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第三十七話 東方の獅子

第三十七話 東方の獅子


 ≪ヴェリオス≫


 質素で、必要な物以外何もない。

 生活感の欠片も無い部屋が、俺の自室であった。

 所詮ガラニア家は、朝廷へ帰る間の仮の宿に過ぎない。

 その思いが強いからか、元から物に固執しない性格のせいか。

 そんな下らないことを思いながら、俺は旅支度をしていた。

 そんな時だった。

 ダレスが来たのは。

 俺の様子を見て、ダレスは言う。

「まさか、ここまでガラニア家を引っ掻き回して、今さら出奔する……なんてことはねーだろうな?」

「それこそ、まさかだ。少し思いついたことがあってな。しばらく家を離れる。既にアシュリー様の裁可も頂いている」

「それはまつりごとに関係することか?」

「そうとも言えるし、私事ともいえる」

 ダレスは顎に手を当てて悩むしぐさをした。

「なに、そう大したことじゃない」

「お前さんの言葉は大概宛にならねーからな」

 苦笑するダレス。

 俺はダレスの言葉に、苦笑いする。

「違いない」

 腰に太刀『窮奇伝来』を据える。

 続けて太刀『獅子帝』。

 二つの太刀が腰にズシリと重い。

 細い鎖を中に縫い込んだ外衣を羽織る。

 その入念な支度の様子に、ダレスは眉をひそめた。

「何処に行く気だ? ヴェリオス」

「トマイダ家」

 俺は短く答える。

 トマイダは、東方の名家。

 そして、ゾギナス家が攻めるのに二の足を踏む程の力を持つ大家でもあった。



 一週間の旅の末、トマイダ領に足を踏み入れると、そこは人々の熱気に満ちていた。

 入国する者も多く、活気に溢れる。

 それは、当主の人気と明日より開催される武術大会のせいでもあった。

 腕に覚えのある者はこの大会を足掛かりに、トマイダ家への仕官か、全国に名を響かせることを欲している。

 なればこそ、四方に仕官を求める者が集まる。

 俺もトマイダ領の都に入ると、早速当主の館に足を運んだ。

 毎年、この時期になると、領主主催で開催されているのは武芸者間では有名な話で、多分、手続きはここで済ませればよいのだろうと思っていたからだ。

 案の定、長い行列ができており、中には見知った顔も幾人かいたが、こちらに気付く様子はない。

 なにせ、中央に居た頃は、髭を伸ばし、髪型も違っていたからだ。

 その様子に内心可笑しく思いながら時間は過ぎる。

 受付が済むまで一刻はかかった。

 受付の男に渡された紙に、ペンで必要事項を書いた上、サインを入れる。

 そのままの名だと、無駄な警戒心を招きかねないので偽名を使った。

 『シュライデン』

 俺は祖父の名を使うことにした。

 俺に剣術と学問の基礎を教えた師であり、立派な人物。

 青い時代の俺の目標でもあった。



 次の日、大会は熱気に包まれ始まった。

 槍を使う者、薙刀を使う者、刀を使う者、短刀を使う者、異国の武器を使う者、無手の者、千差万別であった。

 白い垂れ幕に四方を包まれた庭園。

 その正面には臨時で造られた立派な客席があり、中央の格子の向こうにはトマイダ家当主がいると思われる。

 皆、領主の前で腕を見せることができるとあって、熱くなっていた。

 俺は試合が始まると、次々と相手を倒してゆき、決勝まで行くと、周りの者がどよめいていた。

『あの無名の男は誰だ、と』

 推測するに、一部祖父を知る武人は、とうに祖父が亡くなっている事、年齢がかみ合わないことから首を傾げていることだろう。

 そして決勝の相手をも軽々と倒し、トマイダ家領主から直々に言葉を頂く段になり、俺は本来の目的を遂げるかどうかの賭けに出ることにした。

 この為に、俺はこんな大会に出たのだ。

 参加した武人達が垂れ幕を取り払われた、広い庭に片膝をついて並ぶ。

 その中央を俺は進み、領主がいると思われる格子に遮られた建物に向かう。

 羨望の眼差しが俺の背中に集中する。

 俺が格子の前に着くと、格子前の左右に控えた立派な衣装に身を包んだ家臣と思しき者が、俺を祝う。

 続いて欲しい褒美を訪ねた。

 俺はこれを待っていた。

「トマイダ家の当主と義兄弟の契りを結ぶが我が夢。どうか願いを聞き取って頂きたく、思い候」

 その言葉の意味が理解しきれない様子のトマイダ家の家臣達。

 下座に控える武人達は驚きのあまり、声も出ない。

 それはそうだろう、今まで名刀を欲した者、家臣になることを望んだものはいても、こんな大それたことを願う者はいなかった筈だ。

 ようやく俺の言葉を理解したらしいトマイダ家の家臣達は怒り心頭の様子。

