ポーション事件 3
3/9 改定しました
11月に入ると『レガシー』が再度開放された。この段階で明らかになったのだが、今までは経済や流通には全く手を入れていなかった運営が、最悪の結果に重い腰を上げていたようだった。
内容は誹謗中傷を行っていた者のアカウント削除。プレイヤー作成のポーションの代替品となる低価格だが低効率なアイテムのNPC販売。一ヶ月間のPKの禁止、および永続的なPKペナルティの追加である。
『誹謗中傷』自体は運営もノーマナー行為として禁止している行為であった。が、申告制であったため、今回のケースでは対応できていなかったようだ。目の前で暴言を吐かれる事しか想定していなかった為だ。またPKペナルティを導入する事で安易なPKを制限した。
今回運営はサーバーごと停止してログの確認をし、ある一定以上の悪質と思われるプレイヤーをアカウント削除対象者としたようだ。細かい判定理由は発表されなかったが、特に個人を中傷していた者や、楽しんで煽っていたと思われる者などが多かったようだ。
この事件での唯一の救い……言うべきだろうが、運営の懸命な努力によって他にも現実での襲撃計画や、リアル晒しの計画を行っていたプレイヤーが居た事が分かったのだ。前者は言うに及ばず、後者も立派なストーカー行為だ。運営は警察に音声データを提出し、連携して対応に当たっていく事となる。
レガシーは再開したが、余りに酷い結末に戻ってこないプレイヤーも多かった。
やはり我々はこの出来事を忘れてはいけないと、再開日の夜22時に砦に居た全プレイヤーは被害者達に黙祷を捧げていた。
1月中旬には山は削られ海は埋め立てられ、砦は城砦となり、規模は国の王都すら凌駕する物となった。また、召喚モンスターの規模も一軍に匹敵していた。
一気に召喚数が増えたことには理由がある。単純に戦力を増強したかったという事もあるが、システムの解明が進んだのが大きい。
時期はもどるが、8月に合流した中には召喚術を使えるプレイヤーもいた。が、どのプレイヤーに確認しても使役できる数は12体が限度でそれ以上は制御できなくなるという話だった。私は100体以上のたぬ騎士を召喚して制御していたため、どういう事かと詰め寄られたのだ。
検証を重ねた結果重大な事実が発覚する。確かに直接指揮できるのは12体までだったのだが、親密度の高い召喚モンスターは更に12体『指揮下』に置くことが可能だったのだ。この『指揮下』の枝分かれも4段階まで現在可能であり、理論上12の4乗、20736体の制御が可能だと思われる。今までは最大10体のチームで作業させていたため、上限にかからなかったのだろう。
この事が知られていなかった事にはいくつか可能性が考えられる。
第一に、普通召喚したモンスターは送還される。街の中で暮らすプレイヤーは召喚したモンスターをぞろぞろ連れまわす事は出来ないのだ。その為召喚時と送還時にMPを消費するが、召喚したままだと住処などの面倒見ないといけない為、普通は送還される。
第二に、召喚モンスターはプレイヤーでないのでパーティに入る事ができない。なので獲得した経験値は召喚モンスターにしか入らない。他のプレイヤーのパーティに入って召喚モンスターを多数だすと、顰蹙を買ってしまうケースもあったようだ。もちろんサポートや後方攻撃など一人のプレイヤーが多数の役割を果たせる召喚魔法には、あって当然のデメリットだろう。普通のソロプレイで12体も召喚できる事だけでも、十分バランスブレイカーであると思ってしまう。
こういう事もあり送還しなくて良い環境と目的があり、PTを組まない(引き篭もり)プレイヤーにしか出来ない事だったんだろう。
2月になって一周年祭が行われる事となった。
この頃になると事件の爪跡の全貌が見えてきたのだ。
露天を出しているプレイヤーの数はかなり回復してきてはいたらしいが、品質的には事件前の8月の段階すら超えることが出来ていなかった。熟練クラフター達が迫害の対象となる事を恐れ、隠れてしまっていたのが原因だ。もちろん知り合い相手に作ったりはしていたが、材料に他のクラフターが作る素材が必要になるものもある。その『他の熟練クラフター』と渡りをつけることが出来なかったのだ。その結果、市場に流通するアイテムの質はガクッと下がっていた。時間が経ち、新しいクラフターの台頭で少しずつ状況の改善はされていたが、まだまだ状況は厳しかったのだ。
