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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
Thanks!-番外編
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砂漠の蛇-後編-

 革ひもがついた鍵は一見するとアクセサリーのようにも見えた。信じられない思いで鍵と青年を交互に見比べると、すでに興味を失ったらしいランバールは背を向けて歩き出していた。追いかけて先ほど溺れかけた通路を渡れば、あの禍々しい気を放つ黒竜は目を覚ましていた。ランバールは軽く跳躍し、その背に乗り込む。


「あの宝は少年の好きなように使いな。善いことでも悪いことでも構わない、お前は今日ここに来てその鍵を拾った。そういうことだ」

「でも、だって……」


 一生遊んでもおつりがくるほどの財宝を躊躇なく手放した青年は、どこか吹っ切れたような眼差しでこちらを見下ろしていた。


「少年にも少年なりの理由があってここに来たんだろ?」

「……」


 しばらく無言でいた少年だったが、巻き起こる風圧にハッと顔を上げた。飛び立とうとする黒竜に向かって大きく叫ぶ。


「あのっ、ありがとう! おれアンタのこと誤解してた。思ったより、なんていうか……優しいのな!」


 血も涙もない圧倒的な力を持ったカリスマ。少年が憧れていたのはそんな人物像だったが、実際の彼はこんなにも慈悲にあふれた英雄だった。忘れないでいようと心に堅く誓う。


 最後に軽く手を振ったランバールが天井の穴から飛び去っていく。少年はいつまでもその姿を見続けていた。


 ***


「オレと優しいほどイコールで繋げない等式も無いよなぁ」


 闇夜の空を切り裂く黒竜の背に転がりながら、ランバールは自嘲するように独りこぼした。大金を手にしたあの少年はこれからどうするのだろう。有り余る財産に溺れ身を滅ぼすのだろうか、はたまた世のために役立て後世に名を残す人物になるのだろうか。


「どうでもいいや」


 彼の人生がどうなろうが自己責任だ。竜の背で転がったランバールは、眼下に広がる景色の中にポツポツと明かりを灯す集落を発見した。脱力したようにこうべを垂れると心底うらやましそうな声を出す。


「いいなぁ、今頃ニチカちゃんたちは温泉旅行かぁ」


 抜け出した事がバレる前に戻らなければ。残してきた仕事の量を思った青年は、鬼上司が帰ってくるまでに果たして片づけられるだろうかと途方に暮れる。ヤケになり飛び出すべきでは無かったかもしれない。


「いや、何とかする! ヴニ君、付き合ってくれてありがとな。ユーナ様にはなにとぞ内密にしてくれると助かる」


 優しく首筋を撫でてやれば、監視役として居残りに付き合ってくれたヴァドニールは楽しそうに一声鳴いた。恐ろしい見た目ではあるが、思った以上に話が通じるいい旅客機生物だ。一人残され、ふてくされるランバールに同情して高飛び旅行に付き合ってくれたのだから。


(どうして捨てたくせにオレにあんな物を残していったんだ、親父)


 再び仰向けの体勢で寝転がったランバールは物思いにふける。自分があの鍵を少年に託したのはバルドロとの因縁に巻き込んだことへの詫びの気持ちも多少はあったかもしれない。だが一番の理由は、自分を捨てたはずの親からのほどこしを受け取るのが癪だっただけだ。


 竜は飛び続ける。やがて天空城に向かうため少し角度を上げた頃、ランバールは独り言のように呟いた。


「オレさぁ、今でも憎しみは消えないんだ。たとえどんな事情があったにせよ、たぶんこれからもこの気持ちは一生消えないと思う」


 ヴァドニールにとっては何の話かさっぱり分からなかったがそれでも聞き続けた。夜風をとらえ一気に上昇する。


「でもこの憎しみだって、今のオレを形成する大事な一因だ。痛みも全部のみこんで、それでも生きて行くしかないんだよな。……ニチカちゃんたちがそうしたように」


 ***


 それから数日が経ったある日の事、ランバールは天空城の回廊で始まりかけた夜を何となしに眺めていた。水平線に沈み切った夕日がわずかに滲み、その残滓が薄らいでいく。


 良い夜だった。涼やかな風が吹き抜け、二つの月が天上で出会うため東の果てから昇り始める。しばらく窓枠にもたれかかっていた青年は、足音が聞こえる段階になってようやく気づいた。少し先の曲がり角から飛び出してきた少女が、こちらに気づくと少しだけ驚いたように跳ねる。


「あ、ラン君……」

「ニチカちゃん」


 どこか行くのかと言いかけた言葉が止まる。少女は昼間会ったときとは少し雰囲気を変えていた。清楚な白いワンピースに薄水色のショール。全体的に柔らかなシルエットで、いつも腰に付けているはずの魔導球は見当たらない。何よりも紅潮した頬と切羽詰まったような表情を見て察してしまった。普段より少し大人びた衣装は、何の為、誰の為なのかを。


