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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
Thanks!-番外編
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赤い糸たどれば-3-

 山のふもとまで来たオズワルドは木立の合間を縫うように進んでいた。傾斜のついた坂道を登っていると突き出た枝にピッとマントを引っ張られ顔をしかめながら外す、幸い穴は開いていないようだ。


 昨夜の雨で地面は少しだけぬかるんでいて、跳ね上げた泥土が靴に染みをつけている。終わったらこの近くにあるらしい温泉に入っていくかとため息をついたその時、視界の端に何やらぼぅっと赤く光るものが現れた。


(あれか)


 ウワサの赤い糸に遭遇した男は、茂みに引っかかっていた糸の端を摘まみあげ観察してみた。重さのないそれは簡単な光魔法で構成されているようで微かにマナの片鱗を感じる。糸は導くように茂みの奥へと続いていた。


 どうせ他の手がかりもないのだ、誘いに乗ってやろうじゃないかと考え、糸をそこらに落ちていた枝に巻き取りながらたどって行く。この先に運命の人とやらが居たのなら、出会いがしらに目を覚ませと言ってやろう。そう思いつつクルクルと巻き付けていく。しかし長い、どこまで続いているのか。


 単調な作業になかば意識を飛ばし手元だけを見ていると、ふいに糸の先をひっぱられたような感覚が指先に伝わった。何気なく視界を上げた先の茂みから『それ』が飛び出す。


「……」

「……」


 よく見知った少女が全裸に前タオル一枚というとんでもない恰好で目を見開いていた。お互いに見つめ合ったまましばらく硬直が続く。


 ハッと我に返った少女が悲鳴をあげるため息を吸い込んだ――のだが、それを吐き出す間もなくいきなりバコンッと足元の地面がなくなった。


「ひっ!」

「なっ!?」


 一瞬の浮遊感に包まれ、わけの分からない内に尻に衝撃が走る。受け身も取れないなんて……いや仕方ない、あんな衝撃的な物に出くわして動揺しない方がおかしいだろう。そうこうしている間にも、開いたときと同じ音をたてて頭上の扉が閉じてしまった。


「ニチカ?」


 お前なんでここに、と言いながら振り向いた瞬間、小さな火の玉が鼻先をかすめた。妙な叫び声をあげながらのけぞり、何をすると怒鳴りかけたオズワルドは涙目で床にへたり込む少女の姿に固まった。


「やだーこっちみないでよーっ!! あっち向いて!!」


 壁に灯されたロウソクの頼りない光源の中、こちらの数十倍は動揺しているニチカが薄布一枚で必死に防御をしていた。布の端から覗く肩、なめらかなラインを描く腰からすんなりと伸びた脚、タオルを控えめに押しあげる膨らみに自然と視線が吸い寄せられてしまう。だがそれもキュッと目を吊り上げた彼女の周りにマナが収束するまでだった。


「早く!」

「どうしてお前に命令されなくちゃいけないんだ……」


 本気で炎を撃ち込まれてはかなわないと渋々背を向ける。ところがいきなりマントを引っ張られて首元がキュッと締まった。


「ぐえっ」


 焦るようにぐいぐいと容赦なく引かれ息が詰まる。その意図を汲みとったオズワルドは首が締まる前に胸元の留め具を外してやった。


「なんであなたがここに居るのよ~」


 剥ぎ取ったマントをきっちり巻き付けたニチカは少しだけ落ち着きを取り戻したのか、それでも涙声で問いかける。マントの布地が薄いせいで身体のラインにぴったりと貼りついてこれはこれで……などと考えていた男は、次の言葉に呆れの声を漏らした。


「まさか、女湯を覗きに来たわけ?」

「はぁ?」


 なんでそうなる。自分はただ言われた通りのルートをたどって山を登っていただけだ。女湯がこの近くにあることなんて初めて知った。


「だって目隠しの垣根とか無かったし、ここってまだ女湯の範囲内なんじゃないの」

「お前のいた世界がどうだったかは知らんが、境界線が普通にあると思うなよ」


 そんなもの自己責任だ。見られたくなければ湯船から出るなというのがこの世界の共通認識だ。それをわざわざ茂みを越えてあんな林の中を素っ裸でウロウロしているだなんて、


「まさかお前がこんな痴女だったとは……」

「ちっ、違うっ、それ誤解だから!!」


 顔を真っ赤にして否定する彼女は、天界のメンツと共に突発的慰安旅行に来たという。入浴中、物音がしたので振り向けば林の奥へと続く赤い光の糸が落ちていて、それで興味を引かれてたどって来た、と。


