魔王襲来 2
ゴブリン対策のトラップを作ると約束したな、あれは嘘だ!
私はすぐ夕方なのでフェズ店に帰ってきていた。もちろん今日の晩御飯を優先したからだ。明日から気が向いたら頑張る。
「アイ、帰ってきたか!このキッチンは道具も揃っていて、すごく気に入った!」
「うーん、調理道具は工房を作ればもっといいのが作れるから納得はしてないけど、気に入ってもらってよかったよ」
「だが、幾つか分からないものがあったので聞いて良いか?まずはこれだな」
壁際に計六台も設置されている機械を指差した。
「ああ、それらは食洗機だね。自動で洗い物をした上に乾燥までしてくれる優れもので、食器の保管場所にもなるんだよ」
「確かに計67人分の洗い物は数人係でも一苦労だものなぁ。その手間がかからないのなら奴隷達も喜ぶだろう」
食洗機は流石60人分くらいの食器を毎回洗うのは面倒だと思い、業務用をコンパクトにしたものを設置していた。じつは食器なんて魔法で一瞬で洗浄できるのだが、普通の人でも使える設備を作る必要があったので採用したのだ。
それにしても、ウェスタはいつのまに奴隷達の人数を確認していたのだろう。……いやほら50人越えとか、人数を教えてもらわないと数えるのが面倒くさい。
「次は……電子レンジと炊飯器は勿論わかるが、これは何だ?」
「あー、流石にこれは知らないか。エアフライヤー、油要らずで唐揚げが出来ると言う画期的な装置だよ」
「なるほど……分からん」
ですよねー、原理を理解してようやく私も分かったくらいだからね。
油で揚げると言うのは簡単に言うと『熱を加える』というのと、『水分を飛ばす』と言う2工程しかない。
なので油ではなく油と同じ温度の温風で、この2工程を行うのがエアフライヤーである。油の廃棄とか掃除が大変で揚げ物あまり作りたくなかったけど、これなら楽チンでヘルシーだ。
だが、もしかしたら油分が足りないと文句を言う不届き者が居るかもしれない。そういう場合の返答は、『だったらマヨればいいだろう!』以上だ。
「原理は気にしなくても良いと思うけど、エアフライヤーは電子レンジと炊飯器と並んで、キッチンの三種の神器と私は呼んでいる位に重宝するから楽しみにしていてね」
主に手抜きが出来ると言う方向で。多分私以外にもお米は土鍋で炊いて、炊飯器でカレーを作った仲間はいると思う。
しかし一番生活を変えたのは食洗機だろう。普通の家庭用でも5人分くらいは一度に楽々洗え、加熱殺菌されるのでまな板が常時清潔なのも大きい。
水道代も電気代も安く済む上に、何より洗剤に手を触れなくて良いというあかぎれ対策の救世主なのだ。
「これなら各個人で食洗機に入れるところまで出来るから、後片付けが凄く楽だな」
神様にはあかぎれの苦労は無かったらしい。まぁ洗う、拭く、しまうと言う3工程×67が、各々に軽く水洗いをしてもらえば後は洗剤を入れてスイッチを入れるだけで終わるのだ。楽なのは当たり前だろう。
「それで、ぼや君の調子はどう?」
しかし私は目の前の存在に我慢できず、話を切り替えた。
私が聞くと、足元のぼや君が器用にピースサインで答えてくる。転移して直ぐに良い臭いに気が付いては居たが、目の前に盛られた山盛りのポテチがぼや君の戦果なのだろう。
「凄く火力調節が丁寧だし、最大火力もかなり高いから問題はない。こいつに出来ないなら私が焼く事になるだろうな」
ウェスタはそう言ってぼや君を抱える。うまく信頼関係が構築できているようで安心した。
「取り合えずぼや君の専用コンロ以外はIH等の電気稼働式にしようか。後の事は後で考えよう」
考えるのがめんどくさかったので後回しにしました。
余りのよい匂いに我慢できずに、『つい』つまみ食いをしてしまった。さすが塩と油で生活している国だ。なかなか良い味のポテチで手が進んでしまう。
たがこのおいしいポテチを、水やコーヒーで食べて良いものだろうか?柑橘類や果物も少量ならあるが、とてもジュースにするほどはない。
「ウェスタ、飲み物は私が作っても良い?」
「ふむ、それは楽しみだ。何ができるのかな?」
「ポテチには炭酸ジュースだよ。んー、コーラとかこの世界にはないよね?」
「そりゃあるわけがない。まず二酸化炭素を作る方法なんて、誰も研究してないだろうしな」
因みにコーラを作ろうと私たちもレガシーでも研究していたのだが、どう頑張っても上手くいかなかった。あの失敗作の味は思い出したくも無い。
私はインベントリからダマスカス鋼製耐圧ピッチャーを取りだし、地下水、砂糖、酸味のある柑橘類の果汁を混ぜる。この中に魔法で二酸化炭素を混ぜれば完成だ。
出来たものをウェスタに味見をしてもらうと、少し羨ましそうに話しかけてきた。
「ファレンもだが、こう言う事をさっと出来るのは正直羨ましいよ」
「ファレンと比べられたら正直困るけどね。私は足りない事を知識と道具でカバーしているだけだよ」
ファレンなら空気中からコーラを産み出せても納得すると思う。
「炭酸ジュースならウェスタも簡単に作れるように出来るよ。ピッチャーに冷却機能と二酸化炭素カードリッチを付ければ良いだけだしね」
ピッチャー上部に機具を取り付けて、カードリッジタイプの二酸化炭素ボンベを用意すれば大人なら問題なく作れるようになるだろう。
「それはとても嬉しいが、アイの知識と発想にはいつも驚かされる」
原理さえ分かれば誰でも出来るのだから誉められても申し訳ない気持ちになってしまう。
「当然です。クラフター(プロ)ですから」
だったら作れば良いだろう!が皆の合言葉だったくらいだ。ちなみに費用対効果なんて誰も気にしていませんでした。
そこでファレンがキッチンにも食堂にも居ないことに気がつく。
「あれ、そう言えばファレンは?」
気が付かなかったのはポテチの美味しそうな匂いが悪いのだ、私のせいではないので薄情とか言わないように。
「よく聞いてはいないんだが、この国にファレンの眷属である魔族が向かっているらしい。既にいくつかの国を通過、つまり侵犯している状態なのでファレンは対応に行ったようだ」
「ファレンはそんなことまで対応してるの?」
そんな細かい対応はこの世界の神の印象には合わない。ファレンはその辺りも丁寧な神様なんだろうか。
「まあ普通は対応しないんだが、この国が進路に入っていたから警告に行ったんだろう」
すこし心配になって索敵網を広げると、確かに北の方にファレンがいるのが分かる。横のちっちゃい反応が魔族なのかな?
