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第四話 客人

第四話 客人


  ≪ヴェリオス≫


 目を開くと、細かな装飾が施された天井が見えた。

 あまりに見事な装飾なので、それが一瞬天井だと分からなかったほどだ。

 そして、体を包む柔らかな感触。

 一人で寝るには勿体ないほど大きなベッドに、俺は体を横たえていた。


(一体ここはどこだろうか……?)


 自分には全く無縁と思われるような贅沢な部屋は、自分の知る豪農の家と比べても、さらに広い。

 俺はゆっくりと上体を起こした。

 空腹のせいか、傷のせいなのか……、体がだるく、重たい。

 無意識に自分の体を探り、俺はハッとした。

 腰のモノがない。

 慌てて視線を巡らせると、ベッドの脇にあるテーブルの上に、ガラス製の水差しと一緒に、畳まれた服と太刀が置いてあることに気付いた。

 俺は体の不調も忘れてガバッと上掛けをはねのけ、テーブルの上にある太刀に手を伸ばす。

 その重みに安堵しながら、ゆっくりと太刀を鞘から抜いて見ると、あるはずの血痕はなく、それどころか綺麗に研いであった。

 研ぎ師にも様々いるが、ここまで見事な研ぎは、都でもそうお目にかかれない。

 俺は、ますます自分がどこにいるのかわからなくなった。

 すると、部屋にあった唯一の大きな扉が、ゆっくりと開いた。

 俺は思わず、身構える。

 だが、その扉から姿を現したのは、官服に似た服に身を包んだ、年配の小柄な女性だった。

 扉の両側には衛士らしき男がおり、女性が部屋に入ったのを見計らって、ゆっくりとまた扉を閉めた。

 年配の女性――服装からして女官のようだ――は、こちらをまっすぐに見て、静かに口を開いた。

「お目覚めでございますか」

「ああ……」

 俺は太刀を鞘に戻し、彼女に軽くうなずく。

「状況はよく分からぬが、どうやら世話になったようですな。お礼を申し上げる。朽ち果てるとも知れなかった我が身に温情を下さったのは――、こちらはどなたのご邸宅であろうか?」

 すると年配の女官は、少し胸を張って答えた。

「ここは北方領主であるガラニア家のお屋敷でございます」

 俺はその言葉にあっと驚く。

 ガラニア家といえば、北方の眠れる竜と言われる広大な領主の家柄だ。

 帝の名をそのまま冠したエゼリオン国は、エゼリオン帝が統治する一大国家である。

 しかし、その支配はいつしか名ばかりとなり、各地の政治を司っていた官僚が地域に根を下ろし、その地を支配する豪族となって、割拠するようになっていた。

 中央を牛耳るエガリオ家は、力なき朝廷を実質支配下に置き、朝廷の名を語ってその勢力を広げようとしている。

 一方で、地方の豪族たちは戦いの中で淘汰されていき、特に西のアイナス家、東のトマイダ家、南のメネア家、そして北のガラニア家は地方四強と呼ばれ、一大勢力を築いている。

 とはいえ、まだどこも完全に支配が確立したわけではない。

 小さな勢力も未だ健在であり、各地の豪族たちは覇権を求めて争いを続け、国内全土は麻のごとく乱れていた。


(それにしても、まさかガラニア家の屋敷で、世話になろうとは……)


 自ら北方のガラニア家領土を目指していたとはいえ、確かな伝手があったわけではない。

 これは幸運なのだろうか?

 そもそもケルガンとの戦いの後、記憶がない。

 最悪あの場で、別の山賊に身ぐるみはがされていても仕方がない状況であったはずが、どういう経緯でこの場に至ったのか?

 俺の疑問に答えるように、女官は何も訪ねてないのに口を開いた。

「貴方が山賊に襲われているところを、殿下がお見かけになられたのです。力果てた貴方を見過ごすわけにはいかぬと、お屋敷に運ばせました。殿下は慈悲深いお方ですから」


(殿下? ガラニア家の殿下といえば、名は確かアシュリーといったか……)


 ガラニア家は跡取りに恵まれず、ようやく授かった双子の兄妹を、領主は籠の中の鳥のように大事にしていると聞いた。

 普通ならば親馬鹿だといいたくなるところだが、今の世の中、特にガラニア家のような広大な領地を持つ家において、跡取りは重要な意味を持つ。

 跡を継げない姫君はともかく、男児であるアシュリーは領主にとって決して失うことのできない存在であろう。

「アシュリー殿下直々に、私をお救い下さったとは……。しかし、そのような大事な御身で、なぜあのような場所に?」

「殿下は領内のことを思い、よく視察に出られます。それが、たまたま貴方が襲われているところに行き合わせたというだけのこと」

「そうでしたか……。殿下にお会いして、直接お礼申し上げたいが」

 すると、女官はとんでもないというように首を横に振った。

「その様なことはしなくて結構。殿下にとっては瑣末な出来事にすぎません。――それよりも出て行く前に、食事をとっていかれるようにと、殿下から申しつかっております。よろしければ、支度させますが」


(なるほど。食事が終わったら出て行け、ということか)


 女官の態度は実に事務的だった。

 殿下が拾ってきたから無下にはしないが、本心では、身元も分からぬ汚い風体の者には、さっさと出て行ってもらいたいのだろう。


(まあ、拾われただけ、ありがたいというべきなのだろうな……)


「では、御言葉に甘えて」


 俺がそう答えると、女官はさも当然だというようにうなずき、さっさと部屋を出て行った。

 その様子に思わず俺は苦笑する。

 女官の中では、俺は物乞いか何かの類と同じだとでも思っているのだろう。

 俺は畳んであった服を手に取った。

 さらりとした感触。

 痛んだところはどうしようもないが、それでもきれいに洗ってあった。

 服に袖を通し、ざっと着流すと、太刀を手に取り、腰に差す。

 それでようやく、心が落ち着くような感覚が戻った。

 この太刀の重さがないと、何とも心地が悪い。

 名刀『獅子帝』――、これが今の俺の全財産とも、すべてとも言えた。

 かつて、わが祖先が帝より下賜していただいたもので、これだけは、どんなに困窮しようと一族の者は誰も手放さなかった。

 重みが違うともいえる。

 ようやく身支度が整い、一呼吸おいたところに、窓をコンコンと叩く音が聞こえた。

 俺は思わず首をかしげる。

 音のする方へ近寄って見ると、窓の外に一人の若武者が立っていた。


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