新たなお肉 1
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「アイ、すまないが作って貰いたいものがあるんだ」
キッチンで話していると、ウェスタが急に思い出したかのように言ってきた。
大体必要な物は事前に作っていたはずだ。なので何か特殊な道具が必要なのだろう。もしかしたら、この世界にしか無いような調理器具等が有るのかもしれない。
「何を作ればいいの?」
「鍋だ」
期待しながら聞いたけど、回答が鍋とな……?色々な種類を作ったはずだけどなぁと疑問に思う。
「ああ、オリハルコンで普通の鍋を作って欲しいんだ」
私の沈黙をどう受け取ったのか、ウェスタが続けて言うがさらに疑問が募る。オリハルコンは耐熱と断熱に優れているため、鍋を火にかけても煮えるわけは無い。また重いため普通の人では扱い難いだろう。
「……問題はないけど何に使うの?」
多少腑に落ちない点は合ったが、聞いた方が早いと思ったのでウェスタに質問してみた。
「シチューの材料のブイヨン作りだぞ?」
ブイヨンってコンソメの事だっけ?確か野菜とか肉を山ほど使ってグツグツにゃーにゃーと、長時間煮込んで作るって何かで読んだ事がある。
勿論私は固形の塊のコンソメしか使ったことはないが、一から作るのは中々に大変な作業だったはずだ。
「間に合う?」
ちょっと心配になってウェスタに聞いてみたが、ウェスタは事もなく言ってきた。
「なんだ、そんな心配をしていたのか。10分かからないから気にする必要は無いぞ」
姉御スマイルが爆発したが疑問は残る。やはり見るのが早いだろうと、さくっと簡易製作で鍋を作りウェスタに渡した。
姉御は鮮やかな手並みで肉や野菜を切り刻んでいき、鍋のなかに投入していく。半分くらいまで材料を詰め込んだ後、水を入れて作業は終了したようだ。
ここまでの手順は想像の通りだが、どうやって10分で作るのだろうか?
「アイ、鍋を浮かせてもらって良いか?」
私は言われた通りにオリハルコン鍋を浮かせ固定した。
ここでようやくウェスタがやりたいことが分かってきた。ウェスタは鍋を温めるのではなく、空間ごと温めているのだ。やっている事はオーブンに近いかもしれない。
さらに外気の取り込み口からも風が入ってきて鍋に集まっているので、高温高圧で調理をしようとしているのだろう。
しかしこれを鍋と言って良いものか疑問を持っていたが、この方法なら調理器具として確かに使えない事はない。が、これは調理と読んで良いのだろうか……鍋の輪郭が歪んで見えてしまう程の高温になっているみたいなんですが……
「ほう流石オリハルコンだな、まだ耐えるのか」
ウェスタが楽しそうに言っているが、その笑顔に少し狂気を感じる。その言葉の意味するところは……鉄の鍋等では耐えられない程の高温高圧が加わっているのだろう。
「ウ、ウェスタ、鍋無事なの!?」
「ああ、オリハルコンは流石に硬い。これがあれば鍋を潰して材料が無駄になる事はないので助かる」
ウェスタはさらっと言ってくるが、鉄って融点1000度超えてたよね……?中身も沸騰していないし、圧力をどれだけかけているんだろうか。
「にゃんと……今何度くらいなの……?」
「ん?わからん。感覚的に鉄鍋が変形する3倍くらいには上がってるんじゃないか?」
え……なにそれこわいにゃん。
「よし、これならまだ行けそうだ。5倍位まであげるぞ」
ちょ、それ太陽の表面温度超えてないー!?そんな温度で料理するとか、それすでに料理じゃないよ!?言い換えるならそう、多分消し墨になった後に高圧でダイヤモンドになっていると思う。
勿論そんな物が暴走したら水蒸気爆発でこの辺り一帯が吹き飛んでしまう。私はいつの間にかネックレスを外し、ペンギンアーマーを装備してキッチンに立っていた。更にベルンが飛んでいた洋上の遥か上空に、衝撃等を逃がせる様に転移門の開通と爆発誘導の結界のセットも完了し差準備は万端だ。
「ばっちこーい!」
え、ウェスタを止めろって?オリハルコンの耐久性能実験が出来るから止める必要は無いし、この状況で止めようとして暴走するよりは全力で抑止するほうが建設的だと思う。
エプロンの代わりに鎧を着ないといけない料理とは一体何なんだろうかと、哲学的な事を考えてしまうが回答は出なかった。
私の言葉を聴いてウェスタは無言で頷き、鍋に力を注いでいく。次第に鍋の形は見えなくなり単なる揺らぎの塊になった。
確かに10分経たないくらいでウェスタが動き始めた。
「ふむ、鍋はまだ無事の様だが取り出して鍋の状況を確認するか」
「え、鍋の性能実験なら具材入れる必要なかったんじゃ……?」
ウェスタがさらっと言ったので、私は思わず突っ込んでしまった。だってあの量の野菜と肉は無駄にするには少し勿体無いよ……。
「何を言っているんだ。鍋が使えるかを確かめるのが目的なのだから、ちゃんと調理が出来るか確認しないと意味がないだろう?」
調理……?これを調理と言い張るの?さすがの私も首をかしげざるを得ないが、正論では有るので何も言い返せなかった。
「ここからが正念場だ」
