第三話 千突のヴェリオス
第三話 千突のヴェリオス
ヴェリオスの、流れるような居合い切り。
それをケルガンは、外見にそぐわない滑らかな動きでかわしたが、ヴェリオスは抜き放った太刀で一気に攻め立てた。
太刀が幾千にも見えるほどの、神速。
かつて、そんなヴェリオスの太刀筋を見た者たちが、彼に“千突のヴェリオス”という二つ名をつけたのだった。
それほどまでに、ヴェリオスの突きは速い。
ケルガンはそれでも、ヴェリオスの突きを必死に防いでいた。
誰も口を開く者はおらず、静かな森林の中に剣戟の音が響き渡る。
いつしかヴェリオスは、その表情に笑みを浮かべていた。
この戦いが楽しくてたまらないといったように。
≪アリーシャ≫
山賊が争っていると聞いて息巻いてきたはずだったのに、私は思わずその光景に見惚れた。
一人は、武人風の男。
もう一人は白髪に白ヒゲを蓄えた初老の男。
山賊同士で争っているのか、どちらかが襲われているのかすら、分からない。
ただ、二人の交わす刃は光のようにきらめき、目で追うことが難しいほどだったが、この状況を忘れるほどに美しかった。
戦っている二人にしても、そう。
無駄な動きがなく、まるで優雅に舞っているかのようだった。
(私の武芸とはまるでレベルが違う……!)
しかも、演技などではなく、互いに真剣に打ち合っているのだ。
それなのに、遠目からその表情までははっきりとわかりにくかったが、二人は嬉しそうに笑っているようにさえ見えた。
(何故……?)
ひとつでも受け損じれば致命傷になるほどの攻撃。
最初はどちらが山賊かすら分からなかったが、武人風の男の攻撃を見ていて思い出したことがあった。
護衛の者達が噂しているのを聞いたことがある。
太刀が幾千にも見えるほどの神速で突くことのできる、“千突”の二つ名を持つ男。
(ならば、もう一人が山賊……)
このままこんな攻防を続けるのなら、先に力尽きた方が負ける。
そうすれば、他の山賊たちは倒れた武人風の男を襲うのに違いない。
どれほどの時間が過ぎただろう?
私も護衛の男たちも、いつの間にかその戦いに見入っていた。
彼らを取り囲む山賊たちと同じように。
いつしか互いの額に、汗が流れるようになっていた。
一瞬、彼の汗が目に入ったのであろう。
武人風の男は片目をつむったその瞬間、山賊の男が巻き返しとばかりに、反撃に出た。
(ああ……!!)
山賊の男は上段に、八相に、脇にと構えを変え、変幻自在に武人風の男を攻めていく。
そのあまりの速さに、今度は武人の男の方が防戦になる一方だった。
だが、巧みにその攻撃をかわしている。
(まだ、反撃の機会はある……!)
いつの間にかそんな風に武人風の男を応援していた。
だが、私のそんな想いとは裏腹に、武人風の男は突如片膝をついた。
(どうしたというの……!?)
思わず声に出しそうになって、慌てて口元を押さえる。
膝への攻撃は入っていないはず。
山賊の男は思わず攻撃の手を止めて、彼を見つめていた。
武人風の男は苦い笑みを浮かべているのが分かる。
(古傷か何かを抱えているのかもしれない)
武人風の男は覚悟を決めたように、山賊の男を見上げていた。
それでも、命乞いをするわけでも、降参する様子もない。
(相討ち狙い……)
そうだ。
彼ほどの男が、ただで死ぬつもりであるはずはなく、山賊の男が攻撃してきたところを、命を賭して彼の致命傷を狙うつもりなのだ。
私は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
これほどの剣戟を見た後で、あの武人風の男にこのまま死んで欲しくない。
山賊の男をじっと見つめながらも、腰の小太刀に手が伸びる。
背後にいた護衛の男たちの間にも緊張が走るのが分かった。
しかし、山賊の男は思いがけない行動に出た。
突然、両手を挙げたのだ。
「死を覚悟した者と戦うほど、覚悟はできてねぇ。この戦い、引き分けでどうだ?」
ふっと空気が緩む。
「……異存はない」
男の低い声が、聞こえた。
「千突のヴェリオス。今度会う時も、楽しみにしてるぜ」
(千突の……、ヴェリオス……)
わたしは武人風の男の名に得心がいった。
それは、こんな最果ての地方にも聞こえてくるほどの武人だったからだ。
嬉しそうな山賊の男に比べ、ヴェリオスは素気ない。
「できればお前のような男には、二度と会いたくない」
山賊の男は大声で笑うと、周囲の者たちを引き連れ、木々の間の道なき道へと消えて行った。
一方で、張り詰めていた緊張感が緩んだのか、ヴェリオスはその場に崩れ落ちるように倒れ伏した。
私はただ夢中で駆けて、ヴェリオスの元に向かった。