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プロローグは突然に

 セドリック・ロースヴェルト・レーヴァンは騎士だった。

 周囲からも一目置かれ、剣を持たせれば誰も彼を止められない。鋭い金の瞳と真白の髪を持つ彼が突風の様に戦場を駆け抜ける姿は、白銀の大狼と称された。

 しかし彼にも欠点がある。貴族から騎士になった所以か、地位を重視するきらいがあったのだ。騎士団では庶民出身も大勢居る。彼はそれら全てを見下していた。実力もなく口うるさい汚いネズミ共。実力に関しては庶民でも強い者は大勢居る。ただ彼が強すぎたのだ。そうして周囲を拒み続けた彼はやがて孤立し──大勢からの裏切りに会った。

 降り注ぐ雨が赤色を流していく。貫かれた腹からは血が止まらない。

 

「カス共の癖にっ……」

 

 恨むように吐き捨てると、ゆっくりと立ち上がる。湿った葉がぴしゃりと音を立てた。歪む視界は果たして昼食に盛られた薬のせいか、出血のせいか。両方だろうと考えてふらふらと歩き出す。どうせもう長くはない。せめて場所を変えて眠りたい。すでに泥まみれではあったが、水たまりで窒息死はプライドが許さなかった。

 

しばらく歩いていくと、木があった。ただの木では無い。王都の城よりもあるのではないかというほどの高さと貫禄だった。青々としげる枝葉は背中までそらしてようやく視界にはいる程だし、かさついた木肌はその風格を見せつけた。森林の王者と呼ぶにふさわしい。


(ここならば、きっと寝心地も良いだろう)


セドリック・レーヴァンは、その根に腰掛けて、ゆっくりと目を閉じた。









 「なっ……」


 そこは奇妙な場所だった。白い壁と、やけにつるつるした木の床。そこらかしこに色とりどりの小物が置かれている。セドリックの膝元までもない低い白のテーブルが印象的だった。一体何でできているのだろう。


 「えっ、え、えーっ、とどちら様ですかね」


 ぬっと視界に人が現れた。華奢だが髪が短いので少年だろう。眼鏡をかけた気の抜けるような人物に、セドリックは殴打をかました。


 「ぐっ!」


 腹に騎士のトップの打撃を食らわされ、少年は膝をつく。よく観察すれば黒い髪と黒い目だ。とすればここは東国のどこかということになる。東国についてよくは知らないが、黒目黒髪の民族による閉鎖的な島があると聞いた。


 「おい、答えろ。お前は誰だ。ここはどこだ。何故俺はこんなところに居る」


 強くやり過ぎたか、少年は小さく震えて突っ伏したままだ。だが、ここへ拉致してきたのがこの少年の仕業だとすれば油断はできない。何より彼は庶民のようだし、であるならば遠慮する必要は無い。自分はクレアッド王国直属の騎士であるのだから。


 「黙ってないでさっさと──」

 「うるせえ黙れやこのクソ野郎!!!」


 一瞬だった。

 気付いたら姿を見失っていて、一秒後の浮遊感。そして眼前に床が迫ってくると強烈な衝撃が背中に走った。戦闘に慣れた彼にとって痛み自体は大した物ではない。問題は、理解するまでに十数秒ほどかかった、「投げられた」という事実。しかもこの貧乏そうなチビの眼鏡の異国の庶民だ。訳が分からない。


 「人に名前を尋ねる時はまず自分からって教わらなかった?」


 腕を組みこちらを見下ろす少年の顔には苛立ちが見て取れる。

 不意打ちとはいえ、自分を投げつけるという、騎士としてというよりクレアッド王国内で見たこともない荒技をかけられた。愕然とするあまり、立ち上がるのも忘れて呆然としていた。


 「な、何を」

 「こっちの台詞だわ!どこに潜んでたんだこのコスプレ不審者!」

 「ふ、ふし?!俺はコンラッド王国直属騎士団第一部隊、セドリック・ロースヴェルト・レーヴァンだぞ!」

 「知るか!!」

 「はあ?!!」


 他国との戦争の多く、数々の勝利を収めてきたコンラッド王国の騎士団の情報は、世界中に流れる。その中でもセドリックは国内では気高き英雄、国外でも怖れるべき狼としてかなり名前を知られている。顔の情報は流れていないが、東国にも情報は流れているはずだが。


 「第一なんだよコンなんとか王国だの騎士だの設定細かいし長いわ!!余所でやれ!」

 「お前……コンラッド王国を知らないのか?!」

 「脳内妄想王国なんぞ知らんわ」


 大国の名をここまで言える程には知識が無いらしい。かなりの田舎なら分かるが、よく家具や床を見ると、城の物のようになめらかな床、家具も粗末に見えたが観察すればカーペットの複雑な模様や、天井の見たこともない丸く平たい灯り。室内も寒くも暑くもないかなり快適な温度に保たれている。コンラッドには無い技術があるようだ。

こんな姿だが実はかなり地位のある人間なのかもしれない。


 「先ほどの無礼、大変申し訳ない」

 「お、おう……分かったんだったらいいけど」


 傲慢不遜な態度だった男が突然、左腕で右腕を押さえてスッと傅いた。目の前の少年はただ狼狽えている。

 

 「失礼ながら、ここはどこでしょうか」

 「……君まだそんなこと言うの」


 まずは情報を得ることが先決だ。

 

 「分かったよ、日本の、鏡裏県、狭間市のマンションの三階204号室だ」

 「ニホン……?」

 「分かったなら早く出てけ、何も盗ってないみたいだし今なら不問にするからさっさと──」


 ニホンノ、キョウリケン、ハザマシ。マンション。訳の分からない単語の羅列。この少年は自分を茶化しているのだろうか、いやそうには見えない。だとすればここは一体どこなのだろうか。まるで────



 「小野さんストーップっ」

 「えっ大家さん?!何で?!」


 スタ、スタ、スタ 

 ドアの方から、男が一人入ってきた。あの大木の樹皮の色の髪を持つ穏やかそうな青年だ。


 「やあ、そこの君」

 「何でしょう」


 この少年の知り合いであるならば身分は高いかもしれない。突然の出来事に驚きながらもできるだけ表に出さずに対応する。騎士としての訓練の賜物だ。


「どんな状況か知らないけど、君は死にました」

「……は」


 だが、限度という物が有る。


 「ついでに言うとここは異世界です。君は時空を越えて、ここに転移しちゃいました」

 「……」


 まるで、世界そのものが違う。

 本当にそうだとすれば、非常に突飛な出来事である。

 こんな状況に対応する訓練はセドリックはしたことがない。

 他のものが見れば、白銀の大狼はどこだと目を凝らして探すだろう。それほど間抜けな表情をしていたのが自分でも分かった。


 呆然とする騎士一名、少年一名、柔和な微笑みを讃えている青年一名。

 小さなマンションの一室で、起こってしまった突飛な出来事。

 思考を停止したセドリックに向かって、青年は言った。


 「ようこそ、境のこちら側」


 これが、全ての始まりだった。


 


現代物で、女主人公もので、甘すぎない恋愛のある、ちょっと不思議なものが交わるお話が読みたかったので、いっそ自分で生産しようと思いました。のんびりやっていく予定ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。

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