第四十一話 大戦
第四十一話 大戦
北よりは、ガラニア家。
東からは、トマイダ家。
西は、アイナス家。
その三家が全て、ゾギナス家に一斉に宣戦布告。
各家は最大の兵力を動員。
それでも合計してゾギナス家と同等よりやや上回る程度。
カルディナ暦参百壱拾四年。
遂に中央に対する地方連合との戦の幕が切って落とされた。
≪ヴェリオス≫
俺はケルガンを総大将とするガラニア家の軍師として従軍。
あらゆる策を進言し、ケルガンは採用する。
ケルガンは俺を信頼してか深く聞かず、その全てを採用。
ガラニア勢は破竹の勢いでゾギナス家の領土を浸食していった。
しかし、三方同時に攻めると言う手段でなければ、こうも易々とは行かなかったであろう。
エゼリオン全土における武家の中で、最も多くの兵力を擁するゾギナス家。
それが各方面に兵力を割かざる得ない状況だからこそ、通用していると言える。
戦況は逐次、屋敷に残るアリーシャに報告されている。
残るのは護衛であるダレスを始めとし、文官や先日引退したモスシカのように隠居した者のみ。
ガラニア家、いや、全ての家はこの戦に賭けていると言ってもいい。
それはどの家にも言えることだろう。
追いつめられたゾギナス家は窮余の策として朝廷を使い、会戦で勝敗を決することを勅命で出してきた。
そして、四家全てが中央の決戦場に集った。
各家、それぞれ作戦もなく小高い丘に陣取るがそれも仕方のない事だった。
元々、三家に関しては一斉に攻めると言う以外は約定が無かったためとも言える。
始めこそ全軍緊迫感が漂っていたが、対峙する日数が重なるごとに、軍の空気も弛緩してゆく。
絶えず張りつめた空気だと兵も体が保たないと思ってか、ケルガンはその辺に関しては放っている。
動かぬ状況に陣中で俺とケルガンと今後について話していた。
「このまま行けば、ガラニア家は今までの功績から、最後の分配でゾギナス家領土である中央の半分は手中に収めることができそうですな」
ケルガンに話しかける。
普段と違い、軍師として将に対する言葉使いで。
「違いない。もっと骨のある戦を期待しておったが、存外ゾギナス家もつまらぬな」
髭をしごきながら答えるケルガン。
しかし言葉とは反対に、その鋭い目はまだ油断ができないと語っていた。
「戦が終われば、敵はトマイダ家、アイナス家の両家のみ。アシュリー様の天下も見えてくる」
「アイナス家は分かる。しかし、トマイダ家とはヴェリオス、兄弟仲ではなかったか」
義兄弟の契りは天の神が見届けると信じられている。
その為、誓いを破れば地獄に行くことは間違いなしと言われる。
それだけにやたらと誓いをするものではなく、余程互いを信じられねばしない類のものであった。
しかし、俺にとっては現世こそすべて。
死後の世界や来世などどうでも良かった。
「骨肉を分けた兄弟でも争う時代。義理の兄弟など尚更ではありませぬか」
「天の神が見届けた契りすらも平然と破るつもりか。恐ろしい男よな」
「アシュリー様のためなら、私は何でもする。それが自己の野望のためでもありますからな」
「ふん、青いな。野望なぞ腹も膨れぬものに命を賭すとは」
「そこは個人の勝手と言うものですよ」
「違いない」
苦笑するケルガン。
俺は言葉を続ける。
「三方より攻め入れば、どんなに知略に長けたゾギナス家の当主エガリオでも対応しきれない筈。此方としては、今後の戦に備え、どれだけ領土を確保できるか。それに尽きます」
「過激に攻めて戦果を上げよと言いたいのか」
「御意」
「無理すれば、兵は半分以上死ぬが、それでも良いのか」
俺の意志を探るように鈍く光るケルガンの瞳。
「死んでしまえばまた調達すれば良いだけのこと。新しくガラニア家の領土となる土地から徴兵すればよいでしょう。それに此の戦でゾギナス家が滅びれば、野に降る武人も増えます。それを雇えば歴戦の者が転がり込んでくるようなもの」
「今回はアシュリー様の命に背くと言いたいのだな」
ケルガンの目の光が増す。
