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第三十三話 重ならぬ想い

第三十三話 重ならぬ想い


 ガラニア家より独立していたエガンドリ、イリオン、ラケアの三家は、瞬く間に滅びた。

 正確には、中央で名を馳せた猛牛の異名をとるケルガンの指揮の下、滅ぼされたのだが。

 全滅も辞さず果敢に攻める。

 ガラニア家の軍勢が慈悲もなく制圧する様に、北方全土は震えあがった。

 その影に、武人として有名な千突のヴェリオスが軍師として策を弄し、多大な影響を与えたことも、驚きと共に彼の名を別の意味で広めることとなった。

 武人をやめ、側近として新しい主君に仕えたはずのヴェリオス。

 本来であれば、側近は主君の意向を家臣に伝えるという立場であるのにも関わらず、彼はそれを利用し、主君アシュリーの名の元、ガラニア家の改革を主導したといわれている。

 三家を滅ぼした戦争もまた、同じ。

 好悪は別として、彼は既にアシュリーの懐刀として周囲に認められつつあった。

 眠れる大地であった北方は、ガラニア家を中心として、再び動き始めたのだった。


  ≪ヴェリオス≫


 三家を滅ぼした俺とケルガンは、軍勢を率い帰国。

 真冬の凱旋にも関わらず、街中の住民が諸手を挙げて、熱狂的に出迎えていた。

 その様に、武臣以下兵達も誇らしげに歩く。

 ケルガンはさも当然と言わんばかりであった。

 そのまま俺達は大広間に向かう。

 文武百官が揃う中、御簾の中に控えるアリーシャに戦勝報告をしに。

 あまりの制圧の早さに、家臣たちは、揃って顔をこわばらせながら、その報告を聞いていた。

 アリーシャもただ頷くだけだった。

 全ての報告を終えると、俺は軍師の任を解かれ、側近に戻される。

 引き続き、軍師として軍に影響を与える立場は好ましくないと、アリーシャが判断したためだろう。

 それは適切な判断とも言えた。

 影響力の大きすぎる者は、その分妬まれる。

 事が終われば用済みと言わんばかりの解任は、ある程度周囲の溜飲を下げる。

 俺が大広間から帰ろうとすると、女官長から謁見の間に来るようにと伝言があった。

 それはアリーシャが二人だけで会いたいと希望していることを意味していた。



 謁見の間の前には、ダレスが部下の護衛と共に部屋を守っていた。

 ダレスは俺の顔を見て、安堵の表情を浮かべていた。

 俺は彼に軽い笑みで応え、謁見の間の扉に手をかけた。

 俺が中に入ると、固い顔をした女官長は御簾の中のアリーシャに一礼し、部屋を出て行った。

 女官長が出て行くと、そこに静かな空気が流れる。

 アリーシャは御簾越しに静かに声を掛けてきた。

「先ずは、この度の戦、ご苦労様でした。疲れたでしょう?」

「いえ、その様なことは」

 俺は答える。

 実際に動いていたのは、兵であり、それを指揮するケルガン。

 俺は助言をし、少しばかり動いたに過ぎない。

「私は貴方にお願いしました。最小限の被害で事を治める様に、と。それはできなかったのですか?」

 低く、怒りすら感じる声。

「アリーシャ様の命は、兵の命を無駄にせぬ事であったはず。最小限の被害に抑えたつもりですが?」

 俺はわざと内心首をかしげるような仕草で答える。

 俺の推測が正しければ、怒りの大本は制圧のやり方であろう。

「貴方とケルガンの戦の仕方は間違ってはいないとは思います。敵の戦意を落とし、戦う前から降伏を促す苛烈な戦。一度刃向った者は、どんな使者が来ようと全滅する意志の強さ。それがあるからこそ、あの早さで制圧できたことも認めます」

 そこで一度息を切り、次に激しく叫ぶアリーシャ。

「でも、農民兵の殲滅は本当に必要だったのですか! 彼らはただの農民。領主の命で動員されたに過ぎないはずです!!」

「領主を攻めている間に、待機していた農民兵が攻めてくれば、挟み撃ちにあいましょう。さすれば、最悪こちらは全滅。運が良くても、かなりの被害は免れません。それは三家制圧の頓挫を意味し、ひいてはガラニア家の戦力の低下、諸外国に攻め入る隙を与えることとなります」

「私は、……貴方達ならば、それができると信じていました」

「それは買い被りというもの。私もケルガンも常ならぬ人の身なれば、神の如き働きはできませぬ」

「ならば、彼らは避けることのできなかった犠牲であったと?」

「御意」

「そう。……貴方達を解任すると言いたいけれど、それで元に戻ることはありえないのでしょうね」

「一度動きだした歯車は、もう止められません。止まる時は、歯車が外れた時のみ」

「それはガラニア家が滅びた時と言いたいようね?」

「御意。既に時は動き始めました。中央と違い、動きの凍っていた北方と言う土地。それは、アシュリー様の命で溶けて動き出したのです。後はひたすら時流の波に乗り、前進するのみ」

「私は領民の、北方の民の安寧を目指していました。でもこのまま、貴方の政策を続けていけばガラニア家の領地は増えましょう。ですが……、民は滅びてしまうのではないの?」

 肩を落としたような、アリーシャの沈んだ声。

 俺は淡々と答える。

「民草は存外しぶといもの。少々の事では滅びませぬ。苛烈な所業をするからこそ、民は領主を恐れ、反乱にも二の足を踏みます。そしてそれは他の家にも言えること。小さい家であれば、これよりは戦をせずとも外交で方が付きます。確かに殺された農民は多かったでしょう。しかし大局で見れば、此方の方が全体の死者としては少ない結果になると確信しています」

「貴方は人の命を数字で見ているのでしょうね?」

「それが何か問題でも? 一人救うより、二人救いたい。それがアリーシャ様の命と思っていましたが」

「そう、そうなのですが……」

 押し黙るアリーシャ。


(永遠に俺とアリーシャの考えが交差することは無い……)


 しかし、近づくことならばできる。

 想いが重なることは出来なくても、触れるほど近づくことは。

「アリーシャ様の考えを理解することは難しいかと思いますが、それに近い沿う形で従うことはできると思っております。それしかできぬこの愚臣に御寛容を」

「……分かりました。ヴェリオス、貴方を信じます。今日はもう下がってください」

 疲れ切ったアリーシャの声が御簾より聞こえる。

「御意」

 俺はそういうと、謁見の間より出て行った。

 何とも言えぬ苦い思い。

 俺もまた、アリーシャと同じ気持ちを味わっていた。

 『近くて遠い』存在。

 それが今の二人の関係だった。


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