(あー……)


 妙な沈黙が訪れる。視線を泳がせ言葉を探しているニチカにランバールは苦笑を浮かべた。相変わらず判り易すぎる彼女の心が近いのに果てしなく遠い。彼女が一心に見つめている先は、自分ではなくあの男なのだろう。


「……ねぇ」

「へはぁ!?」

「昼間預かった書類だけど、ロッテ先輩にも目ぇ通して欲しいから明日の午後になっちゃっても大丈夫?」


 ふいをつかれて奇声を上げた少女はしばらく固まっていたが、脳が言葉をかみ砕いてようやく理解したらしい。コクコクと無言で何度も頭を振っている。


「了解、じゃあまた明日ね。おやすみ~」


 軽い調子で片手を上げてその場を去る。追及することもできたが敢えてしなかった。角を曲がったところで気配を伺うと、小走りになった少女がポータル部屋へと駆けていく音が聞こえる。その瞬間、ランバールはその場にしゃがみこんで頭を抱えた。盛大にため息をつきブツブツと何やら呟き出す。


「いやぁ、良いんだけどね、良いんだけどさ、オレ別に処女厨とかじゃないし。っつーかオレいいひとすぎない? えらくない? やべ、泣きそ」


 へへんと強がってみせては居るが、顔を上げた彼の表情は確かにぶすくれた物だった。口をとがらせて頭を掻きながら独り言ちる。


「想い人が抱かれにいくのを見送るとか、切なすぎ……」


 どれだけそうして居ただろう。今夜はやけ酒でも煽るかと立ち上がったところで、騒音が近付いて来た。転げる勢いで廊下の向こうからやってきたのは誰しも口を揃えて『世界の規格外』と称する女神、ユーナだった。


 こちらの姿を見つけたのか、一直線に駆けてきた彼女はぶつかりそうになるギリギリの所で止まった。肩で息をしながら叩きつけるように問いかける。


「どっち!」

「はぁ、オレはノーマルですけど」

「何だその返し!? 違う違う、ニッちゃん見なかった!?」


 この女神がここまで焦るなんて珍しいこともあるもんだと思いながら、ランバールは先ほどまで居た方角を指し示す。タイミングがタイミングなだけに多少イラッとしながら。


「ポータル通ってセンパイん家いきましたけどーぉ?」

「やっぱりかーっ!! ありがとっ! あと、この間サボりでどっか行ったの報告書書いとけよ!!」


 嵐のように過ぎ去った女神はポータル部屋めがけて突っ込んでいく。バレてらぁ、と小さく呟いたランバールだったが、なんとなく興味が湧いて緑のマナを呼び寄せる。風の精霊シルミアが得意とする傍聴術をユーナ基点でこっそりと追わせた。耳だけはそちらに傾けつつ、食堂へと歩いていく。


 ――や、やぁ! その……さすがに僕も無粋だなぁとは思ったんだけど、なんていうか、『その前』にどうしても耳に入れておかなきゃいけない情報がありまして、あのその


 自殺願望でもあるのか。おそらくは真っ最中であろう二人に割り込んだらしいユーナの声にランバールはそんな感想を抱く。一拍置いて少女の悲鳴と火球の音が届き、エール酒を注ぐ手がビクッと跳ねる。


(センパイはおあずけと見た。ざまぁ)


 そこからしばらくチビチビやりながら話の展開を伺う。『忘れ去られた大陸』の話が出て来た辺りでニィと口の端を釣り上げた。


「どうやら天はまだオレを見放していないようだ」


 立ち上がった青年は頭を回転させる。その狡猾な表情は盗賊団のリーダーを務めていた当時のままだと、右腕であったバルドロが見たら気づいた事だろう。


 ランバールは口の端についた酒を舌なめずりで舐めとった。その脳裏にふとまばゆい光の財宝部屋が浮かび上がる。それを打ち消した彼はふっと笑い、口を開いた。


「本当に欲しいものは金銀財宝じゃないんだ親父。砂漠の蛇はしつこいのさ」

なんとか4月中に上げられました。これ別に後編部分だけで良かったんじゃないかとか言ってはいけない。

時系列的にはランバールの過去――と、思わせて、前回800お礼の裏での話でした。本編でシャスタに行かせようかなとは思ってたのですが、北よりのルートになった為に断念。ランのアクセサリーの伏線とかちょっとだけ回収できました。

前書きでも書きましたが次回は950。と、それとは別に特別編が入るかもしれません。そんなに遠くはならないはずなので良かったらまだまだお付き合い下さい。

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