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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
11-リビングデッド・ハート
121/171

121.少女、浮上する。

 その発言に天華は目を見開くが、声を上げようとしたところで急激に風向きが変わった。白煙が吹き荒れるブリザードの向こうから姿の見えなくなった彼女の声が響く。


 ――ロッカ! 天華のこと、よろしくね!


 上空からでは地上の様子がよく見えない、ただ硬質な物同士がぶつかり合うような音だけが届いている。天華は半狂乱になりながらそちらに手を伸ばした。


「リッカ! リッカ!!」

「しっかり掴まってなさいよ!!」


 ロッカがブーストをかけるため空中で溜める。

 最後に振り返ったその時、運命の悪戯か視界が一瞬だけ晴れた。


 少年の目にその光景が焼き付く。

 娘からの攻撃を喰らった風花が顔を押さえながら前かがみで呻いていた。その手の隙間からは赤い血がぽた、ぽたと垂れている。

 そして、対峙するリッカの、背中から、


 氷の槍の先端が突き出していた。


 突き出た箇所からじわりと血がにじみ、次の瞬間パッと花開いた。

 ぐらりと傾いた身体が雪の中にドサリと倒れ、まっさらな雪原の中に赤い花が一つ咲く。


「×××!!!」


 名前を呼んだはずだった。

 叫んだ声は暴風にかき消され、自分の耳にさえ届かなかった。



***



 雲の海がどこまでも広がる。

 その上を、姉弟を乗せたホウキは滑るように飛んでいた。青い月に照らされた影が追従してそれを追いかけていく。


 穏やかで静かな世界に、少年の泣きじゃくる声だけが響き続ける。前に座っていた姉は途方にくれて話しかけた。


「ねぇ、天華……だっけ。いつまでも泣いてたってしょうがないじゃない」


 嗚咽はいっそう酷くなり、少年の落とした涙が月明りに反射しては雲間に消えていく。はるか遠くまで広がる夜の空は、永遠に変わらないように見えた。姉の話し掛けは続く。


「そりゃ私だって哀しいわよ、片割れが居なくなったんだから。アンタみたいに手放しで大声あげて泣きたいけどホウキを操作してるからそれも出来ないの、ずるいわよ、ちょっとは遠慮してよ」


