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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
Thanks!-番外編
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ひねくれ教師と落第生-中編-

 日本に居たころの学友とアルカンシエルの人たちが校内で共存しているというのは何ともチグハグな物がある。ピンクのクルクル髪をしたメリッサ……いや芽衣紗と、どうみても日本人の女生徒が横並びで授業を受けているのだから。


「あれ、気に入らなかった? 君の記憶を元に構築してみたんだけど」

「やっぱり!」


 勝手に人の記憶を覗くなと怒る知花に対して、優奈は少しも悪びれた様子はなくヒラヒラと手を振るだけだった。


「そんなカッカすんなよぉ、夢だよ夢。ここは君の夢の世界。だから何してもオッケーだし、たまには昔のことを思い出して懐かしさに浸っても罰は当たらないと思うよ」

「……だからって人の夢に潜り込んで勝手に改造するのはどうかと思いますけど」


 ジト目でにらみ付けても何のその、彼女は両手をパンと顔の前で合わせニッと笑った。


「僕自身の記憶は古すぎて曖昧だし、ちょっとばかりお邪魔させてもらってるんだ。悪いね」

「だったら少しは悪びれた顔をしたらどうなんですかっ」

「よぉぉーっし、学校改革するぞぉ! 生徒会室でお茶会しながら作戦会議だーっ」

「少女マンガじゃあるまいし、生徒会はフツーそんな権限持ってませんからねーっ!?」


 その内テキトーに目が覚めるよ~とだけ言い残し、優奈生徒会長は悠々と去っていく。残された知花は壁に手を突きハァッと重たいため息をついた。


***


(まぁでも、これはこれで楽しいからいっか)


 5時間目の気だるい空気の中で古典の授業を受けながら、知花は久しぶりの学生を楽しんでいた。

 先生の単調な声と板書するカツカツというチョークの音。かつては何とも思わなかった授業の一コマがこんなにも懐かしい。

 それにアルカンシエルの人たちがどんな配役に当てはめられているのか見つけるのも楽しい物があった。先ほどランバールと思われる用務員が中庭を掃除しているのを見かけたし、ウルフィのような大型犬が生徒達に撫でられて全力で尻尾を振っているのも見た。


(しかしシャルロッテさんの配役はどうなの?)