 家臣らが腰に差した刀に手を掛けようとした時、格子の中から異変が起きる。

 最初は小さな、しかし徐々に大きくなる笑い声。

 その声はまだ若く、少年のもののようだった。

「兄弟子は、相変わらずだな。破天荒がすぎますよ」

 そう言って、格子が横滑りに開かれる。

 そこに居たのは、礼装に身を包んだ少年。

 いや、俺の知っている彼の年齢は既に、青年であるはずだ。

 当時、祖父の門下であった彼とは、共に剣術を学んだ。

 その頃からエティーニは、天才の名を欲しいままにしていた。

 トマイダ家の当主があまりに若いためだろう、驚く武人達のどよめきが耳に入る。

 家臣は額に手をやり、やってしまったかと言う顔をしていた。

 あまりに彼が若く見えることで、家臣達は周囲に侮られることを嫌っていたのだろう。

 そんなことに頓着する様子もなく、エティーニはズカズカと前へ進み出てきた。

「シュライデン師の名前が名簿にあった時は驚きましたよ」

「エティーニ、お前がトマイダ家の当主だったとはな」

 俺は苦笑して言う。

「すみません、それ偽名なんですよ。本当の名はセリウス。トマイダ・セリウスが本名です」

 にこっと笑って言うセリウス。

「僕と義兄弟になりたいなんて、今更ですよ。兄弟弟子なんて、それと似たようなものじゃないですか」

「俺はトマイダ家の当主と義兄弟になるためにここへ来た。エティーニと契りを結びに来たわけではないのでな」

 しばらく考え込むセリウス。

 答えに行きついたのか、思考を停止して、俺の目を見ると言った。

「なるほど。そういうことですか」

 セリウスの笑みにトマイダ家当主としての重みが加わる。

「そういうことだ」

 俺はガラニア家周辺の諸国を威圧するのに、もうひと押し何か必要だと感じた。

 それは東方一の大家と縁を結び、更に圧迫すること。

 将来中央と戦う折に布石となれば尚良く、俺にも利することが前提。

 ただの同盟であれば、いつ切られるか分からないが、兄弟の契りは死後まで付いてくる。

 この時代の義兄弟は魂の結びつきを意味し、本当の兄弟よりも結びつきが固い。

 それだけの想いがあればこその義兄弟の契りでもあった。

 トマイダ家の当主と義兄弟になれば、家内だけではなく、周辺国へも俺の威圧が効く。

 ガラニア家に仕える俺が力を増すことは、ガラニア家の力が増すも同じ。

 それは、アシュリーの力になることを意味していた。

 俺がトマイダ家の当主と強い絆を結べば、トマイダ家とガラニア家に挟まれた各諸国は、圧倒的な軍事力の前に、これで事態を諦め降伏の勧告に従うことは間違いなかった。

 それが間者頭イエラルの情報を元に、俺の分析した結果だ。

 そして、旅の途中に感じた周辺国の空気は、それを裏打ちしていた。

「兄弟子は、剣術一本の方かと思っていましたが……、中々どうして。策士ですね」

「なに、家の後継者として生まれた者には敵わぬ」

 後継者に生まれた者は、幼い頃から謀略策謀など、日常の出来事として暮らしている。

 そういった者たちに比べれば、俺は努力して知恵を得たにすぎない。

「トマイダ家当主と兄弟になりたいのであれば、そう安くはありませんよ」

「そうであろうよ」

 セリウスは左右の家臣に言う。

「『鳳凰丸』と『鳳雛丸』を持ってきて」

「御意」

 即座に小走りで去る家臣。

 そして再び現れると、一振りの刀を仰々しくセリウスに捧げる。

 それは朱色の鞘に収まった、一対の大太刀と小太刀。

 トマイダ家に伝わる宝刀と聞いたことがある。

 セリウスは両刀を腰に差すと、格子の部屋から出て来て、先ほどまで武術大会が繰り広げられていた広場に歩み出る。

「同じ剣客として、ヴェリオス殿に試合を申し込みたい。よろしいか」

 口調を改め、俺に向かって言うセリウス。

『千突のヴェリオスだと!?』

 その言葉に、どよめく周囲。

 この名も今や一武術家と言うよりも、ガラニア家の側近としての名の方が比重としては重いであろう。

 だが、武術家にとっては未だに千突の名は別格であったのか。

 それは俺を見つめる数々の視線で分かる。

「よかろう。セリウス殿の申し出とあれば、是非も無し」

 俺も広場に足を向ける。

 いつの間にか、四方には武術家の垣根ができており、いつ始まるのか固唾を呑んで見守っていた。

 向かい合うと、腰に差した両刀を抜き、逆二刀に構えるセリウス。

 それは利き腕で小太刀を扱い、常に相手を攻める。

 左手で大太刀を扱うが、これが難しい。

 正二刀と違い、並みの努力では扱えぬ逆二刀。

 それを承知で俺に立ち向かうとは、余程の手練を積んでいるに違いない。


(どうやら、俺が知っている頃のセリウスよりも、一段も二段も技量が上がっているようだ)


