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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
11-リビングデッド・ハート
119/171

119.少女、…………

インモラルな表現が出てきます。ご注意下さい

 その言葉に一瞬だけグッと詰まった天華だったが、泣きもせず、そして言い返しもしないで再び無言で歩き出した。


「あっ、ちょっとなによー、感じわるーい」


 少年は俯いたまま廊下を歩いていく。その最中もずっと、城で働く召使いたちの噂話が意思のあるヘドロのように彼を追いかけては足や背にすがりついた。


 ――ほら、天華坊ちゃまよ。

 ――可哀想になぁ、才能が無かったんだろ?


「……」


 ――でも返って良かったんじゃないか? あの女狐の道具でしかなかったんだろ? 跡継ぎを自分の子供にってさ

 ――下手に、お家騒動になるよりは……なぁ?


「う、るさい」


 ――かわいそうに

 ――かわいそうに

 ――なんてかわいそう


 震える手を握り絞めた天華は、その場に立ち止まり叫んだ。


「うるさいうるさいうるさい!! 憐れむな! 蔑むな! おれの母親を悪くいうなっ!」


 掻き消そうとすればするほど、そのさざめき声は大きくなっていく。


 ――かわいそう

 ――出来損ない


 ――要らない子


「っ!」


 ついに耳を塞いでしゃがみこんだ少年はすすり泣いた。

 小さな身体いっぱいに、張り裂けそうなほどの自責の念を詰め込んでいく。


「ちがう、母さまはなにも悪くない。ぼくの出来が悪いのがいけない。母さまが怒るのも、叩くのも、ぜんぶぼくのせい」


 周辺が少しずつ暗くなっていく。外界から心を閉ざそうとする背中はとても小さく、今にも闇に呑み込まれてしまいそうだった。



 しばらくして立ち上がった天華は少しだけ大きくなっていた。目の前を横切った時、その表情の変化にニチカはドキリとする。

 かつての純真さは消え失せ、輝いていた青い瞳は底なし沼のようなどんよりとした物に変化していた。

 目を伏せ人目を避けながら歩く彼を、城の召使いたちは腫れ物のように見送った。


「他人の評価なんて要らない。おれはおれなんだから」


 まるで自分に言い聞かせるように天華は呟く。その響きにはそうでもしなければ自分を保てないような、そんな危うさを秘めていた。


 無意識の内に後を追うと、いつの間にか庭園が目の前に広がっていた。極寒のホワイトローズでも花は咲くらしい。ユリに似た濃紫こむらさきの花が咲き乱れている。爽やかな風にやわらかい葉が数枚さらわれ吹き上がった。

 だが花を愛でる余裕などないのか、天華はそのまま庭を突っ切ろうとする。茂みを曲がったところで足元に落ちた一輪に足を止めた。


「っ、」


 地に落ちた花に何かを思い出したのだろう、ギュッと眉間に皺を寄せると勢いよく足を振り上げ――


「その花の汁、一度服につくと中々落ちないから止めて置いた方が良いと思うな」


 涼やかに響いた声にギクリと身体を強張らせた。振り返ると声の主は窓辺にもたれるように天華を見下ろしていた。

 長い銀髪を青いヘアバンドで抑えた可憐な少女だ。年は天華よりも二つか三つ上だろうか。少し傾けた首すじからさらりと銀糸が流れ落ちる。


「あなた、本当はそんなことが出来ない優しい人でしょう?」


 にこっと微笑みかけられ、少年は舌打ちで返した。そのまま足を振り下ろし花をグシャリと踏みつぶす。種子から飛び出した汁が靴に染みを付けた。

 天華の敵意を込めた視線に怯むことなく、少女は穏やかに謝罪する。


「ごめんなさいね」

「……なにが」

「いつもロッカが酷いことを言ってるみたいだから。あの子はストレートに物を言いすぎるわ」


 警戒して一歩下がった天華はその顔を睨みつける。傍から見ていたニチカはそこで気づいた、雰囲気は少し違うがこの女の子は「早く出て行かないのか」と言ったあの少女と瓜二つだ。


「あんた、リッカか。次期当主の」


 六花リッカ六花ロッカ

 なるほど、リッカロッカで双子なのか。そして次期当主と言うことはこの子(と、ロッカ)が白魔と正妻である風花の娘なのだろう。


 成り行きを見守っていると、ピリピリした空気を物ともせずリッカは満面の笑みを浮かべる。


「そうよ。だけどそれがなぁに? 私はあなたと仲良くなりたいの」

「……」

「才能がないとかそんなの関係ない。そんなことで友達になっちゃいけないなんて、そんな決まり世界中のどこを探したってないもの」

「おれが妾の子でもか」

「関係ないわ!」


 輝く笑顔を浮かべ、彼女は右手を差し出してきた。


「人は生まれを選べないけど、どう生きるかは自分で選択できるんだから!」

「……」

「……」


(えええぇぇ!)


