奴隷商人襲撃作戦 3
先ほどの奴隷達のいた部屋を抜けて奥の部屋にはいる。そこにも何人かの奴隷が居たが更に奥に行くと一人しか居ない部屋があった。
「あなたにこの子を治療することはできますか?保護した時には手と足の腱が切られ喉も潰されていたのです。この街の医療技術では到底治す事もできず、部位欠損を治すような魔法使いもポーションも見つからずにお手上げ状態でした。ですが伝説にある神ならば治す事ができるはずですよね」
フェズさんの話の内容に私は言葉を失っていた。この子は獣人族の小学校低学年くらいの少女だった。しかもタヌキっぽい耳に膨らんだ尻尾も持っており、この世界で失われてしまったタヌキ成分が目の前にあった。
「この子をこんな目にあわせた人間はどうなったの?」
「奴隷以外にも攫って拷問などをしていたようでして、既に処刑されています」
そうか、やつ当たりの的がなくなってたか。
「一つ条件があるよ、この子を私に任せて欲しい。拒否されても癒すけどこの子には今後幸せに暮らす権利がある。私と来れば家族の元に帰せるかもしれないからね」
たがタヌキ耳の少女は下を向き泣きながら首を振ってしまった。そうか家族はもういないのか。
『復活』
ペンダントを通して魔法を発動させると、タヌキ耳の少女を私の体から出た天使が包み込む。光が消えるとタヌキ少女の目が大きく見開かれ少し手や足を動かせているのがわかる。
「足や手の具合はどう?声は出る?」
少し間はあったがタヌキ少女は再び頭を横に振る。私の魔法では癒しきれないようだ。ペンダント無しでやるわけにもいかないのでファレン先生を呼んでみよう。
『ファレン聞こえる?こちらアイですどうぞー』
『聞こえてるよー、何かあった?』
『ちょっと魔法の知恵を借りたくてね。一般人も居るけど協力者になる予定だから、今居る室内に転移して来られないかな?』
『アイのペンダントを外に出してくれたら転移出来るよ。前に空間空けておいてね』
『はーい、説明するからちょっと待ってね』
ファレンの承諾は取り付けたので二人に説明する。
「魔法のスペシャリストを呼んだからちょっと待ってね。後、念のために壁際に寄って貰ってていいかな」
タヌキ少女は椅子ごと移動させられ、フェズさんはその隣に立つような形になった。準備ができたのを確認し、私はペンダントを服の外に出した。
『準備オッケー、いつでもどうぞ』
とファレンに合図を出す。その瞬間に私の前に転送陣が広がりファレンがその中から出てきた。
「魔の神様が呼ばれて飛び出てきましたよ!」
「驚かせようと思って正体を黙ってたのに!」
「ええ、何で怒られるの!?酷くない!?」
まぁそんなことはどうでも良いので話を進める。
「ファレン、この女の子の体を全快させる事はできるかな?私の復活じゃ完治しなかったみたいなんだ。やった人間はすでに処刑されているらしいから、出来れば悲しまないであげて」
「そっか、わかった。傷の具合は……見た感じ呪文の選択を間違ったんだね。復活は部位欠損も治るけど、古傷はそのままになることが多いんだよ。それにしても酷いことをするなぁ。でも大丈夫だよ、治るしアイや私が絶対に守るから安心してくれると嬉しいな」
『完全復元』
ファレンが触れた手の部分から体全体を白い光が覆っていく。
「治ったはずだけど、いきなり大声は出さないでね。今まで長いこと声を出してないんだから危険だよ」
「あ、はい……声が……出ます!出てますよ!喋れています!」
「はいすとーっぷ」
ファレンがタヌキ少女の口を手で塞ぐ。少しモゴモゴ言っているが落ち着いたようだ。少し恥ずかしそうにしている。
「小声で、ね」
ファレンが重ねて言い、タヌキ少女が首肯したのを見て手を離した。
「喉は大丈夫そうだねー。手足はどうかな?立てる?」
そう言ってファレンはタヌキ少女に手を伸ばす。きちんと掴んで立ち上がり、ジャンプするが問題ないようだ。
「本当に治ってる……夢じゃ無いんですよね……?」
「うんー現実だね。これくらいなら朝飯前だから気にしなくて良いよ。私達の責任であった事も間違いないしね……。そうだアイ、他にも患者は居るのかな?」
分からないので固まっているフェズさんに視線を移す。反応がない。
「フェズさん?」
「……!は、はい!何でしょうか」
何でしょうかじゃないよ。立ちながら寝るとは器用な人だ。
「他にも患者は居ますか?死んでない限り治せるように私も頑張りますが」
「あーそうだね。ついでにアイの魔法の練習もしよっか。この子も呪文の効果を間違えなければ治せていた筈だしねー」
「……何かとんでもない状況になっているような気がしますが、何人か治らない傷を持っている者が居るので見ていただけると助かります」
どうやら奴隷達は私の魔法の実験台になりそうだ。
フェズさん、どうでも良いことには人間諦めが大切だよ。と、心のなかで呟いておいた。
「あの子治ってる?一体なにがあったの!?」
「全員落ち着け。この方達が魔法で治療してくれたんだ。ついでに全員診てくれるらしい。金銭的なことは気にしなくていいぞ」
奴隷部屋に戻ると皆が彼女が歩いている事に驚き、治った事がわかると喜んでいた。皆良い人達のようだ。だがフェズさんは既に投げやりになっていた。
「アイ、まず全員に診断の魔法を掛けよう。慣れない間は重要だよ」
ふむふむ、そんな魔法があったんだね
『診断』
色々な情報が出てきて治すための魔法も書かれている。
「おお凄い。治すための魔法も分かるよ。これならミス無しだね」
「いや、普通は分からないよ。余り他人に言わないように。多分アイは知識が凄いからその補正だと思うけど」
そーなのかー
「うん、分かった。取り敢えずさくっとやっちゃおう」
『さくっと』
『さくっと』の魔法を唱えると、奴隷部屋にいた全ての人間が色とりどりの光に包まれる。ちゃんと個々に魔法の種類を変えたから問題なく治った筈だ。
「こらー魔力のごり押しは駄目!複数に掛けても一種類まで、呪文もちゃんと意味があるんだから普通は省略できないの。こんな50以上の高位魔法を同時発動したりはやっちゃ駄目だよ」
そんなー
「そんなー」
おっと、心の声が漏れてしまった。
「多分一つの魔法で多数の効果を起こしただけだよ。即興で新しい魔法を作っただけだから悪くないと思う」
「で、それを普通の人間も出来ると思う?」
思いません。
「すみませんでした。気を付けます」
「分かれば良いよ」
悪あがきも封殺されたので負けを認める。謝るのは大事だ。
「あなた達は一体何者なの……?」
「私は普通の人間だよ」
「普通の定義が乱れまくってるね」
奴隷のお姉さんから質問が飛んでくるが、私の主張をファレンが否定してくる。
「うーんそだね、私の事は通りすがりの正義の味方だと思ってくれれば良いよ。実際にはやりたい事をやるだけの暴走人間だけどね」
「そこは否定のしようがないよ……」
ファレンが合いの手を入れてくるが、お姉さん達は訳がわからずにポカーンとしている。やっぱり説明はめんどくさいのでフェズさん達を引き連れて応接間に戻ろうと思う。
これで信用してくれなかったら神様はこの世に居ないと思うしかない。でも実物が目の前にいるんだし大丈夫だよね!
取り敢えずタヌキ少女に美味しいものを食べさせて上げないとなぁと考えながら席に着いた。




