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ひねくれ師匠と偽りの恋人  作者: 紗雪ロカ
10-水面にて跳ね空
108/171

108.少女、再びフラグを回収する。

 ランバールが呟くと同時に、部屋の入り口が荒々しく開かれた。黒い集団の後ろから見慣れた彼女が進み出てハッとしたように目を見開く。

 その人物は何か言いたげなグッと言葉を呑み込んだかと思うと、視線を逸らしてうつむいた。


「シャル……お前」


 オズワルドが何かを言う前に協会の魔女たちが一斉に杖や銃を構える。警告もなしにいきなり攻撃が始まった。


「っ!」


 発射された光線や弾丸を転がって避け窓枠を開け放つ。ここが外なら土魔法で障壁でも作るのだがあいにく室内だ。すでに隣の部屋の窓を破壊しているのでこれ以上の迷惑はかけたくない。


「夕飯食べたかったー!!」


 ランバールの嘆きを横に聞きながら、ニチカは師匠の袖をひっつかんで窓から飛び出す。地面につくスレスレでぐんっと上昇をかけた。

 通りの人々の驚いた視線を受けながら、宿屋から距離を取るべくスピードを上げる。と、ここで急に旋回したランバールがすれ違いざまに叫んだ。


「しゃーないオレ煽動! 奴らをまき次第、昼に会った水の女神様ンとこに向かうっス! じゃ後でっ」

「えっ、ラン君?」

「『隠れ玉』ッ」


 聞き返す前に後ろのオズワルドがお得意の魔女道具を呪文破棄で簡易発動させる。意図を汲み取ったニチカは水路の水面ギリギリまで降りジッと身を潜めた。


「ヒャーッハァ! 魔女さんこちらァ!」


 まるで曲芸飛行をするようにランバールが宙を舞う。追ってきた魔女たちはホウキでその後を追い、残りの男たちも走りながらそちらに向かった。

 水路の淵から顔を出したニチカは小声で呟く。


「大丈夫かな、やっぱり私も手伝いに行った方が……」

「やめとけ、足引っ張りたくないなら尚更」

「うぅ」


 ランバールはわざと建物より高く飛び上がり、街の防御システムである水鉄砲を発動させているようだ。何人かの魔女がそれに巻き込まれて落ちた。

 そのあまりの鮮やかさに思わず状況も忘れて見惚れてしまう。


「すごい、完璧に見切ってる」

「……半分楽しんでないか、あれ」


 さきほどからランバールは笑いっぱなしだ、テンションが振り切れておかしなことになっているらしい。その笑い声に煽られた魔女たちはますます苛立ちやっきになって後を追う。

 そろそろ街の住人も異変に気づきはじめたようでなんだなんだと窓から顔を出し始めていた。注目がそちらに集中したところでオズワルドが促す。


「いいタイミングだ、行くぞ」

「行くって……水の女神様で落ち合うって行ってたけど、それ何処のこと? 精霊様の居場所が分かったの?」

「昼に会っただろ。あっちだ」


 そう言われてもまるで心当たりがない。

 だが指示されるまま進んだ少女は目の前に現れた物に合点がいった。人もまばらの広場で待ち構えていたのは水の精霊ルゥリアをイメージして作られたと言うあの美しい噴水だった。


「どうしよう、一旦この街から出る?」


 タッと降り立ったニチカは人目を気にしながらひとまず噴水の裏手に回り込んだ。

 すると、そこに正面からは見えなかった井戸が有ることに気づいた。腰の高さほどのそれはやけに古臭く、石垣には苔が生えている。覗き込むと底の方で暗い水面が光を反射して揺れていた。


「うわ、深い。落ちたら上がって来られなそう」

「何か嫌な思い出が蘇ってくる……」


 突き落とされた記憶が蘇るのか、遠い目をする師匠はさて置き、空を見上げれば遠くの方でまだ追いかけっこは続いている。

 今のうちに逃げる算段を。と考えた少女は、ふいに井戸から風が吹き上がってきた気がして再度覗き込んだ。


「?」

「そこで落ちたら『お約束大賞』の称号をつけるからな」

「失礼なっ、いくら私だってそうそうお話みたいな展開にはならない――」


 だがニチカは忘れていた。フラグを立てた時点でそれは起こるべくして起こるものだったのだ。


 空にランバールが居たこと。

 こちらを目指す彼がハイテンションになっていたこと。

 その騒ぎを不注意にも背中に回してしまったこと。


 役満である。


「あ」


 本当にごく自然に、その声はニチカの後ろから聞こえた。


「え?」


 振り向くと彼が居た。

 器用にもホウキに後ろ座りをしており、首だけをこちらにひねる体勢で視線がかち合う。

 スローモーションのように世界がゆっくりと流れ――


 次の瞬間、派手な音を立てて三人は井戸の中へ落ちた。


 しばらくして水音が上がる。

 シン、と静まり返った広場は、次の瞬間ハチの巣をつついたような騒ぎになった。


***


「っ……」


 ぴちょんと、顔に水滴があたる感覚で少女は目を開けた。

 うっすらと開いた視界に、青白く光る洞窟が映り込んでくる。天井からは白いつららに似た石がいくつもぶら下がり、そこからまた一滴落ちてきて髪の毛に当たりはじけた。


「うぅ、今度こそ死んだかと思った」


 震える声を出しながら上体を起こす。パシャと手をついた石は白くなめらかで、その表面を流れる水はゆっくりと流れを作っているようだ。


「だいぶ流されたけど、今どのあたりなんだろう……」


 そう呟いて先ほど自分が吐き出されたトンネルを振り仰ぐ。


 井戸に落ちた瞬間、溺れるかと覚悟したのだが、表面に張られていた水を通過すると後はもうウォータースライダーのごとく流された。どうやら井戸は見せかけで、この鍾乳洞へ来るための抜け穴になっていたようだ。