 俺も腰を落として、太刀『獅子帝』に手を添える。

 緊迫した空気が辺りを支配する。

 一片の花びらが舞い落ちてきた時、俺は動いた。

 一気に縮地を使い、攻め入る。

 両刀を交差させて、俺の居合斬りを防ぐセリウス。

 大太刀で防いだまま、瞬時に小太刀で手首に攻撃に来る。

 俺は距離を取るため、一度大きくその場を離れる。

 だが、距離を離さず攻めて来くるセリウスは、攻撃する手を休めない。

 大太刀を上段に振りかぶり、頭上を狙いながら、小太刀で手首を狙ってくる。

 俺はほんの僅かの差を狙い、大太刀を打ち上げて、小太刀を打ち払った。

 だが、セリウスは逆にそれを利用し、小太刀で俺の太刀を抑え、再び上段から頭上を狙ってくる。

 体で躱すが、頭上は囮で、セリウスの大太刀の軌道は、そのまま胴に向かい変則した。

 小太刀を力いっぱい払いのけ、即座に大太刀を止める。

 俺が胴を狙えばセリウスは小太刀で防ぎ、再び上段からの大太刀で振り下ろしてくる。

 セリウスの操る大太刀、子太刀は変化自在に動き回った。

 徐々に押され、俺はいつの間にか防戦一方になっていた。

「兄弟子、千突の名が泣きますよ」

 微笑ながら言うセリウス。

「ふん。まだまだ序の口。これからよ」

 俺は再びセリウスとの間合いを大きくとると、突きの姿勢を取った。

 そして、縮地を使い、再びセリウスに懐に入り、高速の突きを繰り出す。

 今度は、セリウスが防戦一方になる。

 息もつかせぬ攻防に、周りは食い入るように注目し、一切の物音をさせず、静まりかえる。

 俺とセリウスは、徐々に互いの目が険しく変化してくる。

 試合から死合いに変わろうとした時、水が入った。

 突然、バッと場に入り、俺とセリウスの間に入ると、両手を大きく広げる壮年の武人。

 割って入ったとたんに、気迫を込めた怒鳴り声。

「この勝負此処まで。両者、刀を納められよ!!」

 白地に青と金の刺繍の入った服を着た武人は、そう言うと俺とセリウスを眼光鋭く睨みつける。

「グリギア、良い所で止めないでほしいな」

 不機嫌なセリウスに、グリギアと言う武人は、冷たく言い放つ。

「これは既に試合ではありませぬ。もはや死合いの領域ですぞ。殿は我ら武人をすべる立場。死合いするような軽き立場では無いはず」

「うるさいなぁ。分かったよ」

 うんざり顔でセリウスが両刀を鞘に納めるのを見て、俺も太刀を鞘に納めた。

「兄弟子は、相変わらず良い腕をしてますね」

「俺の腕は止まったままだが、お前は随分と上達したようだな」

 俺の言葉に照れるセリウス。

「グリギア、杯を持って来て」

「御意」

 グリギアは、側の家臣に杯を取りに行かせる。

 銀に金縁の杯台にガラスの杯を載せて、セリウスの家臣が運んでくる。

 杯に葡萄酒が注がれ、俺とセリウスに手渡される。

「今日この日より、ヴェリオスを兄と仰ぎ、兄弟の契りを結ばん。我セリウスは兄を支え、兄の為に生き、兄が苦難の時は兄の苦難を救わんとする」

 セリウスが厳かに言い、一気に飲み干す。

 それに応えるように、俺も杯を高々と捧げて言う。

「我ヴェリオスは、セリウスを弟とし、いついかなる時も彼を助けることを誓う」

 言うとセリウスのように、一気に杯を飲み干す。

 周囲から歓声が上がる。

 俺とセリウスとの義兄弟の契りにより、東方最大のトマイダ家の領主とガラニア家の家臣に強い結びつきが生まれ、それは事実上の同盟関係――それ以上のものとも呼べるものになった。

 この噂は、一日千里を走る勢いで広まるだろう。


(噂、力、関係全てを利用してやる。そして、中央のゾギナス家を始めとし、諸国を切り取る……。後に、兄弟の関係を解消し、トマイダ家も組み敷いてやるのだ)


 その頃に例え後ろ指を指されたとしても、もはや痛くも痒くもない。

 汚名を着るのは俺のみで、アリーシャに害は及ばない。

 俺はそんな算段を胸の内に秘め、笑みを浮かべていた。




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