「背くも何も、此度は何も指示がないですからな」
「儂に一任するという下知を取ったのはその為か」
「無論」
「主すらも嵌めるか……。面白い、此度の戦、存分に力を揮ってやろう。後で被害の大きさを見て、泣き言をいうでないぞ、ヴェリオス」
俺はニヤリと笑って答える。
「そのような事は百も承知」
ケルガンの周りを守るように固める古株の傭兵達は、俺達の言葉に心底嬉しそうな笑顔をしていた。
そんな時、ゾギナス家の陣営に動きが見えた。
トマイダ家の軍勢に向かって動き出す、ゾギナス家の軍勢。
「やっと動いたか」
ケルガンは不敵に笑うと、古株の傭兵に指示を出す。
「全軍を上げて、ゾギナス勢の脇腹を突け!!」
一斉に各部隊の指揮に戻る古株の傭兵達。
雄叫びと共にガラニア家全軍が一斉に丘を下る。
勢いをつけてゾギナス勢に突撃。
横から突かれたゾギナス勢だが、それは承知の上の様で、軍勢を二手に分け、片方で固い防衛陣を敷く。
これを好機と防戦一方だったトマイダ勢も動き出す。
アイナス家も動き、三方からゾギナス勢を叩くかと思われた時、目を疑うことが起きた。
アイナス勢が進路を緩やかに変えたのだ。
ゾギナス勢の背後を突くと思われたアイナス勢は、トマイダ勢の背後に周る。
そして鬨の声を上げると、突撃していた。
一瞬の出来事に俺は目を疑っていた。
崩壊するトマイダ勢。
ガラニア勢の右翼を守るケラナイ家の軍勢も転進させ、ガラニア家本陣を攻撃し始めた。
ケラナイ家、アリーシャの叔母が多大な影響力を持つ家。
先日、ガラニア家に降った家。
俺はこの時気付いた。
ケラナイ家が降った意味を。
この時のための布石だったか。
何かあるとは思っていたが、それを見抜けなかった自分に悔しさが込み上げる。
その時、北方より伝令が入る。
『イエラル、反旗を翻し、当主の館に攻め上る。至急軍を引き返されたし』と。
イエラルまでが……。
俺は呆然とする。
戦場に来る前のやり取りが頭に浮かぶ。
『ヴェリオス様、ガラニア家簒奪の時期を教えていただきたい。さすれば多少なれど、このイエラル、家中に楔を打っておきます』
『戯言を。我がアシュリー様を裏切ることは今生来世にあろうとあり得ぬ』
『……ですか』
その時の失望に似たイエラルの表情。
その意味することを遅まきながら理解した。
彼等は俺に夢を託していたのだ。
下の者が上に這い登る夢を。
全てが誤算だらけだった。
軍師と言いながら俺は何をしていたのだろう。
「後悔するなら後ですることだ、若造」
ケルガンの叱咤。
我に返ると、ケルガンは古参の傭兵を集めていた。
苦い顔をしながら、次々に指示を出していくケルガン。
「千突の、何か言いたいことはあるか」
最後の助言を聞きたいと言わんばかりに、ケルガンが俺に尋ねる。
俺は冷静になった頭を回転させる。
そして、惨い手を思いつく。
「こうなれば、アイナス勢とゾギナス勢に挟まれ、押しつぶされるは必定。なれば……」
「なれば、どうする」
「ゾギナス勢の中央を突破し、帰還する」
「……正気か、千突」
猛牛の異名を持つケルガンが髭をしごく手を止め、眉を顰める。
「正気だ。これ以上ないぐらいにな。この戦、我らの負け戦よ。ならば敵に強烈な印象を残し、事後の外交の布石にするしかあるまい。どう転んでも壊滅は免れぬ。ならばできる限りこの戦を利用し、我らの脅威を覚えさる。それで北方に攻め入ることの困難さを知らしめるしかあるまい」
俺は苦い声で言う。
「よかろう。……千突、ガラニア家に来て楽しかったぞ。あの世で先に待っておる」
ケルガンは晴れ晴れした顔で言うと、残っていた古参の傭兵に命令する。
「お前らは、死を賭して千突を守れ。ガラニア家に千突なくば未来はない。良いな!!」
「将軍!!」
古参の傭兵達が叫ぶ。
しかし、ケルガンは気にせず、兜をかぶり武装を整える。
「ではさらばだ、千突」
言うや、ケルガンは颯爽と馬上の人となり、馬を疾駆させガラニア勢に合流していった。
こうして、『クサンティスの戦い』はゾギナス家の圧勝で幕を閉じた。