 不自然すぎるほど間が空き、ニチカは心の中でツッコミを入れる。おいおい、この流れはどう考えても手を取って握り返す感動のシーンだろう。

 しばらくその手をジッと見ていた天華は、暗い目でぼそりと返した。


「あんた、いつもこんなことしてるのか?」


 この展開が予想外だったのだろう。リッカは目をゆっくりと瞬いた。


「こんなこと?」

「心にもないこと言って、本当は人を見下してるくせに」


 吹っ切れたような天華は皮肉っぽく顔を歪めると早口でまくし立てた。


「優しく慈愛に満ちた自分を演出できて満足か? はっ、次期当主サマも大変だな? そうだよな、そうやって人の心を掴んでなきゃ誰もついて来ないもんな」


 彼は差し伸べられた手をバシッとはたき、ほとんど叫ぶように言った。


「うざいうざいうざい!! 寄り添うふりして上から見下してるのがおれには分かるんだよっ」


 ハラハラと見守っていたニチカはうろたえるしかなかった。どうしてその好意を素直に受け取れないのか。この城で唯一の味方になってくれるかもしれない彼女の手を払うなど――


「あーあ、バレちゃった」


(なぁぁっ!?)


 ケタケタと面白そうに笑うリッカは、それまでの雰囲気をがらりと変え少し崩れた笑みを浮かべていた。


「大当たりよ。すごいわ天華くん、確かに私は今『聖人』を演じていた。でもそれは次期当主として求められる優等生の演技をしていただけなの。許してね」

「……ケッ」

「でも驚いたな、まさかそれを見抜ける人がこの城に居たなんて」


 にィと笑ったリッカは手を伸ばすと幼子に接するように天華の頭をなでる。それが癇に障ったのか彼はバッと振り払った。


「触るなっ」

「あら可愛い、大人はこういう時笑って流すものよ。冗談の一つも言えないようじゃ良い男にはなれないわ」

「っ……」


 からかう声の調子に神経を逆撫でされるが、その言葉の中にこれまで感じてきた憐れみだとか蔑むような色は一つも感じられなかった。

 まるで普通の友人のように、彼女は無邪気に話しかけて来る。


「ねぇ、私たちは本質的にすっごい似てるのかもね。だから見抜かれちゃったのかな」

「似てない。しらない」


 そもそも、こんな同年代の子供と話すこと自体、天華にとっては数えるほどしか経験がない。どう返したら良いか分からなくて、ひとまずここは退散することにした。


「帰る」

「もう行っちゃうの?」


 こんなタイプは初めてだ、心理に関する本をあさって対処法を見つけなければ。

 なんとなく敗北感を味わいながらも胸の辺りがむず痒いような気持ちになる。不快なようで心を粟立たせる。久々に感じた人間らしい感情だった。

 それを全て見越していたのか、鈴を転がすような声が背中をポンと叩いた。


「また明日ね」


 また、だなんて。こんな自分にもう一度会いたいと思ってくれたのだろうか。そうだとしたら嬉しい。


「……二度とゴメンだね」


 天華は振り返らずに歩き出す。

 言葉とは裏腹にその頬は赤く染まり、口元はほんの少しだけ弧を描いていた。



「会いに来てくれたの?」

「別に、通りかかっただけだし」


「ねぇ、今時間があるの。抜け出して散歩に行かない?」

「あんた大事な跡継ぎなんだろ。浚われても助けないぞ」


「面白い本が入ったの。読む?」

「それならずいぶん前に読んだよ。解説してやろうか?」


 二人の窓越しの秘密の逢瀬は続いた。二人はお互いが唯一無二の存在であるようだった。

 片や忌み子。片や次期当主。この時間が終わればそれぞれ息苦しい時間が待っている。

 それでもこの時間は、この相手と話している時だけは素の自分に戻れるようだった。



「ねぇ、天華」


 ある小雪がちらつく薄暗い天気の日。リッカは部屋のソファにけだるく横たわり珍しくへこんでいた。

 隣で本を読んでいた天華はすっかり成長し、少年期も終わりを迎えようとしていた。読みかけの本から顔を上げて次の言葉を待つ。

 無言でうながされた少女はややあってぽつりとつぶやいた。


「私なんかがさぁ、この地を治める役についていいのかなぁ」


 顔を覆っていた腕をどけ、ぱたりとソファから落とす。どこかぼんやりした口調のまま彼女はゆるゆると弱音を続けた。


「魔力的にはロッカの方が上だし、何よりあの子は素のままの自分をみんなにさらけ出してる。私みたいに演技して人に接してるわけじゃない。こんな嘘で塗り固めた女が当主になっていいのかなぁ」

