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第四十三話 使者

第四十三話 使者


 ≪ヴェリオス≫


 気が付けば満身創痍。

 目が覚めた場所は、アリーシャが当主になる前に使っていた寝所だった。

 ベッドの四方にはアリーシャを守る筈の護衛達が、俺を護るように立っていた。

 そこで、俺は思い出す。

 国境を越え、北方に戻れた者の数を。

 生き残ったのが俺を含め、ごく少数であった。

 殆どの者は、中央突破の際にゾギナス勢の前に倒れ伏した。

 俺を護るために死んでいった者たちが脳裏に浮かぶ。

 ケルガンの仲間ともいうべき傭兵達。

 彼等もまた、笑顔で死んでいった。

 血路を開いて果てた。

 ケルガンの言うように、俺にそれだけの価値があるのかどうかは分からないが、俺は生き残った。

 ならば、俺はケルガンに託された使命を全うしなければならない。

 それが武人としての義理だと思った。


(テラリオが言うように、俺は所詮、策士になり切れぬ犬であったようだ)


 そう自嘲し、俺は起き上がる。

 体中が悲鳴を上げ、激痛が走った。

 気付いた護衛達が制止するが、俺はそれを無視して姿鏡の前で服を着替え、身だしなみを整えた。

 そして、俺は護衛の肩を借り、アリーシャの元へと向かった。



 謁見の間。

 そこには御簾の向こうに座すアリーシャの他に、重臣を代表して主席家老に復帰したモスシカが難しい顔をして待っていた。

 俺は御簾の前に進むと、一礼して座る。

 モスシカの目が、心なしか憐れむように俺を見ていた。


(信じていた部下に裏切られ、同胞であるケルガンを失ったことに対してか?)


 俺は体中の痛みを無視して、重い口を開く。

「此度の敗戦の責は、私にあります。されど、機会をお与えください」

「貴方に責任が無いとは言いません。しかし、今回の戦は仕方がない部分が多かったことも事実。そう自分を責めなくて良いのです」

 アリーシャの俺を慰める言葉が痛く心に突き刺さる。

 俺はアリーシャの言葉に違うと言いたかった。

 ガラニア家を踏み台にするつもりであったと。

 しかし、考えてみれば、己が一族の悲願の為と言いながら、アリーシャに尽くしてきたことは否めない。

 俺は自分が考えているほど、非情になり切れなかったのか。

 俺は自分が分からなくなってきた。

 それは戦で身体だけではなく、精神も摩耗した証拠かもしれなかった。


(何が軍師であろう……。何がアリーシャに天下をとらせる、だ)


 自嘲気味な笑みを浮かべてしまう。

 そんな俺に、モスシカが言う。

「アシュリー様、情けは無用。この者がガラニア家を破滅に導いたのは事実。無用な情けは為になりませぬぞ」

 モスシカのわざと蔑むような言葉。

 心情的にどう思っていようが、締めるところは絞めるという分けか。

 情に流されぬあたり、流石は場数を踏んだ歴戦の臣とでも言うべきか。

 俺は己が意見を具申する。

 来たる日にゾギナス家が攻めてきた時、ガラニア家を……アリーシャを護るために、全ての民を犠牲にし、その上で焦土作戦を実行することを。

 それは帰還する時に、ゾギナス家に中央を突破して帰還という脅威を与えていればこそ、有効な手段。

 普通の軍勢以上に敵兵はガラニア家を恐れ、萎縮する筈。

 そうなれば、此方は農民兵が主流になっていようが、普段以上の打撃を与えることも可能となる。

 モスシカもそれしかあるまいと重く頷く。

 御簾の向こうからアリーシャの悲しそうな声が聞こえてきた。

「ヴェリオス。貴方は結局、私の事を何一つ理解してくれていなかったのですね。民あっての家、臣が支えてこその家です。私一人が生き残ったところで、その先にガラニア家の未来など、ありません。私はそれを選ぶぐらいならば死を選びます」

「アシュリー様……」

 俺は彼女の最初の言葉を思い出す。


『領地を守るのが私の夢』


 俺は、その言葉の意味を勘違いし続けていなかったか。


(アリーシャは領土を通して、民を守りたいと切に願っていたのではないのか……?)


 民や家臣を守りたいと常に言っていたのは、家を守る上で必要だと言う意味で捉えていた。

 文字通り、彼女は民を、家臣をただ守りたかったのだと、俺は今更になって気付いた。


(ならば俺の今までしてきたことは何だったのか……?)


