第三十一話 武略
第三十一話 武略
≪ヴェリオス≫
北方三家と呼ばれたうちの一つ、エガンドリ家は、ガラニア家の奇襲によって滅びた。
しかし、残る二家、イリオン家とラケア家は未だそれを知らず、新体制を敷くガラニア家に脅威を覚え、秘かに水面下で同盟を結んでいた。
今や北方において、最大の脅威となったガラニア家に先制すべく、両家は策を練っていた。
それは奇しくも、ガラニア家がエガンドリ家に行ったのと同じ、真冬の奇襲攻撃だった。
豪雪が積もるこの時期の戦争は、長年の慣習によってしないのが慣例となっている。
それをあえて破るのだ。
当然、家臣の中には反対意見も多かったが、イリオン家とラケア家の両領主はこのまま指を銜えていれば滅びの道を進むのみと家臣を説得。
嫌がる農民を動員し、着々と戦の準備を進めた。
そして、イリオン領に集まった両家の兵と家臣の盛り上がらない士気を高めるため、宴が催された。
その最中、雪道を行軍する軍勢があるとも知らずに。
≪ヴェリオス≫
白銀の中の行軍。
一帯は人の背丈ほどもある豪雪に包まれていた。
道行く家々はぽつりぽつりと点在していたが、どの家にも明るい光が満ちている。
斥候が調べてきた報告によると、どの家にも他国の農民らしき男たちが家主に酒を振る舞われ、杯を酌み交わし、騒いでいると言う。
しかも、玄関には鎧や武具が揃え置かれた状態で。
イリオン家の領主の館の様子を調べてきた斥候も、全く同じ報告をあげてきた。
これが何を意味するのか。
(敵も俺達と同じことを狙っている、と考えるべきだな)
俺はケルガンにその旨を伝えると、ケルガンは不敵に笑っていた。
「まずは軍師殿の考えを聞こう」
そう言って、ケルガンは俺の言葉を待った。
(全く、どこまでも自分の考えを秘匿したがる男だ。自分の情報は最低限にしか出さず、周囲の情報は最大限に拾うか……。なるほど、大した曲者だ)
情報の漏えいは、軍の勝敗を決する場合もある。
それだけ情報を重視し、軍師である俺すら信用していないという態度は、いかにも彼らしいと言えば彼らしい。
こちらの考えなどお見通しだと言わんばかりに、ケルガンは不敵な笑みを浮かべていた。
「今の状態はまさに千載一遇の機会。まずは各個撃破が好ましいだろう。敵はこちらの進軍に気付かず、各々酔いつぶれている。各農村を襲撃して農民兵を殲滅、後顧の憂いを絶った後、一気にイリオン家当主の屋敷を落とす。……いかがですかな?」
ケルガンの顔を見るに、どうやら俺の答えは合格点だったようで、彼は真顔で軽くうなずいた。
「良かろう」
ケルガンはすぐに周囲の古株の傭兵に言う。
「皆も今聞いての通り。かかれ!!」
勢いの良い返事が辺りにこだます。
そして事は始まった。
古株の傭兵達が、各部隊を率いて、村々を襲いに進軍していく。
そしてイリオン家の農村は、楽しげな宴の場から、地獄の入口へと姿を変え、赤く燃えるのであった。
イリオン家の表門。
そこに続く高い塀にも雪が積もり、辺りの道もまた真っ白だった。
大きく立派な扉は固く閉ざされている。
俺の背後には、百名からなる厳めしい顔をした武臣が陣取っていた。
俺は腹の底から、声を振り絞り、屋敷に向かって大声を出す。
「我こそはガラニア家が臣、ヴェリオスなり! 我が主アシュリー様の命により、イリオン家降伏の使者に参った!!」
言葉こそ使者の体裁をとってはいるが、武装した臣を従えたこの姿を見れば、それが戦口上に他ならないことが分かる。
屋敷内は静まり返っていたが、しばらくすると、表門が大きな軋み音を立てながら開いた。
泰然とした態度で一人の武人が出てくる。
「我こそはイリオン家が臣、ピサロ。奇襲せず、堂々と口上を述べるところは褒めてやろう。しかし、その行為、後悔させてやる。いざ尋常に勝負!!」
俺は馬より降りて、堂々とピサロに近づいた。
そして腰の太刀『獅子帝』に手を伸ばす。
「我が名を聞いて、臆さずに出てきたこと。こちらも貴殿を褒めてつかわそう。いざ」
わざと相手を煽るように言う。
案の定、顔を真っ赤にして怒る武人ピサロ。
そして、相手が刀に手をかけた瞬間。
俺は縮地を使い、一気に距離を縮め、次の瞬間には、居合切りでピサロの首を刎ねていた。
首から吹き出す真っ赤な鮮血が、辺りの雪を染める。
「弱い! イリオン家にはこの程度の敵しか居らぬのか!!」
俺は屋敷に向かって大声で叫ぶ。
中が騒がしく動き出す。
どうやら先ほどのピサロという武人は、イリオン家ではそれなりの腕前であったようだ。