 それを聞いたオズワルドは少女の無防備さにヒヤリとする。もし自分以外の男とそんな裸同然の恰好でこの部屋に落ちたらどうするつもりだったんだ、それこそランバールとか……


 の人物は血の涙を流しながら居残りだとは知らない男は、そこまで考えてハタと気づいた。改めて室内を見渡せば、薄灯りのロウソクと古ぼけたベッドが一つ。そしてわずかに湿った臭いの中に漂う、夏に咲く白い穂花のような独特の香り。


「『そういう為』の部屋か……」

「なにが?」


 何が運命の赤い糸だとぼやいたオズワルドは、問いには答えず部屋の壁に沿って調べだした。明かりとなる光源がとぼしいのでほぼ手探りになってしまう。ひんやりとした土壁に出口らしき物はなく、微妙にどこからか視線を感じる?


 向こうが危害を加えるつもりはないのは分かっている。おそらくこんな回りくどいことを仕掛けた犯人の目的は――その時、背後からへくちっ、と小さなくしゃみが上がった。そういえば風呂上りだとか言っていたか。


「湯冷めする前に出られたらいいな」

「うぅ、何が目的でこんなところに落としたんだろう?」


 それに答えてやることも出来たが、言ってまた騒がれるのも面倒くさい。ふるりと震える少女を引き寄せたくなる気持ちが少しだけ湧き上がるが何とか堪えて冷静な声を出す。


「無理に出ようとしなくても、あの女神あたりが気づいて探しに来てくれるだろう、待つぞ」

「私が爆破してみようか?」

「こんなところで生き埋めは御免だな……」


 未だにコントロール出力がゼロか百かのニチカはその言葉にうっと詰まった。確かに存在自体がチートじみたユーナが探してくれるならすぐに見つけてくれるだろう。湯船まで戻ってくれば自分が居ないことに気づいてくれるはずだ。そう判断を下し、諦めたようにため息をつくとベッドの端に腰掛けた。オズワルドもやや離れて座る。


「……」

「……」


 ロウソクの芯がジジッとくすぶる中、微妙な沈黙が二人の間を流れた。相手の温度が伝わりそうで伝わらない、そんなもどかしい距離が妙な雰囲気を加速させていく。


 どこからか甘い香りがふわりと漂ってきたような気がしてニチカは鼻をひくりとさせた。急に頭の芯がぼうっとして、フェイクラヴァ―が飢餓状態になった時のように肌の表面がぞくぞくと粟立っていく。


「ひぁっ、なになになに?」

「……」

「ねぇ、甘い匂いしない? なんだろう、この」

「……丁寧なことだ」

「?」


 あどけない表情でこちらを見上げる少女の視線から逃れるように、男は組んだ足に頬杖をつきそっぽを向いた。ニチカはなぜか頭の片隅から上がった『触れてほしい』と言う声をむりやり押し込め、マントを掻き寄せながら警戒するように身じろぐ。


「ヘ、ヘンな事しないでね?」


 見抜かれたかと内心ドキリとしたオズワルドだったが、持ち前のポーカーフェイスで表に出すことはしない。今のところはまだなんとか。


「……するわけないだろう」


 意識しすぎたせいか必要以上にそっけない声が出てしまった。まずいと思った時には遅く、カチンと来たらしい少女が振り向く気配が伝わる。


「ちょっと! か、仮にも彼女がこんな格好で隣に居るって言うのに、少しもそんな気にならないわけ?」

「なるわけない、寄るな触るな」

「ひどい、ひどいひどいひどい!」


 意固地になったニチカが腕を掴んでグイグイとひっぱってくる。その度に甘い匂いがふわりと鼻をかすめどうしようもなく脳を刺激する。男の耳にわずかに朱が差したが、不幸にもこの薄暗い明かりの元では少女には見えなかった。


 ダメだ、ここで誘惑に応じては『奴ら』の思うツボだ。心を鬼にしたオズワルドはすがりつく小さな手を振り解き、ことさら冷たい声を出す。


「とにかく、今のお前にそんな気は湧かない。わかったら安心して大人しく座ってろ」


 沈黙が続き、ようやく諦めてくれたかと胸をなでおろす。ところが突然柔らかい感触が背中に押し当てられた。息を呑むと同時に、両脇から伸びてきた手が腹に回される。


「……」

「ニ、チカ?」

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