「むー?」
これだけの距離ではよく分からないが、この魔族さんは何かおかしい感じがする。変な気配がするので何かの魔法の対象になっているのかもしれない。
熱々の揚げたてポテチが冷めてしまうのは少し寂しいなぁと思っていると、ファレンから通信が入ってきた。
『アイ、聞こえる?』
『こちらアイ。ファレン、ちゃんと聞こえているよー』
いったいどうしたんだろうか。位置確認したのを関知したのかな?
『ウェスタに話を聞いているのかもしれないけど、私の眷属がどうやらアイに用があるらしいんだよ。何故か怒ってるんだけど何か覚えある?』
『ファレンに覚えが無かったら、私は気が付いてすらいないと思うよ』
『だよねぇ』
あまり怒られる覚えもないし魔族との繋がりも少ないから人違いの可能性が一番高いと思うが、私を指定しているのも気になる。
『引いてくれない感じなの?』
『うん、全く引いてくれないんだよ。私には威厳が無いのかなぁ。この子、死ぬ覚悟までしちゃってる感じだから何とか止めたいんだけど』
そりゃただ事じゃなさそうだが、知らないとはいえ私のせいで自殺者が出るのも困る。
そして何よりおやつに熱々ポテチを食べたい。このままファレンを放置して食べ始めるのはあまりに酷すぎるだろう。
『ファレン、相手の名前分かる?』
『うん、ベルンっていうらしいよ』
『よしじゃあその魔族を強制召喚して話を聞くから、ファレンも戻って来ていいよ』
『……ああ……確かにアイなら可能なのか。この子を見捨てるのもしょうに合わないしお願いしても良いかな?』
『ラジャー、任されましたー』
んじゃ、フェズさん達に説明してこよう。
「ウェスタ、ファレンがもうすぐ帰ってくるからポテチを運んでもらって良いかな?ついでに容疑者も一緒にくるから一人増えるよー」
「了解した」
よろしくーとウェスタにお願いし、フェズさんとリーシャちゃんに説明にいく。
「フェズさん、リーシャちゃん。ファレンが一人よく分からない人を連れてくるけど驚かないでね。悪いことは出来ないようにするから大丈夫だよ」
「その説明を聞いて驚かない人間は居ないと思いますよ……?」
「今驚いているなら大丈夫。やったね、後で驚く必要が無くなったよ」
「大丈夫だよフェズさん。アイ様嘘つかないもん」
フェズさんのブーイングに対し、リーシャちゃんが擁護してくれる。
「よし、良い子のリーシャちゃんにはデザートを増やしてあげるよ!」
そう言ってリーシャちゃんの頭を撫でると、耳がぴこぴこ動いて凄くさわり心地がよかった。
「さてじゃあやりますか」
食堂の入り口付近でペンダントを外に出し、ファレンに通信する。
『ファレン聞こえる?こっちの準備は終わったよ。ちゃんとペンダントも出したので転移してきてね』
『ありがとう。逃げられたら困るから私は何も言ってないよ。だから後は任せるね』
『はいなー』
準備は整ったので今回もさくっといこう。
「ディスベル発動 対象は目標の魔族 重ねて召喚魔法も発動」
目の前に召喚陣が広がり中から人間らしき存在が出てくる。
「きゃっ!」
が、悲鳴をあげ尻餅をついてしまった。多分かかっていた魔法を解呪された状態、つまり落下状態で召喚されてしまったので上手く着地が出来なかったのだろう。
容疑者の見た目は15 歳くらいだろうか、肩までの白髪に赤眼のゆるふわ天然パーマな女の子だ。ぼろぼろの貫頭衣のような服に、頭にデフォルメされはたれ熊の帽子を被っている。熊の目が×になって本人と連動しているのはどういう技術なのだろうか。
だが次の瞬間、様々なことを気にする余裕は無くなった。
現れた魔族は服ではなくぼろ布を体に巻き付けていただけだったのだ。尻餅をついたら何かが見えるのが普通なのだが、その『何か』すら見えなかったのだ。
……HAITENAI。繰り返す。容疑者は何も履いていなかった模様。
「フェズさん回れ右!」
「はい!」
フェズさんに視線を送るとファレンが既に取り皿を浮かせて目隠しをしていた。驚きの早さである。
「え、えっ?」
本人はまだ理解が出来ていない模様だが、逐一説明する暇はない。
「ファレン、丁度メイド服なら用意はあるよ?」
「……まあ時間もないしそれでいこうか」
了承も得られたのでファレンと一緒に固まっている熊魔族を浮かせて、防音バッチリな会議室にドナドナしていった。