一方独自の発展を遂げていたのは私達の『隠れ城砦』だ。多数のクラフターや戦闘系プレイヤーを保護していた事もあり、あの出来事を乗り越えた仲間達はどんどん技術を発展させていく。
戦力としてもたぬ騎士以外のモンスターも増え、総数2000を超えていた。たぬ騎士達の装備もどんどん更新され戦闘力を高めていた。
『隠れ城砦』といっても、中のプレイヤーと外のプレイヤーの交流を基本的には制限してはいなかった。一つだけ決めていた事は、装備、アイテムのランクを相手に合わせる事である。強い装備をみると欲しくなるのが当たり前だ。再度の混乱を避けるためにも徹底され、現に問題は起きなかった。
一周年を目前にして『そろそろ外部にも作ったアイテムを流すべきではないか』と言う意見が出てきた。基本的にクラフターという人種は、たくさんの人にアイテムを使って貰いたいと思うものだ。理由はあるとは言え、城砦にだけ集中している状況は納得できない面もあるのだろう。
戦力も十二分にあるので物理的に城砦とプレイヤーを守りきる事はできるだろう。しかし『人の業』から守りきれるかは分からない。似たような事が起きないとは言い切れないのだ。
元々一周年祭に向け、城砦の技術力を結集させて『剣』と『盾』を作るという計画が動いていた。この『剣』は自殺してしまった少年、『盾』は亡くなってしまった女性を忘れない為に戒めとして私が作る予定だった。
この二つの装備を市場に流す事にした。見つからない様な小型の召喚モンスターを監視につけ、今後の行動の指標にしようとしたのだ。
剣と盾が完成し信頼できる露天主に装備を渡す段階で、別の計画があったという事が発覚した。有志のクラフターが集まって、たぬき柄のパーカーを作ってくれていたのだ。
20人くらいが集まり『貴方のおかげでこの一周年祭を迎える事ができた。感謝の気持ちとして受け取って貰いたい』と言って渡され、私は柄にも無く泣いてしまった。
少し時間が経ち、剣は初心者の少年、盾も同じく初心者の少女に売られていった。
少年は高威力の剣でどんどんレベルを上げていった。まだ残っていたPKerに狙われた事もあったが返り討ちにする事もあった。
少女は女性にしては珍しい前衛盾タイプのプレイヤーだった。彼女はこじんまりしたギルドに入り、メンバーを守る要になっていった。
状況が変わったのは少年だった。
PKerを返り討ちにしたことで、『見所のあるプレイヤー』としてあるTOPギルドの目に留まっていたのだ。少年は更に躍進する事が出来るだろうと喜んで入隊した。
この少年に驚愕したのがTOPギルドの幹部達だ。レベルがまだまだ低い初心者のはずなのにあまりにも攻撃力が高く、自分達すら霞みそうなダメージをたたき出していたのだ。
あろうことか、幹部達は『ギルドの為に』と言って剣を奪った。
更に驚愕した事に自分達の武器の優に3倍は威力があり、ソロの狩りで恐ろしい効率を出す事が出来たのだ。ギルドの為にと言いながら、個人での剣の使用権を巡って幹部達の対立が強まっていく。
少年は嫌気がさして既にギルドを脱退していたので、混乱に乗じて剣は回収しておいた。この事で最終的にギルドは分解したが、元凶の武器の作成者が『アイン』という名前であるという事は周知されてしまい、後日新たな事件の引き金となってしまった。
役割を終えた剣は元の役割に戻り、広場の噴水台に固定され我々の戒めとなった。
この結果によって武器にしろ防具にしろ性能の高さに目を付けられると、同じ事の再来を招きかけないという事が分かった。むしろ直接商品の販売するよりも『外』の技術力の向上が急務だと意見の一致を見たのだ。
しかしこの城砦に一般のプレイヤーを招く事はできない。外からしたらブラックテクノロジーの魔窟なのだ。技術レベルに差がありすぎて参考にすらならないだろう。
検討した結果、かなり離れた街道に近い場所に衛星都市『ツヴァイ』を作り、外部のクラフターを誘致する事になった。そこに有志プレイヤーにより間接的に必要な素材や情報を流す事によって、外のクラフター達の技術力はどんどん回復していった。
次の舞台は更に半年の月日がながれる事になる。