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奇跡も魔法もあるんです

一話です。よろしくお願いします。

「いや、訳分かんないです」

 

 沈黙が支配する空間で、真っ先に声を出したのは私だった。目の前のコスプレ男も唖然としたままだ。にこにこしている大家さんに、じっとりとした視線を向けた。


「どういうことですか、ってかこの人大家さんの知り合いですか」

 「んーそうだね、順番に説明していこう、ってことでまず自己紹介から始めようか。んじゃ、君お願いできる?」


 大家さんはそう言って、目の前の男に手を差し向けた。最初の典型的な上から目線野郎は何所へやら。彼は困惑を取り払い切れぬまま口を開いた


 「は、はあ……俺は、コンラッド王国直属騎士団第一部隊所属、セドリック・ロースヴェルト・レーヴァンです」

 

「あれ、さっきもっと短くなかった?」

 「役職名を省いたからです」

 

 なんちゃら、うんちゃら、どうちゃら。のうんちゃらの部分は役職名だったらしい。色々あるのかもしれないが私とってはただめんどくさいだけだ。

 

「えっと、セドリックー…なんだっけ」

 「セドリック・ロースヴェルト・レーヴァン。お好きに呼んでいただいて構いません」

 「じゃあセドリックで」


 ここまでのやりとりをして、何故自分は初対面でいきなり腹を殴って来た男に普通に名前を聞いてるんだろう。と自分で思っていた。だが自分も背負い投げをしてしまったわけだし、口には出さない。


「それじゃ小野ちゃんお願い」

 「あっはい」


 なんだかよく分からない流れになってきているが仕方無い。波にのまれることにした。


 「えっと、小野 頼子。とりあえず女子大生やってます」


 「オノ、ヨリコ」

 「そう。別に小野でも小野さんでも頼子でもなんでもいい」

 

 「それじゃあ最後に僕だね、ここの大家をしています。現日本人、元異世界人。遠山 レインドバーグです。因みに戸籍上は遠山 零、ね。ちなみに日本で言うとこの魔法使いです」


 最後にとんでもない爆弾ぶっ込んできた。割とここの大家さんは良い人だと思って信頼してたのに頭に重い病を患っていたらしい。主に中学生に多い別名黒歴史を。そう思ってたらにっこりと微笑まれた。これでもし魔法で思考を読み取りましたとか言って来たら本当に笑えない。


 「……まあ仕方無いか、とりあえず。まずは信じて貰うことからかな」


 そう言って、大家さんはパーカーのポケットから、白いチョークのようなものを取り出した。そしておもむろに、私の部屋の折りたたみテーブルをどかし、安物のカーペットを引っぺがした。

 

 「ちょっ、何するんですか!?」

 「何かあったらちゃんとこっちでもつからさ、ちょっとゴメンねー」

 「ちょっと!」


 フローリングに、ガリガリと白い線を引いていく。円を描き、蛇の這うような文字らしき物を書き、図形を描いていく。中央に蛇の跡が幾つも描かれたの三つの円が線で繋がれる。こうしてみると数式のようにも見えなくは無い。ただちょっと、装飾が多いだけだ。こうして魔方陣を描いていくと最後に、大家さんはチョークをパキン、と折って中央に投げた。

 ここまでもおかしい、けど。ここからがもっと非現実的だった。

 投げたチョークがコツン、と音を立てた瞬間。ただの図形に電撃が走った。青白い線が子供が力任せに書き殴ったように幾重にも出現し、花が咲くように広がっていった。ただただ、綺麗だと思った。どんな宝石よりも美しい青白い光の花。

 腕を力強く引っ張られる感触と共に、青い薔薇へと飛び込んだ。


**


 「やっぱり。完璧だ」

 「ここは……」


 セドリックが唖然としている。それはそうだ。私だってしている。

 大家さんが変な魔方陣を床に描いて、そしたら変な光が広がって、その中に私達は大家さんごと飛び込んだのだ。我ながら訳が分からない。

見回してみると先ほどまでいた私の部屋とは全く別の空間が広がっていた。本、本、本、本。見渡す限り古そうな書物が積み上げられて、まるで摩天楼だ。中にはフラスコやら場所不明の地図なんかも貼ってある。魔法使いの実験室があったらこんな感じだろう。いや、実際そうなんだ。だって私は見てしまったし、体験してしまった。

 この本の塔の群れを一度だけ訪れた事がある。その時は中まで入らなかったが。ここは大家さんの部屋だ。私達は瞬間移動と呼ばれる物をしてしまったんだろう。

 でも。それを中々この鈍い頭は理解してくれず、ただただ口を開けっ放しにして魔方陣の上に立っていた。


 「二人とも驚いた?」

 「これは──転移?」


 セドリックが言った。

 

