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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
Thanks!-番外編
162/171

赤い糸たどれば-1-

たいへん長らくお待たせいたしました、800ブクマお礼のSSになります。

今回は長編をお届けします。待っていてくれてありがとうございます!

「温泉宿の調査?」


 品よくシックな色合いで纏められた一室に、怪訝そうな色を含んだ男の声が響いた。声の主であるオズワルドはその青い瞳を老紳士へと向ける。


 窓から自慢の庭園を見下ろしていた彼は、古くから――それこそ自分が魔女稼業を始めた駆け出しの頃からの上客だった。香辛料の取り引きを主に一代で財を築き上げた実業家は、綺麗に整えられた口ひげを触りながら振り返る。


「そう、温泉。嫌いかね?」

「いや、まぁ、嫌いではないですが……」


 歯切れ悪く応える男は心の中で首を傾げた。今日はいつもの通りに魔女道具を売り込みに来て、新作もいくつか気に入って貰う事ができ、報酬を手にさぁ帰ろうとしたところで引き留められ調査の依頼を頼まれたのである。確かにそういった探偵の真似事のような仕事をやることもあるが、老紳士はどこからその情報を仕入れたのだろう、そしてなぜ温泉宿。


「近頃すっかりはまってしまってねぇ、うむ、あれは良い、若返るようだよ」

「はぁ」


 年を微塵も感じさせないシャンとした背筋で何を言うか。そんな事を考えている間にも、老紳士は話を進めていく。


「ところが先日訪れた際に、いつもお世話になっている宿のご主人から気の毒な話を聞いてね。何でも――」



 ***



「連泊予定の客が、何も言わず次々引き上げていく……ねぇ」


 食堂のカウンターに一人腰掛けながら、オズワルドは手元のメモ用紙を眺めていた。合槌を打つようにグラスの中の氷がカラン、と音を立てる。


 お得意様の「是非助けてやってくれ」との頼みとあれば無下に断るわけにもいかなくて、結局その足でその温泉宿とやらに来てしまった。報酬は見込めそうにないが、今は特に急ぎで製作しなければいけない仕事があるわけでもなし、解決して一宿一飯をご馳走して貰うのも悪くないかもしれない。


(宿自体に問題は無さそうだった、サービスもまぁまぁ。となれば何か別の要因か?)


 老紳士の紹介で来たと言えば、人の良さそうな宿屋の夫婦は喜んで話を聞かせてくれた。何でもその宿だけではなく、他の宿泊施設でも同じような現象が起きているらしい。何かこちらに落ち度があったのかと訊ねるのだが、足早に去ろうとする彼らは曖昧に笑って誤魔化すだけで原因がさっぱりわからない。


 記憶している限りではだいたい三か月前から。年齢も性別もバラバラ。週に一組から二組。村全体の問題となれば、原因はもっと大きなところにある気がする。たとえば路地裏に引きずり込まれて脅されたりだとか、あるいは――


「ハイ、おまちどーさまぁ、本日の定食です」


 巡らしていた思考が明るい声により中断される。目の前にコトンと置かれたのは先ほど適当に頼んだ遅めの昼食だった。小鉢に入ったサラダをつつき始めたオズワルドは気配が立ち去ろうとしないことに気づいてフォークを銜えたまま視線を向ける。丈の短いミニスカートから惜しげもなく健康的な太ももをさらしたウェイトレスは、小麦色のポニーテールをいじりながらはにかんだように笑っていた。


「お兄さん旅の人? 一人? ここ夜は酒場になるの、良かったら――」

「連れは居なくて明日まで滞在予定だが仕事中だ。他をあたってくれ」


 そっけなく答えて食事を続行すると、瞬殺された彼女は憤慨したように頬を膨らませ隣の席に勢いをつけて座り込んで来た。


「なによーっ、顔はいいけど愛想のない人ねっ。こんなに若くて可愛いコが健気にも勇気出して声かけてるのよ、ちょっとぐらいなびいてくれたって良いじゃない!」


 若さ特有の傲慢な物言いにパスタを咀嚼しながら顔を向ければ、まだ少女と呼んでも差し支えないウェイトレスは下から覗き込むようにこちらを見ていた。大胆に開けた胸元を強調するようなアングルも戦略なのだろうかと考え、なるほど、この店の客層が男ばかりなのも頷けると頭の片隅で考え意識を再びパスタに戻す。


 そんな男の失礼な態度に怒りのボルテージを上げるでもなく、ウェイトレスは目を一つ瞬いた。


「ちょっとやだ、本当にカッコいい。ねぇ眼鏡外してよく見せてよ」


 なれなれし伸びてくる手からスッと身をかわす。持ったままの皿から食べるのは止めないまましばらくそんな攻防が続く。いい加減仕事に戻れと言いかけたところで、カウンターの向こうから第三の声が割り込んできた。