しかもまだ終わりではなかったらしい。私は慌てながらもウェスタの動向を伺う。
「これは、なかなか……難しいな……」
何やら難しいらしいが、こんな馬鹿げた事を手伝える訳は無い。下手に話しかけると集中の邪魔になると思うので、私も不足の事態に対処することにだけに集中することにした。
しばらくすると鍋の輪郭が戻ってきたが、しかしはっきりするにつれて部屋が寒くなってくる。ウェスタが何かしている事は確実だが、どういう現象が起こっているのかは不明だった。
「よし、完成だ!」
「……ウェスタは私を凍らせるつもり?」
ウェスタが喜んで声を上げるが、私自慢のペンギンアーマーを寒さが貫通してきた事からも、結構な氷点下になっていたのは間違いないだろう。異変を察知して直ぐに換気をしてもこの有様だったのだ。
「……ああ、すまん。力みすぎて制御失敗してしまったようだな」
ウェスタも状況を認識した謝罪してくるが、それはそれでおかしいと思う。火の神であるウェスタが何故氷に造詣があるのだろうか。
「……ウェスタって火の神だよね?」
「ん?その通りだが?」
何を当たり前の事を言っている?と返答が帰ってきた。間違っているのは私なのだろうか……?調子が狂いまくっている気がするなぁ。
「……その辺は置いておいて、取り合えずその持ってる透明な塊は何なのか聞いてよい?」
そして部屋が寒くなっている原因か結果か知らないが、ウェスタは何か『ヤバイ物』を持っている。
「ふふっ、さすがのアイも驚いているようだな。これも私の力でな、さっきのような高温でも一気に氷に出来るんだ」
そう言いながら手の中の物を軽くぺしぺし投げる。
そう、ウェスタは今『何を』持っているのだろうか。
取り合えず物凄い高温高圧の空気を、ウェスタは氷の塊に変換したと言うことは分かる。つまり……空気の成分はほぼ窒素と酸素なので、少なくともその辺りは固体になっているのだと推測できる。
液体窒素が-200度くらいだと聞いた記憶があるから……少なくともそれ以下の温度なのは間違いなさそうだ。
だが勿論一番ヤバイのは、ウェスタ本人である事に異論は無い。
「それどうするの?」
一応爆発はしなくはなったが危険物なのは間違いないのだ。過去にバナナで釘を打つと言う実験をした時に、凍ったバナナに齧りついた馬鹿が病院に運ばれた事もある。
「いつもはゴミ箱に捨てているなぁ」
ウェスタが事も無げに言ってくる。今後ウェスタにはちゃんとゴミの分別から教えないといけないようだ。念のためキッチンのゴミ箱をオリハルコン製にするか、亜空間につなげるか等の対策を考えたほうが良いかもしれない。
だが物には罪はないし、実際『これ』は捨てるには勿体無い。
「それ貰ってもよい?」
「まぁ勿論構わないが……」
ウェスタから塊を貰って、オリハルコンでくるんで保管する事にする。とりあえず当面の危険も解決したのでひと安心だろうと一息ついた。
「むぅ……?」
私が危険物を処理し終わると鍋を見ていたウェスタがなにやら疑問の呻き声をあげた。そして、オタマを持ち出して鍋をかき混ぜ始めた。
あれだけの事をしておいて失敗でもしたのだろうかと思い、私も鍋を覗く。
が、見えたのは鍋の底だった。あれだけ一杯入っていた具材に見る影は無く、鍋には透明な液体しか入ってはいなかった。
「ウェスタ……具材はどうしたの?」
「無くなってるなぁ……」
うん、無くなってるね……
「凄い温度だったから全部燃えちゃったのかな……?」
水の中で燃えると言う表現もおかしいが、燃えていたとしても全てが無色透明になる事なんてあるのだろうか。
「アイ、ここは一つ味見をしてみないか?」
「ええぇ!?」
流石に私もこんなアンノウンを食べたくはないので反撃をする。
「ウェスタも料理をする者としては、味見をしないといけないんじゃ?」
「むぅ」
私が正論を言うとウェスタは黙ってしまった。たが有利に見えて不利なのは私だ。失敗作の場合に作り直してもらえなかったら、胃が既にシチューの形になっている私は耐えられないので妥協案を出すことにする。
「じゃあ一緒に味見をしよう。毒だったとしても私たち二人なら何とかなるし」
「むぅ……」
ウェスタは此処まで譲歩してもまだ不満なようだ。
「はあ、分かったよ」
ようやくウェスタは諦めたようだ。
その言葉を聞いて、私はお玉で味見皿に少量のスープを移そうとした。が、お玉でかき混ぜるのが困難なくらいスープが硬い。どうやらスープの上の方と下の方の柔らかさが違うようだが、上澄みの部分だけをすくって見た。
……上澄みの部分も明らかに重い。その重さは液体金属のモンスターを思い出させた。
「いきなりこれを味見しろとか酷くない……?」
ノリで承諾してたら大惨事だよ!いくらなんでも抗議する必要が有るだろう。
「いくら私でも、ここまで理解不能な物を味見するのは躊躇するんだ……」
現実逃避だったわけか。納得は出来るので、とりあえず二人分を小皿に取り分けウェスタにも渡す。
「じゃあ、いっせーのーでで飲もうか」
「ああ」
私と合図をしながら、軽い気持ちでその中身を口にする事になったのだ。