 「そうだよ。僕の居たところでは転送術と呼ばれていた。やっぱり世界線違うみたいだね」

 「……やっぱり私達瞬間移動したんですか」

 「そうなんだよ。これでちょっとは信じてくれた?」


 悪戯っ子のように大家さんは目を細めた。顔立ちが整っているので様になっている。しかし私にはもっと重要な案件があった。


 気持ち悪い。


 「う……は、はい。信じます、信じますからちょっと水をください……」

 「あっ酔っちゃったか、ゴメンゴメン待っててすぐ取ってくるから」

 

 慌てて立ち並ぶ塔をスルスルと避けながら消えていった。やはり家主は慣れている。私だったら確実に倒壊させる。

 

 「あなたは、転移は初めてなのですか」

 「……そりゃまあ。そっちがどうかは知らないけど」

 「あの人はかなり高い身分にあるはずだ。宮廷魔術師か何かですか」

 「は?宮廷?そりゃないでしょ。少なくともこっちでは」

 「何故?転移はかなりの技術が無ければ使えないでしょう。引く手なんていくらでも──」

 「そもそもこの世界に身分制度はないからだよ」

 

 着てる服や最初の態度を見る限りかなり高い地位に居たのだろう。カースト制度が重んじられている世界だったらしい。

 既に異世界も魔法も疑ってはいなかった。

 

 「他の国にあるかもしれないけど少なくとも日本には貴族なんて居ないようなもんだよ。あとその口調普通にしていいよ。私は一般庶民だし。どうせ最初のアレが素なんでしょ」

 

 セドリックは見れば見るほど美しい顔をしている。カラコンを使う友人は居たが天然ものの金の瞳は透き通っていて精巧な飴細工のようだ。白い髪もさらさらしているし、パーツも整っていて。何が言いたいかと言うとそんな奴に畏まられるとこちらの心臓が保たないということだ。だったらあの傲慢不遜な態度の方がマシだ。

 大体そんな旨をかなり適当に説明すると一瞬間を置いて、分かった、とだけ言った。割と序盤から思っていたが彼は切り替えが早い。


 「お待たせ」

 「ありがとうございます」


 コップを受けとると一気に飲み干した。


 「それじゃ、ちょっと床で悪いけど座って?はいこれ下に敷いて」

 

 そう言ってクッションを差し出されたのでそれの上に座る。これは中々良い。セドリックはそんな私を見て同じようにした。


 「とりあえずセドリック君」

 「はい」

 「指出して」

 「は?」

 

 思わず言ってしまったようだ。

 どういうことだろうか。でも何か考えがあるんだろう。訝しげにセドリックは指を人差し指を差し出した。

 すると、大家さんは小ぶりなナイフを取り出した。細かい装飾が綺麗だけど刃が鋭い。ギョッとする私を制して大家さんは続けた。


 「今から君の情報を貰います。君の状況がどういうものかこちらもそこまで把握してるわけじゃないからね。なので君の中に流れている血を少し貰って、そこから記憶を読み取らなくちゃいけない。これは僕たちが君に色々説明するためにも必要なんだ」

 「なんだ……それ先に言ってくださいよ」

 「今言ったじゃない」


 いきなりナイフなんて出されたら驚く。こっちは平和にしか生きてきてない。


 「そういうことなら自分で切ります」

 「いや、これ術者が切ることに意味があるんだ。ちょっと痛いけど我慢してね」

 「それは別に大丈夫ですが」

 

 そうしてナイフを一気に引いた。ぷっくりと紅い玉が浮き上がって来たが、二人とも顔色一つ変えてない。人差し指を軽くなでさすっているのも私だけだ。

 

 「これをこっちに垂らして」

 「はい」


 そういって今度は何か魔方陣が描かれた紙を差し出した。デザインがここに来るとき描いたのと違う。紙は羊皮紙とかそういうんじゃなくていいんだろうか。B5のコピー用紙だけどツッコむべきだろうか

 そう思ってる内にセドリックの紅い血液が、その骨張った指につうと糸を引いて落ちた。

 ゆらり。

 やはり不思議なものはどうやったって不可思議な結果を出すらしい。魔方陣を描かれているとはいえただの紙でも水面のように円が広がっていく。赤色が広がって紙全体が桜色に変わると、大家さんはそれに手を当てた。

 じゅわじゅわと端から溶けていく。そこから煙が広がっていく。いやに甘い香りに包まれて、私は意識を手放した。


因みにまだ性別は勘違いされてます。

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