第六話 刺客
第六話 刺客
≪ヴェリオス≫
俺とアシュリーが言葉を交わしていたのは、それほど長い時間ではなかったはずだ。
何かの気配を感じた次の瞬間、天井から幾つもの短剣が、すさまじい速度で落ちてきた。
反射的に、俺は抜き放った太刀で、次々と降り注いでくる短剣を薙ぎ払う。
(何事か――!?)
戸外ならまだしも、ここはガラニア家の邸宅の一室だ。
俺は曲者たちの狙いを瞬時に理解すると、俺はアシュリーを背中にかばうようにして、次の攻撃に備えた。
ガラニア家当代は、もはや病に臥せって病弱の身。
跡取りであるアシュリーが亡くなれば、早晩家中に乱がおこる。
それを望む者の仕業であろう。
そして、世はまさに下の者が上の者を食らう下剋上の時代。
一枚岩に見えるガラニア家であろうと、裏を返せば誰が乱を望んでいてもおかしくはない。
視線を這わせた天井から、間をおかずに黒装束の男たちが一挙に飛び降りてくる。
異常を察知した衛兵が、扉を開けて入ってくるが、次の瞬間には言切れていた。
賊は小太刀を片手に、俺とアシュリーの周りをグルグルとまわりだす。
(車懸りの陣か……!?)
兵を動かす術の一つとして軍学で学びはしたが、まさか暗殺の術として、戦場での戦法を襲撃者如きが使うとは予想外だった。
回転しながら敵の戦力を削っていく戦法だが、この術の恐ろしさは、犠牲を恐れず、回転しながら敵の戦力を削っていくところにある。
敵は圧倒的な戦力差を背景にこちらの体力を奪い、確実にアシュリーを仕留めるつもりなのであろう。
相手は数に物を言わせて、一撃離脱を繰り返す手段に出始めた。
次々に飛び交う刃。
俺はすかさず跳ね返すが、すぐに次の刃がかかってくる。
際限なく続く、刃の攻防。
時間の経過とともに、少しずつ狭まる包囲の輪。
さばききれなかった敵の刃が、次第に体に無数の傷をつけていく。
戦いに全神経を傾けているから痛みは感じないが、服があちこち斬れ、薄い切り傷か赤い血がにじみ出る。
(このままでは、いつかは数に押される……!)
一人ならば、ここで突きを繰り出して突破するのは、容易いだろう。
しかし、そうなるとこの若武者を捨てることになる。
恩を仇で返すのは、俺の信念に反する。
俺がアシュリーに救われたのも何かの縁であろう。
(あの場で尽きていたかもしれぬ命を拾ってくれたアシュリーのために、俺が命を賭して戦うのは定めなのかもしれんな……)
俺は覚悟を決めた。
千突の異名の元となった神速を、四方に向かって突き出した。
唸る風の音。
周囲に舞う敵の血しぶき。
賊の多くが喉元をやられ、血が噴き出しながら崩れていく。
残るはごく僅か。
しかし、車懸りの陣にそれをするということは、背後が完全に無防備になることも意味していた。
ゆっくりと、流れる絵巻物のように様子が見えた。
(この程度の数ならば、道連れにできるか?)
そう思ったのも束の間、傷ついた賊の一人が、アシュリーを目指して瀕死の態ながら切りかかって行くのが見えた。
(しまった……!)
だが、もはや俺の体も限界。
彼も武家の跡取り息子。
それなりの覚悟はあるだろう。
瀕死の敵すら撃退できないのであれば、それは武家の血が流れていなかったというだけにすぎぬ。
俺はそう自分に言い聞かせながら、アシュリーの動きを目で追った。