第七話 刺客
第七話 刺客
≪アリーシャ≫
黒装束の男たちが、天井から次々と飛び降りてくる。
並みの賊ではないことが、一目でわかった。
賊の狙いが私であることは一目瞭然。
(それにしても、一体どこから……)
だが今はそんなことより、ここを潜り抜けるか考えなくては。
護衛たちに黙って部屋を抜け出してきたから、彼らは私の部屋の前で待機しているはずだ。
勘の鋭い護衛頭のダレスが、部屋にいないことに気付くのに、どれほどかかるだろうか?
私は、ヴェリオスをこっそりと盗み見た。
彼は強い。
とはいえ、体はまだ本調子ではないだろうし、しかもこの数相手ではあまりに分が悪いだろう。
(私が何とかしなくては……!)
私は覚悟を決めて、刀を抜き構えた。
賊は二人を取り囲むように動いている。
ならば、せめてヴェリオスの後方にいる敵は私がなんとかしなくては……。
賊はじりじりと距離を詰めて迫ってくるが、彼の言葉とは裏腹に、やはりヴェリオスは強かった。
次々に刃が弾き飛んでいく。
私も必死にそれにならったが、それでも全ては防ぎきれなかった。
(私はヴェリオスのようには……!)
悔しかった。
ヴェリオスは私を庇いながら戦っているというのに、自分が足手まといになっているのは明らかだった。
しかも、敵は次第に包囲の輪を縮めてきている。
私は必死に頭を巡らせた。
この状況を打開する策を何とか考えなければならなかったが、自分目がけて飛んでくる刃を弾くのに精いっぱいだった。
すると、ふと敵の気配が少し変わる。
(……何?)
瞬間、背後でヴェリオスが動きを変えたのが分かった。
そう思ったとき、ヴェリオスは信じられないほどの素早い動きで、一気に車懸りの陣を破った。
賊が首から血を噴き出し、その場に崩れ落ちて行く。
(やった……! やったの……!?)
しかし、その次の瞬間。
腹を切られ、片膝をついた男の一人がこちらを見ているのに気付いた。
(来る……!)
短刀を構えた男は、一気に私めがけて、切りこんできた。
(私はこんなところで死ぬわけにはいかない……!!)
体が勝手に動いていた。
ただ、無我夢中で頭目の喉めがけて刀を突き立てる。
ズブリ……ッ!
刀は喉元に吸い込まれるようにめり込み、瞬間、私の肌という肌が悪寒で総毛立った。
反射的に、力いっぱい刀を引き抜くと、今度は赤い血飛沫が飛び散った。
どろりとした血が自分の刀に、手に、かかる。
鼻をつく血の、生臭い鉄の臭い。
(イヤァァァァァ!!)
その場に崩れ落ちる私を、片膝をつき、ボロボロになったヴェリオスが冷たい目で見ていた。
『一国の跡取りともあろう武人が、たかが一人殺した程度でなんと情けない』
そう言っているようだった。
私はその瞬間、気付いてしまった。
彼に、そんな目で見られたくなかった、失望されたくなかったと自分が思っていることに……。
跡取りに足らぬと他に喧伝される恐れよりも、この人ヴェリオスに失望されたくなかったから。
そう、私は初めて彼を初めて見た時、山賊との美しい剣戟を見た瞬間、この人に魅かれてしまったのだ。
着ているものはボロボロ。
だが、戦っていた姿からは気高さすら感じた。
誰にも頼らず、己が手で孤高の高みを目指すようなオーラが。
それに比べ私はどうだ。
ただ蝶よ、花よと育てられたそこらの姫と、自分は違うと思っていた。
どんなことがあっても挫けずに、頑張ってきた。
(しかし、それでは足りなかった……)
昨日のヴェリオスたちの戦いを見て、そう実感した。
ただ圧倒されるだけだった二人の武人の戦い。
胸に熱い思いが込み上げてくる半面、自分が情けなかった。
この程度の腕前で、賊程度などとうぬぼれていた自分が恥ずかしかった。
だから無理に背伸びをしようと思った。
対等なふりをして彼に会いに来た。
(でも実際はどうなの……?)
人一人、殺しただけで、気が遠くなりそうになり、手足が震えている。
まともに立つこともできない。
刀に賊の血が流れ、伝い、私の手にしみわたる。
その場で刀を放り投げだしたかったが、彼の視線が私にそれを許さなかった。
そんな事をすれば、それこそ、彼は私を一生対等な立場では見てくれないかもしれない。
私は震える手足に力を込め、なんとか気丈なふりを装って、懐から取り出した懐紙で刀を拭った。
(私はガラニア家の跡取りアシュリー。この程度の事を越えれなくて何ができよう!!)
私が父の後を継いで、領土を守るのだ。
民を守るのだ。
父は言っていた。
『民あっての国であり領土。逆はない』と。
私は常日頃から、父のこの言葉が好きで、自らの信念にしていた。
父のように民を守るために、領土を守るのだと頑張ってきた。
その為には立派な後継ぎとなり、家臣の敬意を集め、外から国を護るのだと。
女なのに、男であろうとすることも嫌ではなかった。
それもすべて民のためと思えばこそ。
こんな所で挫けるわけにはいかない。
私は無理に背筋を伸ばして堂々と胸を張る。
そしてヴェリオスの元まで歩き、手を貸そうとした。
彼の目には先程の冷たい光はなかった。
私は初めて人を殺めた事に内心震えながらも、それでもこの瞬間を嬉しく思った。
それでも彼の手に自分の手が触れた瞬間、まるで暖かい羽毛にくるまれたように急激な安堵感が心に広がり、私は意識を失った。