第四十四話 終焉
第四十四話 終焉
≪アリーシャ≫
ヴェリオスが使者として旅立ってひと月。
供をした者すら帰ってこず、当初は交渉が難航しているものと思われていた。
しかし、風の噂が事実を伝えてきた。
ガラニア家の使者が、ゾギナス家当主エガリオと刺し違えたと。
一瞬、眩暈がして倒れそうになる。
女官長が慌てて、体を支える。
伝令から話を聞いたモスシカが急いで駆け付ける。
内容は一緒だった。
私はそのまま気を失う。
気が付くと、私は寝所で寝ていた。
目が覚めると、心配そうに私を見つめる女官長がいた。
どこかで、女官長に声を掛けなければと思うのだが、それすらできなかった。
ただ、ヴェリオスのことで心がいっぱいだった。
私はただ考えていた。
彼の事を……。
私は、どこかでこの結末を予期していなかったか。
でも、彼ならば生きて帰ってきてくれると信じていた。
きっといつものように策を巡らし、交渉を成功させると。
彼の最後の笑みに、それを見ていたから。
(でも、それは私の勝手な思い込みだった……)
彼の笑みは死を覚悟した、何の憂いも無い者のみが浮かべることができるものだったのだ。
(私は彼の何を知ったつもりでいたのだろう? 分かっていれば、きちんと理解できていたならば、決して彼を行かせなかったのに……!)
――いえ、違う。
分かっていても、私は民の為に、家の為に彼を行かせただろう。
私はそれを見たくなかっただけ。
自分の汚い部分を知りたくなかっただけ。
(その為に彼を殺してしまった――)
扉を叩く音がした。
「通してもよろしいでしょうか?」
女官長が遠慮がちに私に聞く。
私は小さく頷く。
入ってきたのは護衛頭のダレス。
彼が唯一心を許していた、友。
「アリーシャ様」
ダレスが綺麗な布で包んだ何かを、大事そうに持ってくる。
「……何か」
「ヴェリオスからアリーシャ様に渡すようにと……」
ダレスが包んだ布から取り出したのは黒光りする一振りの太刀。
彼愛用の太刀『獅子帝』。
それを丁寧に机の上に置くダレス。
一礼するとダレスは部屋から出て行った。
御簾越しに、私を哀しげな目で見てから。
私はダレスが出て行くのを確認すると、御簾から出て、太刀を手に取る。
彼の太刀。
彼の魂とも言うべき、一族に受け継がれたもの。
それは形見のつもりだったのか。
鞘から抜くと、その刀身の美しさが彼の魂のように思えた。
太刀を鞘に納めると、私は机に向かった。
「女官長、モスシカを呼びなさい」
「アリーシャ様」
「私はもう大丈夫」
凛とした私にほっとする女官長。
それからの私は精力的に動いた。
ヴェリオスと個人的な繋がりしかなかったトマイダ家と、同盟を締結。
新しい法度による、能力がある者が上に上がれる組織の改編。
兵として自主的にガラニア家に奉仕することによる、農民の地位向上。
短い期間で、ガラニア家は新しい風が吹き、建て直すことに成功した。
ゾギナス家の家臣達は、自ら次期当主になろうと争い合い、内部分裂していると聞く。
エガリオ亡き後、中央に力はなくなり、昔に戻ったというわけだ。
私は名君と陰で囁かれているようだったが、そんなことはどうでも良かった。
やることは全てやった。
私はそう判断すると、ペンを手に取り、書状を書き始める。
家の今後について、様々な事柄の指示を。
最後に、モスシカにガラニア家を一任すると書き添えた。
全てを書き終えると、頬から涙が流れていた。
彼の意志を知っていながら、それに背く罪悪感。
でも、私には彼の消えた世界は辛すぎた。
(ヴェリオス……。ごめんなさい)
私は彼の太刀を手に取る。
今度こそ彼の側に、魂も一緒に居られるようにと願いながら。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
この作品が皆様にとってどの程度だったのか知りたく、評価をしていただけると大変嬉しく思います。
約四か月という短い期間ではありましたが、この作品を読んでくれたこと、感謝しています。
ありがとうございました。