 それならば、他にも道はあったのではないか。


(そもそも、それに気づいていれば、俺はアリーシャに仕えていなかった)


 それが幸か不幸かわからない。

 俺はアリーシャに想いを抱いてしまったから。

 一族の悲願しか考えることのできない闇のような日常に、光を差してくれたのは彼女の存在。

 あのまま生きていたところで、どこかで朽ち果てていたかもしれない。

 この半年程充実した月日はなかった。

 俺は決意する。

「アシュリー様、ゾギナス家の使者として私を送ってください」

 俺は頭を下げて言う。

 毅然とした俺の態度に、御簾越しにアリーシャの哀しげな雰囲気が伝わる。

 モスシカが何を言うと言わんばかりに睨みつけてくる。

 今の体で使者をするのは、無茶であることは承知の上。

 しかし、俺にはこれしか手が思い浮かばなかった。

 ガラニア家を、アリーシャを救う手段を。

 アリーシャが民を思う気持ちは、永遠に理解できないであろう。

 しかし、俺がアリーシャを思う気持ちと同等であると言うならば、その重さを量り知ることは出来る。

 ガラニア家の民を救うこと。

 それが彼女を救うのであれば、俺は何でもしよう。

 アリーシャはしばらく考え込むと、意を決したように言った。

「……何も言いません。ガラニア家の命運を貴方に一任します」

 俺はその言葉に頷く。

 そして立ち上がるとアリーシャとモスシカに一礼し、謁見の間を出た。

 出入り口を守るダレスが何か言いたそうな顔をしていたが、黙って俺を見送った。



 馬にすら乗れぬ程の重体。

 しかし、使者として赴くのは無理があるのは百も承知で、それでも願い出た。

 アリーシャはそんな俺の為に、自身の輿を貸してくれた。

 鮮やかな細工の施された優雅なそれは、乗るだけで傍にアリーシャがいるように感じた。

 輿を担ぎつつ、護衛として付いて来てくれる者はいつ死んでも悔いはないと言う老いた武人ばかり。

 その数二十。

 だが、覇気はそこらの若者よりも遥かに満ちていた。

 敵地に入る危険を認識し、死すら覚悟しているせいかもしれない。

 彼らに守られつつ二週間の旅を経て、ゾギナス家の当主がいる都に俺は着いた。

 北方に来る前は、何度か訪れたことのある都。

 そこは戦があったにも関わらず、百万の住人がにぎやかに、戦などなかったかのように生活していた。

 懐かしい風景。

 北方に行くまでは、よく来た場所だ。

 帝の居られる御所も近い。

 本来ならば、あの時ゾギナス家を倒し、アリーシャが手中に収めていたはずの地域。

 あの裏切りさえなければ。

 俺は次から次へと湧き上がる悔しさを、無理に抑え込む。

 輿の窓にはついに、目的地ともいうべきものが見え始めていた。

 ゾギナス家のシンボルとも言うべき、巨大な建物。

 都の中心部にそびえ立つ、巨大な城。

 大河のように太い幅の堀が張り巡らされた、難攻不落の建築物。

 ゾギナス家当主エガリオは、これほどのものを、わずか数年で建てた。

 これを作るために幾万の者が酷使され、倒れ伏した。

 俺は改めて、彼の民への酷使を思い知る。

 民は死んだところで、幾らでも湧き出る。

 しかし、それにも限度がある。

 アリーシャと正反対の考えのエガリオ。

 彼は民をただの労働力にしか見ない。

 対して、民を愛するアリーシャ。

 彼女が決してエガリオに降りたくない理由を、目の当たりにした気がした。

 アリーシャに出会わなければ、俺もゾギナス家の当主エガリオの考えを当然のように思い、疑問にすら思わなかっただろう。

 短い期間ではあったが、それだけアリーシャの想いが俺に影響を与えたのだと思うと、何故か心地良く感じた。

 そんな思いを浮かべる中、輿は進み、ついに城門を潜る。

 それを見た城門に控える伝令の一人が、素早く輿の家紋を確認する。(主眼が不明)

