すぴりちゅあるなんて知りません
感想。
「……これなんでこの人生きてるんですか」
大家さんに見せられた記憶は、夢を見ているような感覚だった。視点は勿論セドリック。
彼の記憶はかなり歪んだものだった。
王達への高い忠誠の反面、他の人々を見下している。その振る舞いは露骨なもので「庶民の手など借りる必要はない」という台詞が非常に頭に残った。彼はかなり自分に自信があったらしい。そして、それを裏付けるだけの才能に恵まれすぎてしまった。だから、自分の親も、それを信じる自分自身も疑うことができなかったのだ。異常なまでの地位絶対主義。それを高潔なものだと信じて迷わず、親の誘導にも抗わなかった。実際の世界はそうでないとも知らないままに。
同情しないわけではないが普通にウザいめんどくさい高飛車。
平面上の美少女しか許されないタイプだ。
そして周囲の反感を買いまくったセドリックは、他国との戦闘中。昼食に何かを盛られて動きが鈍くなっているところを仲間に腹を貫かれた。
そして森の中まで逃げて、力尽きた瞬間。彼の遺体の周囲に不思議な魔法陣が浮かび上がり──、光となって消えた。
これが彼が辿ったことの顛末だ。
「……小野ちゃんも中に行ってたのか」
「えっこれもしかして普通行かないパターンですか」
「まあでもたまにあることなんだ」
一瞬自分が何か特別なアレを持っているとかそういうやつかと思ってしまったので、誰か土に埋めてほしい。
大家さん曰く、彼の思考がなだれ込んでいるので、彼の知識常識も共有されるらしい。説明に必要、と言ったのはたぶんそういう感覚の違いを知るためだったんだろう。
私にそれがあまり無かったのはうっかり入りこんでしまっただけで、魔法の焦点が当てられてるわけでは無かったからだとか。写真をとったときに、ピントが合わない後ろの背景みたいな感じだよ、と言われたがよく分からない。ようは魔法には意識を向ける向けないの問題があって、それが弱いと効力も弱いらしい。
覚えなくていいよと言われたので忘れることにする。
「それで、俺はどうして生きてるんですか」
至極真っ当な質問だ。あの瞬間、彼は確かに死んでいた。
「まあ、簡単なことだよ。世界線によって命の在り方やその後は違うとされている。でも、基本魂はある。魂は消える際に霧散してその地に還るんだ。術式に消えかかった魂をかき集めて再構築するようなのを組み込んだんだ」
何一つ簡単じゃない。
「どうしてそんなことをなされたのですか」
「んー……あまり言いたくないなあ」
「いやそこは言わないとでしょ」
相変わらず大家さんをお偉いさん扱いするセドリックにごねている。セドリックがここに来た原因があるとすれば死んだ直後のあの魔方陣。……いやな予感がした。
「あのねー……セドリック君、誠に申し訳ない。実はね、本当は僕が居た世界に繋ぐ予定だったんだよね。だけどどっかでミスったらしくて、ランダムに色んな世界線に繋がるようになったっぽいんだ」
「それで、俺は偶然……」
「そ、元々組み込んであった式のせいで蘇生されてこっちの世界で復活」
何してんですか大家さん。要約すると大家さんのケアレスミスで人一人トリップさせたことになる。何してんですか大家さん。
「ごめんなさい。僕のせいで、変な事に巻き込んで」
スッと正座して、そのまま前にかがみ込んだ。土下座だ。
「俺は、別に構わないです。どうせ元々死んでたのでしょう。ならば生き返れただけありがたく思います」
「すまない。君の人生を弄ぶようなことをして」
「いいです元々さほど執着もありませんでした」
そう言って視線を下に向ける彼の顔に悲壮感は無かった。どうやら事実らしい。まああれだけ人に恨まれ堅苦しく生きてきたのだ。少しは楽に生きれるといい。
「ってかだとしたら自分の部屋にやればいいじゃないですか、なんで私の部屋の鏡なんですか」
実はその転移陣(後々名前を教えて貰った)は私の部屋にある全身が映るほどの鏡にあった。人の部屋を巻き込まないで欲しい。
「僕もそのつもりだったんだけどさ、どういうわけだかね。君の部屋に転移陣は構築されてたんだよね……という訳で君に頼みがある」
「お断りします」
「まあまあ悪い話じゃないよ」
「嫌な予感しかしないです!」
あざとく首かしげても無駄です。
「あのさ……転移陣ってさ、一度構築すると中々消せないんだよ」
んなもん作るな。
「あそこに住み続けてみない?」
「却下」
「なんでさ」
「だって、いつああいうのがまた来るか分かんないじゃないですか!!」
「俺か?!」
セドリックは突然指をさされ狼狽える。あんなの呼ばわりは許して欲しい。
先ほどのシリアスな空気が完全にぶち壊しなのも許してほしい。
「鋭いね、小野ちゃん。だからこそだよ。僕の部屋色々置いてあって管理大変だし、管理者がもう一人居ないと困るんだよ」
「あの鏡動かせばいいじゃないですか」
「転移陣は固定だから鏡動かしても壁に出て来ると思うよ」
「じゃああの部屋に物を動かせば」
「強力な転移陣だからもし変な魔法具と反応起こしたら下手したら日本壊滅」
「んな核兵器作んないでくださいよ!!アホですか?!そんなもん私責任とれませんよ!無理ですよ!」
「結界は張っておくし、変なこと無い限り安全だから!見張っててもしなんか変なことあったら教えてくれるだけでいいから!!」
「嫌ですよ!!」
すごくしつこい。
「……わかったよ小野ちゃん。君がそのつもりなら僕にも考えがある」
「な、なんですか」
「確か君、最近カツカツって言ってたよね……?」
確かに以前漏らしたことがある。
「家賃三分の一カットしてあげよう!」
「えっ」
なんという悪魔の誘い。
「更にね、セドリック君のこと。日本になれるまでサポートしてくれるなら半額にしてあげよう」
「やります」
「?!」
セドリックが驚いたようにこちらを見ているが、こちらは苦学生。家賃が半額になるならいくらでもなんでもする。
これをちょっと後悔するのはもっと先の話。
早いとこセドリックに日本についての感想やらやらせたいです。