村人は相当グラグラ様を恐れているようで、山の方に向かって恐怖の視線を向けている。


(イケニエなんて要求するくらいだし、普通に考えれば凶悪なマモノとか?)


 悩むニチカの前を、サバ白模様のネコがしなやかな足取りで横切った。ネコ仲間ならばと思い声をかけてみる。


「あの、すみません」


 だが彼女はチラリとこちらを見ただけで、積み上げられた木箱を身軽にひょいひょいと登って行ってしまう。ダメかと気落ちしかけた時、屋根の上から顔を覗かせたネコは可愛い声を降らせてきた。


「何か用? 集会に遅れちゃうわ」

「へ、集会?」

「聞きたい事があるなら上って来なさいよ」


 そう言い残して屋根の上に消えていく。意地悪で言ってるのではなく、なぜそうしないのかと不思議そうな感じだった。

 辺りを見渡したニチカは、自分でも登れそうなルートが無いか探してみた。二階まで上がる外階段を建物の脇に発見し、そこから窓の庇に飛び乗って屋根の上を目指す。


「よっ、ほっ。ん……ぐぐぐぐ!」


 オレンジ色のかわらをなんとかよじ登ることに成功すると、大量の毛玉たちが視界に飛び込んできた。

 彼らは燦々と日の降り注ぐ広い屋根の上で、思い思いに毛づくろいをしたり丸まったりしている。

 なんとも癒される光景を見ていると、奥の方に居る特別大きな黒ネコと目が合った。


「見ない顔だな」

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