第三十話 当主
第三十話 当主
≪アリーシャ≫
『エルガニア領征服。軍師ヴェリオスの功大なり』
この報が入ってきた時、護衛頭のダレスは私と同じように喜色を浮かべていた。
彼もまた、ヴェリオスの事が心配だったのだろう。
死の伝達ではなく、功の伝達であればこその安心。
それは彼が生きていることを示しているから。
私は女官長に命じ、現地の詳細を送って来るように命じる。
ただ、私はダレスのように彼の無事だけで満足できる立場にはなかった。
次々に入ってくる情報。
予想外の被害は出たものの、エガンドリア領は完全に平定。
予想外の被害は、降伏してきた旧エガンドリア家の武臣で補充できる。
私は女官長の入れた茶を飲みながら算段する。
この調子でいけば、残り二家の平定もそう難しくないかもしれない。
それが済めば……。
圧倒的な国力差を前にした周辺の小国は、こちらが勧告するまでもなく、自ら進んで傘下に入るはず。
そうすれば、民への負担は少なくて済むのだが、そう思った通りにいくかどうか。
しかし、今のガラニア家には、猛牛ケルガンと千突ヴェリオスがいる。
「女官長、ヴェリオスに伝えなさい。『このまま当初の予定通り、イリオン家、ラケア家も平らげなさい』と」
私は努めて冷静に言う。
女の部分が出ないように気を付けて。
そうしないと、封じ込めている、彼の身を案じる心が噴き出してしまいそうだったから。
「はい、アリーシャ様」
女官長は一言いうと、伝令に言葉を伝えに行く。
兵に知らせたのは次の目標となるエレガニア家の討伐のみ。
しかし裏に隠された計画では、事が速やかに運ぶようならば、その勢いに乗って残り二家の全滅を企てていた。
それを知っているのは、ヴェリオスとケルガンのみで、他は誰も知らない。
奇襲という類のものは、知る者が少ないほど成功する。
彼等には家の礎となり、民が安寧と暮らせる百年の計の為にも働いてもらわなければならない。
民のための、犠牲。
私はその行為に対し、徐々に自分の感覚が麻痺していくような気がした。
そして、そのためならば、武臣の死は致し方ないとそう思うようになっていた。
それが間違っていると知りながら。