第四十二話 敗戦
第四十二話 敗戦
≪アリーシャ≫
大監察イエラルの反乱。
文官と思っていた家臣が、一斉に武装し蜂起。
文官と言えど、乱世の文官。
皆それなりに腕に覚えのある者ばかり。
逸早く、事態の異常に気付いたモスシカが引退していた武臣を集め、当主の館に防衛陣を敷く。
先代の下で幾つもの視線を潜って来ただけのことはあり、彼等は年を感じさせぬ働きをして見せた。
壮絶な争いの果てにイエラルが最後に残した言葉。
「ヴェリオスも存外胆が小さい。所詮はそこいらの家臣と変わりなかったのが誤算よ。俺も夢を託す相手を間違えたわ」
そう言って笑うと、腹を切って果てたという。
それをモスシカは苦く見ていたそうだ。
元々イエラルはモスシカが現役の頃、信頼していた間者の一人。
それを間者頭まで引き上げたのが、モスシカだったからだ。
謁見の間にいる私に報告するモスシカは、一気に年を十は重ねたように疲れていた。
「アシュリー様、私は読み違えておりました。流れ者のヴェリオスとケルガンを信用できずにいましたが、まさか子飼いの者から反旗を翻す者が出るとは……」
疲れ切ったモスシカに私は声を掛ける。
「それは私も同じです。家臣の者が幾らヴェリオスに近くなろうが、旧来の者であれば裏切ることは無いと信じていましたから」
「中央の戦は、我が家の惨敗。それにも関わらず、あの二名は最後まで逃げずに戦い抜いたとか」
「ええ。ヴェリオスはガラニア家の境界線を越え、関所を抜けたと先ほど知らせがありました」
「ケルガンは、やはり……」
「ええ、壮絶な最期を遂げたようです」
「彼等には、詫びても詫びきれませぬな」
「落ち込む暇はありません、モスシカ。ヴェリオスが復帰した時に、彼の動きやすいように準備をしなさい」
「御意」
モスシカの目に微かな光が灯る。
それからのモスシカは、最後の奉公とばかりに身を粉にして動き回った。
引退した家臣全ての現役復帰。
各村全ての男を兵として徴集し、形ばかりのとはいえ、万を数える軍の形成。
女官にも指示を出し、武装させ、屋敷を守る武人に変えさえる。
関所という関所全てに、引退した中でも比較的若い武人を多数配置した。
モスシカは、中央がいつ攻めて来ても良い体制を作っていく。
トマイダ家との連携も忘れず、絶えず伝令を飛ばし、情報の共有に努める。
私が民を巻き込みたくないために始めた戦。
それがいつの間にか、民を巻き込む戦に変貌しつつあった。
私はどこで間違えたのか。
それともヴェリオスを召し抱えた時点で、避けられなかった運命なのか。
(私は単に、家を守りたかった。家を支える民を守りたかっただけ。それが……)
全領民を巻き込む戦に。
悔やんでも悔やみきれない。
あの時にゾギナス家に降伏していれば、民は酷使されていただろうが、少なくとも死ぬことは無かった筈。
そんな後悔が頭によぎる。
しかし、それができないのも事実であった。
私もどう言おうと家の存続も願うあたり、所詮は武家の当主に過ぎなかったと言うことか。
これではヴェリオスの事をとやかく言えない。
せめて、ヴェリオスだけは無事でいてほしい。
私は切に、そう願った。