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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
6-フライアウェイ!
62/171

62.少女、ためらう。

「本気で怒らせたかもしれない……」


 工房の片隅で膝を抱えた少女はどんよりした空気をまとっていた。ぶつぶつと辛気臭く一言、また一言、心情がダダ漏れていく。


「確かに我ながら甘っちょろい考えだとは思うけど、でも不正して捕まったらそれこそユーナ様の名前に傷が付くっていうか」


 最終調整をしながらも、その呟きをしっかり拾っていたらしいランバールが顔を向けずに意見してきた。


「いやー、オレも不正はしない方が良いと思うよ。シルミアはそういうの嫌うし」


 ホウキを肩に乗せ前方に突き出し、柄が曲がっていないか目を細めている。そんな彼にニチカは聞きたいことがあった。


「そういえば聞いていい? シルミア様とラン君って……親子、じゃないよね?」

「違うよー、オレ元孤児で今養子」


 事もなげに答えられて言葉が詰まる。気まずそうな顔をした少女は控えめに言った。


「その、ごめんなさい」

「なんで謝るの、オレそういうの気にしないって」


 青年はこちらに顔を向けてヘラッと笑った。胸に下げていた革紐のアクセサリーをつまみ上げたかと思うと目を細める。その視線の先にはいびつな形をしたシルバーのモチーフがついていた。


「物心ついたときにはもう汚い路地裏に暮らしててさ。手がかりはこれしかないけど、オレはいつか必ず本当の両親に会えるって信じてる」

「そうなんだ……」


 空気を変えるようにニッと笑ったランバールは、カタンとホウキを置いて凝り固まっていた肩をボキボキと鳴らした。


「いやぁ、でも当時は大変だったよー、ここからもっと南にあるシャスタってとこを拠点にしてたんだけど、ガキだったしスリぐらいでしか生計立てられなくてさ」

「あ、その、えっと」


 気軽に「大変だったね」とも言えず、ニチカはまごついて言葉を探す。その慌てっぷりが手に取るように分かりやすく青年は思わず噴き出しそうになった。


「ホント、ニチカちゃんて素直だよね」

「うぅ、だってー……」


 迂闊に発言してはオズワルドにバカにされるので、少女は少し慎重になっていた。両手の指先を合わせながら視線を逸らす。


「あなたの苦労、わかるよ。とは言えないもの」


 その言葉に青年はコクリと頷いた。


「うん、この痛みはオレだけのものだから、それは正しい」

「でもっ、応援することはできるから。私に手伝えることがあったら何でも言ってね」


 ニチカの申し出にランバールは少しだけ息をのみ、そしてなぜか皮肉げに笑った。


「……ホントに?」

「?」


 もちろんそのつもりだ。何と言っても現にこうしてホウキを調整してくれているのだから。恩を返せるのなら協力したい。ニチカは上目使いでそっと尋ねた。


「私なんかが手伝っても迷惑?」

「いいや、嬉しいよ。すごく」


 なぜか目を合わせようとしないランバールは話を強引に戻した。


「あーそれで、どうやって養子になったかだっけ。オレ昔っから風魔法だけは得意でさ、そこに目をつけたシルミアに引き取られたわけ。自分の後継者にするつもりなんだって」

「ってことは、ラン君がいずれは風の精霊に? 精霊って人がなれるものなの?」


 予想外の話に目を丸くする。てっきり精霊は「精霊」という種族かと思っていたのだが……。ツヤ出しのためのクロスを持ってきた青年は薬剤を刷り込みながら説明してくれる。


「精霊にも幾つかパターンがあって、マナが集合体になって一つの個体になったり、あるいは特別な祭具などが長年祀られて意識を持ったり、強い意思を持った魂が死後昇華する者とか色々あるんだって。シルミアは魂昇華のパターンだね、元はこの辺りに住み着いた鳥だったって聞いたよ」

「鳥……」


 きっと極彩色のド派手な鳥だったのだろう。勝手に想像していると、またやすりを手に削り出したランバールはこう言い出した。


「それより、もういい時間だよ。明日はぶっつけ本番なんだからちゃんと休んで体力回復しなきゃ」


 確かに時刻はそろそろ日付が変わるという頃だ。窓の外の街の灯かりも、ぽつりぽつりと消え始めている。しかしニチカはためらった。


「でもまだ調整が……」

「こっちはやっておくから。それとも、オレなんかに任せるのは不安?」


 さっきの言い回しをそっくりそのまま使われて、少女は苦笑しながら首を振る。ここは信じて任せよう。


「それじゃあ先に休ませて貰おうかな」

「部屋は二階の一番奥を使ってよ、洗面所はその手前にあるから」

「ありがとう」


 おやすみ、と小さく呟いて部屋を出た少女は、首をかしげた。


「?」


 どうもこの街に来てからランバールの様子がおかしい。親代わりのシルミアが居るから大人しいのだとは思うが、それにしては目が合うと逸らされたり、どこか気まずそうな顔でこちらを見つめている時がある。


(みんなの前で恥をかくんだろうなぁって心配されてる? うぅぅ、あり得る……)


 そう結論を出した少女は、少しでもその可能性を減らすべく大人しく休むことにした。


***


 工房に一人残った青年は思いつめた表情のまま手の中のホウキを見つめていた。調整はほぼ終わった。そして別の意味での『調整』も――


「ふーん、それが『仕掛け』?」


 気配を感じさせず、いきなり響いた幼い声にランバールはバッと振り返る。いつの間に出現したのか、白いフードをかぶった少年が壁のホウキをつついて遊んでいた。招かれざる来訪者のはずだったが、ランバールは緊張を解かないまま一つ頷いた。


「ぬかりは無いよ」

「へぇぇ、ちょっと見せて」


 少年のリクエストに青年が指先を空中にスッと滑らせる。するとホウキに仕込まれた刻印が反応した。緑の光が柄の表面を走り、各パーツに分解され床に落ちる。カラカラと乾いた音が響く中、仕掛け人は無情に言い放った。


「明日のレース中、オレの指示一つでホウキは空中分解する」

「まぁ素敵! これでお値段たったの――」


 おどけたファントムの咽元に加工用の鋭いナイフが突きつけられる。ランバールの細められた目は、触れたら切れてしまいそうな光を宿していた。


「お代、払ってもらえるんだろうな?」

「おーこわこわ、そんなに怖い顔しなくたってちゃんとお支払いしますよーだ」


 降参するように両手を掲げた少年の前に何かが出現する。それはランバールの胸元に下がっている物と良く似たアクセサリーだった。革ひもを指で絡めとり、以前交わした取引内容を確認する。


「キミの両親の手がかりだろ? あの精霊の巫女を始末したら教えてやるよ」


 フン、と鼻をならしたランバールはナイフを収めた。その様子を面白そうに見ていたファントムが煽るように言ってくる。


「しっかし、こうもアッサリ裏切ってくれるとは思わなかったな、あの霧の谷でキミに声をかけて正解だったね」

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