 それでも後ろの様子が変わることは無い。ため息をついた彼女は方向性を変えることにした。声の調子を上げ明るく提案する。


「ほら、物事は前向きに考えましょ! 私たちはもう自由なんだから。これからいくらだって好きな生き方ができるわ」

「っく……ひぐっ……」

「名を変え見た目を変え生きていこうじゃないの。アンタも私も魔法の知識はあるんだから、魔法学校へ入学するってのも手じゃない?」

「うぁぁぁ……」

「名前は何にしようかしら、昔読んだ小説から借りようかな。シャルロッテとかどう? おてんばで物語をひっかきまわす女の子の名前よ」

「……ひっく……っく」

「あなたはそうね、その女の子に意地悪する男の子の名前とかどうかしら」


 彼の新しい名を呼んだシャルロッテは少しだけ微笑んだ。

 これから先の漠然とした不安に押しつぶされそうになりながらも、声が震えないよう精一杯保つ。


「だからねぇ、もう泣くのをやめてよ、オズちゃん……」



***



 暗い湖面にうずくまり、少年が泣いていた。

 その後ろに立ったニチカは、踏み出すことも出来ずにただその背中を見つめていた。


「あなたの痛みに、私がしてあげられることってあるのかな」


 ささやくような声は届かず、少年は振り向かない。

 黒々とした湖面に波紋が広がる。

 少年が落とした涙から、ひとつ、またひとつ。


「一緒に泣いてあげることもできないんだ……だって、あなたの『今』に私は存在してないから」


 ゆっくりと歩みを進め、震える頭に手を置こうとするのにすり抜けてしまう。

 ただ悲しかった。無力だった。

 それでも膝をついて抱きしめるように包み込む。何も変わらない。引きつるようなすすり泣きは続く。


「何も出来ない。なんにも出来ない自分がもどかしいよ」



「たとえそれが『今』だったとしても、してあげられる事なんて何もないよ」



 突然背後から響いた平坦な声に、ニチカはゆるゆると視線をあげる。

 自分が先ほど立っていた箇所に、小さな子猫が血まみれで倒れていた。

 目を閉じ少しだけ開いた口から小さな舌がはみ出している。

 身体のあちこちには棒で殴られたような痕が付き、茶トラの毛皮には血がこびりついていた。


「目を覚ましなよ。他人の痛みを抱え込めるほどニチカって強い人?」


 血まみれで横たわる子猫の声に、記憶の小箱をガリリとこじ開けられるような音がする。不快さに顔をしかめていると追い打ちをかけられる。


「自分のことで精一杯。弱虫で、臆病で、卑怯で卑屈」

「ち、がうっ、私は……っ」


 その時、腕の中の少年が水中に沈んでいく。少し遅れて自分の身体も水の中に沈み始めた。子猫の曖昧な忠告は続く。


「もうすぐみんなに、本性がバレてしまうんだ」

「私の本性……?」

「だから、お願いだから、物語りのようなヒロインぶるのはもうやめて」


 小さくなっていく子猫の声にイラ立ちが募る。もう肩から上しか出ていなかったが叫んだ。


「あなたに私の何がわかるっていうの!!」

「わかるよ、だってあたしは――」


 最後まで聞くことが叶わずトプンと沈む。

 なぜだか無性に悔しくて悔しくて……それ以上に哀しくて、先に沈んでいく少年に必死に手を伸ばした。


(私の本性がなんだったとしても、あなたを救いたいって想うこの気持ちは本物だから)


 目を閉ざした彼がそれでも沈んでいく。

 触れられないとは分かっていたが、それでも


(私は……っ!!)


 その時、胸元にかけていた指輪が急激に光を放った。目を見張った瞬間、少年の指先に手が届く。ふ、と目を開けた少年の青い瞳と目が合う。驚いたような顔に向かって、その名を呼んだ。


「オズワルド――!」


***


 ハッと気づいたとき、場面は最初の書庫へと戻っていた。

 目の前にはさきほどまで見つめていた青い瞳がある。ただ掴んでいたはずの手がすっかり大きく骨ばった物に変化していた。

 手だけではない、銀髪だった髪は黒髪に、華奢だった身体は大人の男性の物へと成長していて……


「し、しょお」


 座り込んだ彼に向かい合って、ニチカは膝をついていた。

 これも記憶の続きなのかと一瞬疑ったが、つないだ手からはしっかりとした感触が伝わる。透けていた自分の身体もしっかりと実体を取り戻していた。

 ハーッとため息をついたオズワルドは安堵したように頭を掻いた。


「やっと戻って来たか。まったくこんな場所で気を失ってるなんて、一体何を――」


 その時、彼の視線が床に落ちる一冊の本を捕らえた。

 色を失った魔法陣と、その横に落ちている紙の切れ端。


 少し固まっていた彼の表情が見る間に険しいものになっていく。

 その変化を見ていられず俯くと、地を這うような声が響いた。


「ニチカ」


 その冷たい声にビクッと身体を強ばらせる。

 顔が……上げられない。


「何を見た」


 バクバクと心臓が暴れだす。じっとりとした嫌な汗が手を湿らせた。

 そのまま固まっているといきなり襟元をグッと掴まれた。何が起こったかわからないまま世界をひっくり返される。


「ふ……っ!」


 床に押し付けられ、背中に痛みが走る。

 圧迫される苦しさを感じながら目を開けると、いきなり怒声が降ってきた。


「言え!! 事と次第に寄っては――」


 男は激昂していた。怒りに染まった瞳が青い炎のようだ。

 だが荒げていた声のトーンを急に落とすと、氷のような声を出す。


「……覚悟は出来てるんだろうな」


 ここまで真に怒った男は初めて見た。その余りの激しさにすくみ上がり声を失う。


「あ……」


 掴まれている首元に力が込められる。

 かひゅっと変な声が自分の喉から出るのを聞きこのまま殺されるのかと慄く。


「……!」


 しかし、歪んでいく視界の中で「それ」に気づき、目を見開いた。

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