「当主に必要なのは素直さじゃない、統治力だ。あの女は確かに明るいけど頭カラッぽで何にも考えちゃいない。アンタの方が向いてるよ」


 さらっと切り返した天華は本を閉じて脇のサイドボードに押しやる。窓の外は相変わらず雪が降り続いていた。


「白魔も風花さんもそう考えてるからリッカを次期当主に指名してるんだろ」

「すごいなぁ、そうやって物事を冷静に見られる天華が、実は一番当主に向いてるんだろうね」


 あえて地雷を踏み抜くような発言だったが、少年は少し目を伏せただけで静かに頭を振った。


「……俺は論外」

「そうかな? そうは思わないけどな」


 しばらく無言で見つめあう。その瞳に揺れ動くものを見て取った天華は、少しだけ笑ってこう告げた。


「いいよ、そんなに不安ならアンタが当主になったときに俺が横で支えてあげる」


 その言葉はリッカの心にストンと落ちた。

 欠けたピースがパチリと嵌るように、その一言が欲しかったのだと知る。


「ふふっ、本当に成長したねぇ。えらいえらい」


 上体を起こしたリッカは昔と同じように頭をなでようとする。だがその手を優しく絡めとられ雰囲気が変わった。

 真剣な顔をしてまっすぐに見つめる天華はとうに彼女の背丈を追い越していた。そっと伸ばした手をなめらかな頬に添わせ見つめあう。

 しばらくして彼は口の端を歪ませこう続けた。


「大人はこういう時、笑って流すんだろ?」


 いつかの仕返しとばかりに薄く笑ってみせる。その色気にわずかな既視感を覚え、ニチカはぴくっと反応した。

 少し驚いていたリッカは苦笑しながら目を閉じ、天華の手をさらに上から包み込んだ。


「参ったなぁ……お姉さん、君をそんな子に育てた覚えはないよ」

「育てられた覚えはない。自分で習得したんだ」


 得意げに笑って離れようとした天華は、握られたままだった手にクッと力を感じ動きを止めた。

 ほの暗い部屋に静寂が降りる。

 雪は深々と降り積もり、時計の音が耳になじむほど過ぎた後、リッカは伏し目がちに少しだけ目を開いた。


「ねぇ、天華……今日は冷えるね」


 ――暖めて


 その言葉が耳に届くか届かないかの所で景色が溶け出す。


***


 次に見えてきたのはまたしても玉座だった。

 前回と同じく青女と天華の二人が揃って頭を垂れているが観衆は居ない。

 壇上から冷ややかに見降ろしていた風花が鋭い視線を彼らに向け、冷たい声で詰問した。


「では、認めるのですね?」

「……」


 沈黙は肯定。断罪の為の裁判はその段階でほぼ決着が着いてしまった。

 風花は持っていた扇子を口元に当て、高圧的に続けた。


「まったく嘆かわしい事。次期当主に手を出しただけでも罪深いというのに、それが半分血の繋がった弟だなんて。あぁ穢らわしい」


 主にその嫌悪の視線は青女へと向けられていた。青ざめた母がカタカタと震えだす横で天華はひたすら無言を貫く。


「処遇を言い渡す」


 それまで黙って話を聞いていた白魔が重々しく口を開く。溜める間もなく平坦な声音で判決が下された。


「子の罪は親の監督不行き届き。青女、お前をこの国より追放する」

「そんなっ、白魔さまお待ち下さい!」

「そして天華。申し立てることはあるか?」

「……」


 あるわけもなかった。全て事実だ。

 まるで道端に転がっている石ころを扱うかの如く、白魔は息子へ罰を言い渡した。


「では、明日みょうにちの日暮れ。当家の掟に従いこの者を処刑する。場所は『離別の峠』の先の――」


 死刑宣告なんて案外アッサリしたものなんだなと、天華はぼんやり思った。


 どうして自分は他人ひとを不幸にしかできないのだろう。


 もう何もかもがどうでもよかった。

 早く死にたかった。

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