第三十五話 地固め
第三十五話 地固め
≪ヴェリオス≫
ガラニア家の足元を揺さぶる三家を滅ぼし、俺はアシュリーの名で一気に攻勢に出る。
北方に割拠する小国の支配。
各家には、高圧的な手紙を持たせた使者を送った。
どれも一切の妥協を許さず、属国となるか、滅びるかを迫る内容。
三家を滅亡に追いやった手口は、遠く東国まで噂になっていると間者は報告していた。
徹底した殲滅、家も存続すら許さぬ過酷な弾圧。
その噂が欲しくて、三家には殊更強く行動に出たのだ。
俺は側近の控え部屋に、間者頭イエラルを呼ぶ。
「各家の動向はどうなっておる?」
イエラルは頭を下げたまま、俺の問いに答える。
「フロエイナ家は当家を恐れ、当主以下、家臣も降伏に前向きです。アクリ家は、当主自身は降りたいようですが、こちらは家臣が異を唱えております。ただ、それも我が家の風聞が詳細に伝わるほどに、徐々に低下しておりますので、時間の問題かと。頑強に抵抗しているアダストリ家ですが、そうなれば四方を囲まれ、ガラニア家に降らざる得ない状況になると思われます」
「靡かざる得ないのは、小国故の悲しさよな……」
俺の呟きに、イエラルが頷く。
「引き続き北方各国を見張れ。それと、そろそろ手足となる人材が欲しい。これという人物がおれば、推挙するなり引き抜け」
「ハッ」
「各家が降れば、滅ぼした三家も含め、ガラニア家の領土は一気に広がる。そうなれば、今までの人材では家が機能しなくなる。有能な官僚がいるのだ。有能な人材は幾らいても、多すぎるということは無い。少々癖があろうと構わぬ」
「犯罪歴があろうとも、でしょうか?」
「構わぬ」
俺はキッパリと言う。
そんな事に構っていては、急速に拡大する組織の穴埋めなどできぬからだ。
此方の枠に入れてしまえば、後は法で縛れば良いだけのこと。
それすらも守れぬ者は必要ない。
処断すれば、済む話だ。
俺は軽く世間話をするように口に出す。
「イエラル、お前をアシュリー様に願い、大監察に抜擢した。今後も励め」
大監察とは、家臣の監視を主な任務とし、その権限があれば、重臣すらも罰することができる。
公私ともに無私な者しか出来ぬ、大役とも言えた。
あまりの事に、普段、無表情のイエラルが目を見開いて驚く。
それは下級層出身のイエラルには、本来有り得ないものだったからだ。
「私めを、大監察にですか……!」
「この意味、言わずともわかるであろう?」
イエラルは瞬間、ハッとして、すぐに表情を消した。
イエラルを大監察に抜擢する意味。
それは、俺に刃向うものは容赦なく罰し、葬ること。
間者頭も兼任すれば、家臣の埃など、幾らでも見つかる。
脛に傷がない者などこの世にはいないからだ。
「この御恩に報いるため、終生ヴェリオス様に逆らわぬことを、此処に誓いまする」
さらに頭を低くして、神妙に述べるイエラル。
「勘違いするな。最終的に決断されたのはアシュリー様。我はそなたを推挙したにすぎぬ」
俺はニヤリと笑って答える。
「それを踏まえた上での発言でございます」
こうしてまた一つ、俺の足元は固くなった。