 流される途中、道がいくつも枝分かれしていてオズワルドとランバールとは途中ではぐれてしまった。彼らも同じようにこの鍾乳洞のどこかに吐き出されているのだろうか。


「もうっ、なんでどこの街もこう変な仕掛けばっかりなのよ」


 子供の秘密基地じゃないんだから、と立ち上がったニチカは辺りを見回す。


 鍾乳洞はトンネルのようになっていて、高さは自分が肩車して四人ほど、幅は両手を広げて五人分と言ったところだろうか。

 それが左右にそれぞれ曲がりくねって道が続いている。全体が白い石で出来ているので怖いというよりは神々しい。そして光源はないはずなのに不思議と明るい。

 なぜだろうと首を傾げた瞬間、ふわりと綿胞子のような白いものが上から落ちてきて水に溶けた。かすかにそこだけ明るくなった気がしてこれまでの事を思い出す。


 ホウェールのマリアが隠れていた洞窟や、テイル村のノックオックが潜んでいた山にもこんな風に自然の明かりが灯っていなかっただろうか。

 となると、この光は自生しているヒカリゴケが出している光なのかもしれない。あの時は緑で今は青っぽい光だが。


「幻想的ではあるけど……」


 うっとりと見惚れるには今の状況は不安すぎた。ホウキで飛んでドドドドと今も流れる水の管を逆走しても良いが、戻ったところで待ち構えているのは魔女協会の連中である。ならこのまま別の道を探した方が良くないだろうか? それに


「水のマナがいっぱい、なんだよねぇ」


 目をこらさないでもそこら中を青い蝶が飛び交っているのが感じられる。

 もしかすると、もしかするのかもしれない。


(井戸に落ちて正解だったかも。水の精霊さまも探してみよう)


 じゃぶじゃぶと緩やかな流れに逆らって上流へと歩き出す。


「寒……」


 水に半分身体が浸かっていたのでひんやりとする。いつものようにケープを掻き合わせようとして、宿に置いてきてしまったことを思い出した。

 追跡される焦りが落ち着くと、どうしても考えてしまうことがある。


「シャルロッテさん……」


 先ほどの彼女の表情が忘れられない。バレた後ろめたさというよりは、悪いことをして見つかった子供のように怯えた顔をしていた。


(何か事情があるのかもしれない、脅されてるとか)


 また甘っちょろい考えだと師匠には言われるかもしれないが、今回ばかりは迷わなかった。


(あんなに優しい人なんだもの、信じなきゃ!)


 自分と同じくらいの大きさの石筍を警戒しながら回り込む。すると、少し開けた場所に出た。

 二十メートルほどの幅広の川。その中州に存在している物を見たニチカは、予想外の事態にぽかんと口を開けて固まった。


「も、もご、むぐ、ぜんぜん、足りないよぉぉ~」


 ……いや待て、落ち着こう。確かに昼間別れた時から姿は見なかったが、この短時間でここまで急成長するものだろうか?

 それともあれか、よく似てはいるがこれはまったくの別個体という可能性も――


「あ、あれぇ? そこに居るのって、もしかしてニチカぁぁ? ニチカだあああ!! おぉぉーい!!」

「ウルフィーっ!?」


 名前を呼ばれたことにより、『それ』の正体が確定してしまった。

 慌ててそちらに駆け寄ると、普段の二十倍ほどに巨大化したオオカミがごろんと転がりこちらに顔を向けた。ニチカはそちらを見上げながら怖々問いかける。


「ど、どうしたのそれ……何があったの……?」


 そう言いたくなるのも仕方のないことだった。何せ今の彼は腹がパンパンにはちきれんばかりに膨らみ破裂寸前の風船のようになっている。ギャグアニメでもなかなかお目にかかれない冗談のような光景である。

 よっこらしょ、と転がったウルフィは途方に暮れてこちらを見下ろしてきた。顔に影がかかりちょっと怖い。


「なんかねぇぇ、お屋敷で出されたオヤツをねぇぇ、食べた時からぁぁ、お腹が減って減ってしょうがないんだぁぁ」

「えっ」


 その時、ドサドサと何かが彼の横に落ちて来る。見上げればニチカが落ちてきたのと同じダストホールから、大量の魚の死骸が投げ込まれたところだった。


「ごはんんんん!!」


 待ってましたと言わんばかりにウルフィがそれに飛びついてむさぼり始める。その腹にぼんやりと妖しい紫の光が透けて息を呑む。

 その時、タイミング良くはぐれていた仲間たちもこの中洲に到着したらしい。ランバールのすっとんきょうな声に続きオズワルドの呆れた声が響いた。


「おわーっ!? なにそれ、まさかウル君!?」

「今度は何をやらかしたんだお前……」


 再会を喜ぶどころではなく、振り返ったニチカは涙目になりながら訴えた。


「どうしよう、ウルフィが魔水晶食べちゃったみたいなのっ!!」

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