「ねーちゃん、その辺にしとけって。しつこい奴は嫌われるぜ」


 ウェイトレスよりもさらに年下の少年だ。姉よりは落ち着いた彩度の金髪をあちこちに跳ねさせた彼は目の前にアイスクリームの入ったグラスをコトンと置く。別の器に入った黒い液体をその上から注いでいくと苦笑しながら詫びを入れた。


「ごめんなニぃさん。この人少しでもイケメンを見つけると目の色変えてすぐ話しかけるんだ。弟として恥ずかしいったらねぇぜ」

「ばかっ、何言ってるのよ!」

「デザートなんて頼んでないぞ」

「いいのいいの、お詫びのしるし。新作なんだ、食べて感想聞かせてくれよ」


 勧められるまま口にすればどうやら先ほどの黒い液体はコーヒーだったらしい。甘いバニラアイスとほろ苦いコーヒーが混ざりあい絶妙な後味が舌先に残り、甘すぎる物は得意ではないオズワルドの好みによく合致していた。感心しながら素直な感想を漏らす。


「悪くない」

「なら良かった、サービスしておくよ」


 弟の粋な計らいに気分が上向きになる。ふてくされたように頬杖をついていた姉はおおげさなため息をついてみせた。


「あーあ、今度こそ『運命の赤い糸』を手繰り寄せたと思ったのになぁ~」

「運命の赤い糸?」


 耳慣れないフレーズに興味を惹かれると、両手を胸の前で組み合わせたウェイトレスは輝く瞳で語り出した。


「そう! この小指の先には見えない赤い糸が結ばれていて、辿っていくと運命の恋人と繋がってるんですって! ロマンチックでしょう?」

「見えないのにどうやって辿るんだ」


 率直に感じた疑問を口に出しただけなのに、少女は急激に冷めたような目つきでこちらを見る。反対にカウンター向こうの弟はケラケラと腹を抱えて笑い出した。


 それでも諦めないウェイトレスはこの劣勢を覆そうとカウンターに手を突きながら力説した。


「でもでもっ、この村で運命の赤い糸を見たって人がいっぱい居るらしいのよ! 旅人同士のカップルが生まれる縁結びの村なんだから!」

「ほう、実証でもあるのか。どこで見た? どのぐらいの率で結ばれる? 統計調査があれば見せて貰いたいものだな」


 調査の基本は聞き込みだ。なんてことはない噂話から真実に繋がることもある。そんな純粋な気持ちから尋ねたというのに、夢見る少女は完全に打ちのめされた様子で立ち上がった。


「……もういいです、ごゆっくりどうぞ」

「?」


 意気消沈と言った体で彼女は仕事に戻っていく。その背中を見送るオズワルドの向かいで少年はますます笑い転げていたが、涙を拭きながらこんな情報をくれた。


「でもあながち嘘とも言い切れないんだ、俺の友達もその赤い糸ってやつを見たらしくてさ」


 その後、しばらく少年とやり取りをしてその場所を教えてもらう。軽く探りを入れてみたが客人が足早に退去する原因に心当たりは無さそうだ。


(雲をつかむような話だ……)


 食堂から出て午後の穏やかな空気が流れる街中を進む。ゆるやかに傾斜する坂道の行く手には少し赤茶けた山並みが連なっていた。どうやら温泉はその山のふもとに湧いているらしい。


 先ほど教えて貰った場所も近いようだし、今度はそちらを調べてみるかと進みながらふと自分の小指を見つめる。


 運命の赤い糸。以前の自分ならそんな与太話は鼻で一笑して終わりだっただろう。だがある少女のへにゃりとした笑顔が浮かんでしまい、わずかにその口の端がつりあがる。だが急にハッと我に返り顔をしかめて歩調を早めた。違う、何だ今のは、どうしてそんな乙女的な思考に到ってしまったのか。


 ふぅっと息を一つ吐いた男は心の中で少しだけ苦笑を浮かべた。天界で女神の片腕として各地を奔走しているであろう弟子は確か温泉が好きと言ってなかっただろうか。今度休みが合ったらこんなところに連れてきてやっても良いかもしれない。そんなことを思いながら歩みを進めた。



 ***



「ついたーっ!」


 同時刻、村の入り口で元気な声が響き渡る。瞳を輝かせた少年――の、素体ホムンクルスに入った女神ユーナの横で、こちらも目を輝かせたニチカが温泉村の賑やかな様子に明るい声を上げる。


「やっぱりー、温泉は最高ですよねぇ」

「だよねぇ、日本人なら茹で上がるまで浸かっとけって話だよねぇ」

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