 何処の使者か分かると俺が来たことを知らせに城に走った。

 伝令の記憶力もさることながら、あらゆることに人員が割けるゾギナス家の一端を垣間見た気がした。

 城門からも入り口まで続く長い道のり。

 この城の大きさを改めて感じる。

 入り口に着くと、俺を威圧するように、ゾギナス家の武臣が立ち並んで出迎える。

 輿から降りる俺。

 此処は一世一代の見せ場と自分に気合を入れ、痛みを我慢して自然に振る舞う。

 案内の若者が俺を誘導し、広い廊下をひたすら突き進む。

 長い廊下を突き進むとガラニア家の屋敷がすっぽり入りそうな大広間へと案内される。

 そこには、千を越えるゾギナス家の家臣が片膝をついて整列していた。

 それ以外にも、見た事のある顔もあった。

 西方の覇者である筈のアイナス家の主。

 その後ろに控えるのは、ガラニア家への使者にも来た重臣テラリオ

 他にもアリーシャの叔母が嫁ぎ、今回裏切ったケラナイ家当主も居た。

 それはあの戦場での裏切りがただの裏切りではなく、裏ではとうの昔に彼らがゾギナス家に降っていた事実を示していた。

 俺は案内に誘導されるまま、広間の下座に座る。

 結局のところ、ゾギナス家当主エガリオの掌で踊らされていたことを俺は痛感する。

 全ては奴が、エゼリオン全土を手中に収めるための策略だったのだと。

 俺はギリギリと歯を食いしばった。

 エガリオは策謀家として、俺より二枚も三枚も上手だったのだ。

 これが一代で小国だった家を大国まで伸し上げた者との力の差と言うものか。

 俺が悔しさでいっぱいになる中、上座付近に位置する家臣に向かい、伝令が小走りに走り寄る。

 上座の家臣が立ち上がる。

「御当主様の御成り!!」

 広間に響き渡る大声。

 そして、上座にゆるりと歩いてくる人物。

 遠くからもその威圧感が、ヒシヒシと伝わってくる。

 一代でゾギナス家を伸し上げた稀代の英雄とも奸雄とも言われる人物エガリオ。

 上座の椅子に座ると、エガリオは俺に声を掛ける。

「此度は、無論降伏の使者として来たのであろう。大義であった」

 その言葉に、アイナス家とケラナイ家の当主が蔑むような笑みを浮かべて俺を見る。

 どうせ降伏するならば早く来れば良かったものをとその目は語っていた。

 ただし、先の戦であそこまでの意地を見せたからこそ、当主自らの会見となったのも事実。

 そうでなければガラニア家は軽くみられ、重臣の一人が相手をして終わっていただろう。

 顔を上げ、エガリオに向かって腹の底から声を出す。

「使者ではなく、我は当主殿を誘いに来たに過ぎぬ」

 俺の言葉にどよめく広間。

 その言葉はとても降伏の使者には思えなかったからだろう。

 エガリオは興味深げに俺を見入る。

「ほう、誘いとは何か」

「黄泉路へよ。ガラニア家は畏くも帝の血を引く高貴な家柄。貴様如き匹夫に降る用意はない!!」

 俺はそう言うと、立ち上がりざまエガリオ目掛けて駆ける。

 広間は騒然となる。

 慌てふためくゾギナス家の家臣達。

 俺の読みでは、此の男さえ倒せば、ゾギナス家は崩壊する。

 跡取りもおらず、後継者となるべく実力者もいない。

 配下の武将は、互いに競い合うと言えば聞こえは良いが、いがみ合っている。

 エガリオ亡き後はゾギナス家が分解するのは間違いない。

 立ち上がる俺に、エガリオは獰猛な笑みを浮かべる。

「面白い。余、自ら成敗してやろう。……やれ」

 そう言うと、エガリオは家臣達に俺を切り伏せるように手で指図する。

 エガリオの言葉に、我に返るゾギナス家の家臣達。

 手に手に刀を抜き放ち、俺を取り囲んだ。

 俺は魔性の太刀『窮奇伝来』に手を添える。

 息が、血脈が上がっていく。

 それと共に、心の中に激しい憎悪が満ちていく。

 暗い闇の炎が心に灯され、燃え広がる。

 そしてどす黒い思いが心を満たす。

 今はひたすら、目の前の敵を倒せと。

 エガリオは最後の餌だと。

 俺は、闇に呑み込まれる。

 囲んでくる敵を、一気に袈裟切りに斬り裂くと、一度の斬撃で三人の男が倒れ伏し、血が噴き出る。

 家臣達は慄いたが、しかし、それも一瞬だけ。

 狂気にも似た光を目に宿し、すぐに襲い掛かってくる。

 それは、エガリオをそれだけ崇拝しているように見えた。

 エガリオの言葉は絶対であり、神の宣託のように。

 次々と、数にものを言わせて攻めて来るゾギナス家の家臣達。

 かつて戦ったレティウスのように、俺は変化自在に構えを変え、次々に斬り伏せる。

 山のように築かれる死体。

 それでも敵は怯むことがなかった。

 俺はこれでは限がないと、構えを変え、高速の突きを繰り出す。

 残像が残るほど素早く。

 次々と黄泉路へと送られるゾギナス家の家臣達。

 そのどれもが一撃でゾギナス家の家臣の急所を確実に突き、エガリオへの道が開かれる。

 俺の悪鬼羅刹の如き働きに、アイナス家、ケラナイ家の主従は震えあがっていた。

 主を護るために身を挺したテラリオすら、一撃で葬り去る。

 そして遂に俺は、エガリオと対峙した。

「よくぞ此処まで来たな」

 ニヤリと笑うエガリオ。

 その瞬間、床から突きだしてきた幾つもの槍が俺の体を貫く。

 止めの攻撃に膝をつく俺。

 使者の礼服がみるみる赤く染まっていく。

 俺を見下すエガリオの顔が目の前にはあった。


(ここまでか……)


 体中から血が抜けていくのを感じる。

 魔性の太刀により、充実していたはずの力も。

 しかし、悔しさに溢れる中、再び悪魔の誘いのように、どす黒い何かが俺の心に入ってきた。

 その正体が何か分かると、俺は後悔無く心を染めさせる。

 薄れゆく意識の中、俺は太刀の『魔物』に体を明け渡した。




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