見守っていた屋敷内の武人達は血相を変え、その中の一人が、周りを抑え飛び出してきた。
「次は俺の番だ。ピサロ如きと一緒にするな!!」
それに俺は応じた。
幾人もの武人を倒した所で、屋敷内に怒声がこだまし、一気に流れが変わった。
血気盛んに見守っていた武人達が、一斉に中に駆けだし、門は再び閉ざされようとしていた。
俺は抜いていた太刀を振り下ろし、切っ先を門に向ける。
「突入!!」
俺の号令に、背後に陣取っていた百名の武人が、門に向かって突撃を開始する。
門の主導権を握る攻防が始まった。
そこへ伝令がやってくる。
「ケルガン将軍以下、全軍邸内へ突入成功。『時間稼ぎ、ご苦労』とのことです」
俺はその言葉に満足する。
各門の護りは堅く、正面突破は幾ら油断している敵といえども、ある程度の被害が出る。
それが油断していない敵ともなれば、激しい攻防となる。
俺は、いくらでもある雪を利用することを進言した。
雪を煉瓦のような形に踏み固め、塀側に積み重ねる。
雪煉瓦の階段を使い、四周に張り巡らされた塀を越えることができれば、敵の意表をつける。
そして、それまでの間、俺が注意を引く手筈だった。
伝令が来た時刻は、最初に指定していた刻限よりも若干早い。
(予想通り、ケルガンは良い仕事をする)
俺は表門に目をやった。
敵味方の激しい攻防が見られるが、それでも此方が優勢に見えた。
中に気を取られ、ろくな防備もできない表門の制圧は時間の問題。
そして、俺は悠々と制圧された門を潜って中に入った。
俺は死体の転がる邸内の廊下を突き進む。
床という床は、真っ赤に血塗られ、辺りに死体が転がる。
イリオン家とラケア家、両家の武人が差別なく殺されていた。
俺は乱世の定めと一瞥するが、それ以上の感情もなく淡々と進む。
奥の部屋。
当主の間よりさらに先には、隠し扉があった。
中から禍々しい気配がする。
俺は隠し扉を見張る兵を下がらせると、扉の鍵を壊させる。
しばらくすると、中から扉を開く音。
一人の老いた白髪交じりの武人が堂々と出てくる。
黒い眼帯をしており、鋭い眼光。
老いた武人は周りを一瞥し、拘束されたイリオン家当主を見る。
「ほう、イリオン家もこうなれば終わりじゃな。わしを閉じ込めた罰が当たったのよ」
心底嬉しそうに言う武人。
震えるイリオン家当主。
そして老いた武人は俺を見ると、ニヤリと笑う。
「お主、中々の腕前と見た。わしと勝負せい」
俺は頭の中で、素早く考える。
目の前の男が何者なのか。
そして、そこに転がる当代のイリオン家の当主と顔が似ていることに気付く。
……なるほど、当代は自分が当主になるために先代を亡くなったことにして、閉じ込めたか。
イリオン家の先代と言えば、かなりの強者として名が通っていた。
きっと、良からぬ策謀でも画策したのに違いない。
そうとでも考えないと、目の前の武人を閉じ込めることなど不可能なように思えた。
そんな者を相手にできるとなれば……。
俺の武人としての心が沸き立つ。
「よかろう。俺はヴェリオス。貴殿の名は」
老いた武人が答える。
「我が名はイリオン・アイモス。見事この首を取り、手柄にするが良い」
そんな気はさらさら無いように、気迫が満ちてくるアイモス。
俺は太刀『獅子帝』に手を伸ばし、ゆっくりと構えた。
アイモスもまた、腰に差した刀に手を添える。
一気に縮地で攻める。
互いの居合切りが重なり、刀と太刀がぶつかる。
飛び散る火花。
次の瞬間、互いに飛び退き、正眼に構えるとすぐさま突きに入る。
喉を狙い、一撃で仕留めに入る。
すくい上げられるような一撃。
手が痺れるような反撃。
そのまま、アイモスが返す刀で、袈裟切りに斬りかかってくる。
俺は体で捌き、一気に脇へ斬りつけたが、アイモスはそれすらも防いだ。
俺は、目の前の武人の技量をケルガン並みと認めた。
目の前のアイモスもまた、俺を認めたようだ。
互いの目が不敵に笑う。
俺は構えなおすと、アイモスの胴めがけて高速の突きを繰り出す。
その全てを、的確に弾き返すアイモス。
流れるように上段から袈裟切りに斬りつけ、そのまま強引に逆袈裟切り。
再び飛び退き、一気に下がるアイモス。
そんな剣戟が幾度も続く。
俺とアイモスは、互いの技量に喜悦していた。
そして、俺が素早く脇構えで右下から左上へ切り上げた時。
金属の割れる音が響く。
アイモスの刀が、剣戟に耐えきれず、遂に折れてしまったのだ。
俺の太刀は、そのままアイモスの体を真っ二つにしていた。
噴き出る血。
崩れ落ちるアイモス。
彼は満足そうな顔で、息絶えた。