 ちらりと覗いた医務室では、お色気ムンムンの彼女が男子生徒の手当てをしていた。あの校医では仮病と言う名のサボりが続出するに違いない。

 密かに笑っているといきなり丸めた用紙でポコンと頭をはたかれた。見れば芽衣紗が呆れたような顔で見下ろしている。


「なにニヤニヤしてんの、授業終わってるよ」

「え、あ、ホントだ」

「まったく、そんなんだからこんな通知受け取る破目になるんだよ」


 通知?とその紙を受け取った知花は広げてみる。補修の二文字が真っ先に目に飛び込んできた。


「ほしゅ……え?」

「お昼休みに先生が持ってきたんだよ、アンタ居なかったから代わりにあたしが預かってたの」

「お忘れですの? 知花さん前回の小テストで7点だったじゃありませんの」


 後ろの席から梨香が補足してくれる。7点って、テントウムシじゃあるまいし。


「……10点満点で?」

「おばか、100点満点に決まってるでしょ」


 コンと頭を軽く叩いた芽衣紗は急にニヤと笑うと顔を寄せてきた。


「でも良かったじゃん、放課後の教室で尾沢先生と二人っきりなんて、もしかして狙ってそんな点数とった?」

「そっ、んなわけないでしょ! 7点は正真正銘私の実力だからっ」

「誇らしげに言うことではありませんわよー」


 含み笑いを続ける友人たちはますます顔を寄せてくる。


「あたし達しってるんだからぁ~、知花が前々から先生のこと――」

「ないっ、ないから!」

「隠し立てしても無駄ですわよ、ふふふ」


 顔にカーッと熱が集まってしまう。その様子で満足したのか、二人は笑いながらも離れてくれた。


「ま、でもチャンスには違いないわ。尾沢先生あれだけ美形だしみんな狙ってんのよ、いい? ここはもうグッと行っちゃいなさい、グッと!」

「もういっそこちらから押し倒してしまってもイイかもしれませんわーっ」

「キャーッ!」


 勝手に盛り上がる二人を横に、知花は内心頭を抱えていた。

 あのオズワルドの事である。補修なんてやろう日には鬼のような仕打ちが待ち構えているに違いない。100問解けるまで帰れませんとか、間違えるたびにでこピンとか。


(しかし尾沢先生って、オズワから? ひどい当て字……)


 放課後への不安を抱えたまま、6限のチャイムが鳴った。


***


 確かに数学はニガテだったが、それにしても自分の夢だというのに7点と言うのは酷すぎではないだろうか。祈ればその事実がねじ曲がったりしないだろうか。

 両手を組んで必死に念じていると、少しだけ呆れたような声が教室の前扉から響いてきた。


「そんなに祈りを捧げても補修は無くなりませんよ」


 パッと顔を上げれば数学教師の尾沢先生が入ってくるところだった。3枚ほどのプリントを知花の机に置くと自分は前の席に横向きに座る。


「まず出来るところまで一人でやってみて下さい」

「うぅ……」


 異世界に飛んで良かったことの一つに、もう二度とテストとはご対面しなくて済むことが上げられるのに、どうして夢の中でこんな目に遭わなくてはいけないのか。

 それでも根が真面目な知花は一応問題文に目を走らせる。接点Kだの時間が立つと動く謎の点Pだのが出てきてめまいがした。


「……わかりません」


 罵倒を覚悟で白旗を上げる。おそるおそる視線を上げると先生は苦笑していた。


(あれ?)


「仕方ありませんね、では一緒に解いていきましょう。まず――」



 尾沢先生と共に、段階を踏みながら難問を少しずつ切り崩していく。夢の中だというのにやたらと教え方が上手い。


「解けたー!!」


 赤ペンで大きな丸をつけてもらい、感動して思わずプリントを天に掲げる。


(ありがとう師匠、じゃなくて先生! こっちの世界で使うことはほぼないだろうけどすごい達成感だよ)


 ほこほこと、思わずにやける頬でプリントを抱きしめていると先生は何も言わずにふっと出ていく。しばらくして戻ってきた彼は両手に紙パックと缶コーヒーを持っていた。


「5分ほど休憩でも入れましょうか」

「!」


 目の前にトンと置かれ目を見開く。


「よくできました」


 ピンクのパッケージはいちごオレ。知花の一番大好きなフレーバーだ。


「ほかの生徒には内緒ですよ」

「ご、ごちそうさまです……」


 恐縮しながらお礼を言うと、カコッとブラックコーヒーの蓋を開けながら柔らかく微笑まれる。いつかの執事モードとは微妙に違う優しさに鼓動が加速していく。


(学パロ……悪くないかも)


 ぢるるるると吸い上げる最中、先ほど友人たちから言われた事がよみがえる。



 ――ここはもうグッと行っちゃいなさい、グッと!

 ――もういっそこちらから押し倒してしまってもイイかもしれませんわーっ



 教室には二人きり。夕暮れの斜陽が教室に長い陰を落としている。



 ――夢だよ夢。ここは君の夢の世界。だから何してもオッケー



(何、しても?)


 現実ではいつも主導権を握られてばかりで歯痒い思いをしている。

 もしこの優しげなオズワルドで練習をして現実で見返してやることができたのなら? 例えばキスとか。あるいはもっとそれ以上、の


「?」


 パチッと視線が合い、恥ずかしさが急激にこみ上げる。


(うわぁぁぁ!! 夢の中とは言え私なに考えて……っ!!)

「桜庭さん?」

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