第三十八話 忸怩たる想い
第三十八話 忸怩たる想い
≪アリーシャ≫
私がケラナイ家の降伏を受け入れている時、ヴェリオスは大きく動いていた。
しばらく所用でガラニア家を離れたいと聞いた時は、引き止めたいと思った。
またどんな無茶をするか分からなかったから。
きっと、私がケラナイ家を受け入れた事と関係していると思っていたが、まさか此処まで大きなことになるなんて。
それが私の正直な思いだった。
ヴェリオスは東方の大家と個人的な盟約を結んで帰ってきた。
多分、このままケラナイ家を受け入れると、ゾギナス家と隣り合わせになり、攻められると踏んだのだろう。
それにしても思い切った手段をと私は思う。
これで、ゾギナス家も当分は東方、北方に手は出せ無い筈。
ガラニア家とトマイダ家は今まで交流もなく、当主同士の会談をした所で同盟が結べるかは怪しい。
両家の家臣にも矜持があり、独力で解決できないからと他家の力を頼りに手を結ぶのは良しとしない派閥があるからだ。
しかし、個人の結びつき迄はとやかく言えない。
ヴェリオスは、其処を上手くついたとも言える。
私が何か失敗しても、ヴェリオスは何も言わずに包み込むように助けてくれる。
私は当主としての矜持で己を律し、支えているがつい頼りそうになってしまう。
叔母は、ヴェリオスに大いに興味を持って帰っていった。
きっと、そのうち彼に接触して来るだろう。
それ程、家中ではヴェリオスの株は上がりつつあった。
家臣の中には娘を是非と薦める者もいたが、頑なにヴェリオスは断っていると聞く。
それは私の為だと信じたい。
もう一度でいい、二人きりになり、彼の胸中を聞きたいと思った。
でも、今の私はガラニア家の当主。
家臣の一人に、気を奪われるわけにはいかない。
私は、茶を口に含むと、その香りを楽しむ。
そして、この恋心も楽しむ程度に抑えるべきだと、己に言い聞かせた。
それができる程度まで私も成長したのか、心を押し殺す術を覚えたのか。
私はアシュリー。
ガラニア・アシュリー。
只の女であって良い筈もない、大勢の家臣領民を守る一家の当主。
なれば、それ相応の気構えも養わなければならない。