ぶらり、途中道草の旅
「ありがとうございましたー」
オレンジのラインが入った帽子を被った店員から、コーンを受けとる。ひんやりと冷気が漂ってくる。綺麗に巻かれた頂点はくるりと弧を描いていて、とても芸術的だと思う。やったことがあるわけではないが、自分ではこんなに綺麗にいかないだろう。
私の目的は、セドリックにこの世界に馴染んでもらうこと。
そのためには色んなことを知ってもらわなければならない。
「っつーことではいセドリック」
石のベンチに座っていた、フードを目深に被ったちょっと怪しい人に声をかける。
「……これがその一環だと言うのか」
「みんな大好きソフトクリーム」
「みんな、とは庶民を指すものか」
「そっちツッコむのかよ。いいから食べなよ奢ってあげるから。おいしいよ」
「……庶民に払って貰う程落ちぶれてはいない」
「うるせえ日本円持ってないやつがつべこべ言うんじゃありません」
「んっぐ」
下から叩いて口にダイレクトシュート。小綺麗な顔がサンタクロースのごとき間抜けなものになる。
「っつっめた?!」
「ちょっと舐め取ってごらんよ」
「毒では」
「人体に害はないよ」
じろりとこちらを睨んでから、器用に舌を動かす。ほぼ同時に目を見開いて、残りを食べ始めた。
なんでこんなもの食べさせてるのかと言えば「庶民見下し症候群」の治療だ。少しでもこの世界のことを、ここで生きる人のことを知って欲しい。目についたワゴンカーに目を奪われたという、私欲のためでは無いのだ。そう決して。桜ソフトなんていう魅力的なポップに食欲が負けたとかではない。因みにセドリックはオーソドックスなバニラである。
「美味しいでしょ」
「……氷菓か。それにしては滑らかだが」
「そっちにもアイスあるの?」
「これほど絹のような滑らかさも甘みもないがな」
「庶民の食事」にしてはかなり好感触ではないだろうか。珍しく皮肉も何もなく褒めている。最初の警戒心出しまくりの視線はどこへやら。今はバニラソフトに一生懸命だ。こうして見ると犬猫か何かのようで小指の爪くらいには微笑ましく見える。
「気に入った?」
「……まあ、食べ物に罪は無いからな」
みんな大好きソフトクリーム。偏見まみれの騎士の舌まで溶かすらしい。
*
「んじゃ次はー……」
「おい。あれはなんだ」
「っくそ……!忌々しい兎め……もう一度だ」
「セドリック、熱くなるのはいいけどそれで最後ね。服買えなくなるし」
。騎士にはもっと冷静で紳士的でというイメージがあったが完全に崩壊している。強いて言えば目だけは獲物を狩る狼のように鋭くギラついているが騎士というより狂戦士だ。というか初日の割にこいつゲームセンターに馴染み過ぎている。クレーンゲームを見てあれは何だと問いかけてきたので懇切丁寧に、教えてやったらこのザマだ。楽しそうだしそこまでの出費はしてないのでいいけれど大きな獲物な上に穴には仕切り。アームの力もかなり弱い。
これ絶対金貢がないととれないやつだろ。
「セドリック、別のに行くよ」
「待て、ここで引けば騎士の名折れと」
「たかがゲームに折られちゃ騎士の名もたまんないっての」
こいつこんなキャラだったのか。ちょっとじわじわ来る。これ以上熱中されると流石に金がつきてしまうので違うことに意識を向けさせなければならない。
「今度は何だ」
「ホッケー。そっちにもあった?こういうの。ここに小さな円盤みたいのを滑らせてこれで弾きあって、相手の陣地の穴に落としたら勝ちっていうゲームなんだけど」
「いや、初めて聞いたな。そもそも俺等は元々こういった娯楽に触れない」
「マジか。騎士達ってみんなそうなの?普段ストレス発散とかさー何かないの?」
「賭博も禁じられていたからな。強いて言えば娼館に赴くことは普通だった」
「娼館……」
「許嫁や心に決めた相手が居る場合は別だったがな」
「……セドリックにはそういう人は」
「許嫁は居た。名家の令嬢だ」
「……そっか」
家族についてさほど執着はなさそうだったが、許嫁が居るとすれば置いてきたのは心苦しいだろう。その心中を察し、唇を噛む。
100円1プレイと書かれたところにワンコイン入れた。タラリラッと軽快な音楽が流れてランプがつく。流れてきたパックをカンッと弾いた。セドリックの方もそれを見て軽くパックをつく。
「本当に、そういう意味ではあの人に感謝をしている」
「……ん?」
パックが壁に当たった。ジクザクと歪に進んでいく。
「あの女の顔を見なくなって済んだのだ」
「け、喧嘩かなにか?」
「人の私物を盗むような女など、侯爵家であろうと反吐が出る」
聞けばなんとも熱心なファンだったらしい。家の力を使い許嫁になるまで行ったはいいが、とんでもない収集癖があったらしい。確かに下着盗んでコレクションとかされたら誰だって引く。妙に慣れてる感じなのが哀れだ。日本語プリントの外人観光客Tシャツでも買ってやろうかと思ってたけど自重しよう。
セドリックは地位が上ならなんでも良いというわけではなく、一応少しはまともな感覚を持っています。