第二十八話 心構え
第二十八話 心構え
≪アリーシャ≫
今や数少ない、直に話ができる相手である女官長。
その彼女は、最近憂いた顔で私を見る。
彼女が私を心配してくれているのは分かる。
でも、私は決めたのだ。
そして、後戻りできない橋を渡った。
父が愛していた家臣を大勢殺し、民に戦争の一端を担わせる。
それは父が望んだこととは正反対であっただろう。
しかし、少しでも早く戦争を終わらせ、民を守るためには仕方のない事だった。
小さな戦争も、積もり積もれば大きな戦争と変わらないぐらいの犠牲者を出す。
ならば一度の戦争で、全て無くしてしまうほうが良いとヴェリオスは言った。
私もその案に乗ったのだ。
彼が計画したとしても、最終的に命じるのは私。
彼はあくまでも案を出したに過ぎないのだから。
私は、もう迷わない。
ケルガンと言う戦好きな者であろうと、使える者なら使う。
彼を危険と分かっている地であろうと、それが早く戦を終わらせるためならば、送り込むことに目を瞑る。
それが家臣をひいては領民を守ることにつながると信じて。
「アリーシャ様、大丈夫ですか」
女官長が茶を入れる。
「私は大丈夫よ。女官長の方こそ、疲れているんじゃないかしら?」
「そんなことはありません」
首を左右に振る女官長。
しかし、その顔には私を思ってのことであろう、気疲れが見えていた。
「私はね、もう後戻りできないの。しようとも思わない」
「……アリーシャ様」
「この手はね、もう真っ赤に血塗られているのよ。処刑はヴェリオスがした。でもね、その裁可を降したのは私。彼はその命に従っただけ」
「そんなことはありません。アリーシャ様はただ、あの男の言うことに頷いただけです」
女官長が必死に否定する。
「事実は変わらない。あそこで私が頷かなければ、彼らは死ななかった。……でも、彼らの犠牲無くして改革が進まなかったのも事実。改革が進まないと、いずれはゾギナス家に呑み込まれ、民たちは酷使されて死んでいくわ。それだけは避けなければいけないの」
俯き黙り込む女官長。
彼女も“私が殺したのも同じ”ということを、理解してはいるのだ。
ただ、私の負担を少しでも軽くしたかったのだろう。
「全ての責は私にあります。そしてそれから逃げることは許されないのです」
そう、逃げることは許されないのだ。
殺してしまった彼らのためにも。
その犠牲が役に立つ犠牲でなければ、彼らも報われない。
「ですから私は、彼すらも駒として扱います。それをヴェリオスは望んでいるでしょう」
この言葉を言った時、私は初めて当主になった気がした。