第二十七話 戦端
第二十七話 戦端
『血の粛清』
後にそうよばれる、粛清がガラニア家で起こる。
アシュリーの命という形で、側近ヴェリオスを襲った一族郎党の粛清。
その波及は重臣にまで及ぶ。
女子供、血の薄い血縁に至るまで。
そのあまりの冷酷と弾圧ぶりに、国内の改革反対派は一気になりを潜める。
そしてガラニア家に、ヴェリオスによる独裁体制が確立。
こうして、ガラニア家において、側近ヴェリオスに逆らう者はいなくなった。
これは改革の成功と、中央並みの制度の確立を意味していた。
これら噂はすぐに周辺諸国に知れ渡る。
有利と分かっていながら、この時期に、諸外国はガラニア家を攻め入ることはできなかった。
それは専用の兵を抱える中央と違い、北方は農民兵が主体。
故に、真冬に兵を動員することが難しいのだ。
改革の成功した今、ガラニア家は中央並みの行動力も持つに至る。
北方諸国はガラニア家を、その裏で事を取り仕切るヴェリオスを恐れ始めた。
≪ヴェリオス≫
執務の間。
俺はケルガンを呼び出し、御簾越しにいるアリーシャの前に座っていた。
部屋の外では、ダレスが護衛達を率い、厳重に警護している。
「アシュリー様、時期が整いました。ご決断を」
その言葉に、喜色を浮かべるケルガン。
軍政を一手に握る彼が、戦争になれば指揮を執ることは確実だったからだ。
それ故に、俺はケルガンをこの場に呼んだともいえる。
御簾越しにアリーシャの凛とした空気が伝わってくる。
先日まで心が揺れる気配があったが、腹を決めたのだろう。
最近のアリーシャからは、出会った頃のように確固たる意志が感じられた。
領地を守るためには何でもするという。
「ケルガン、軍の采配は貴方に一任します。できるだけ速やかに、そして二度目の攻めが無いように確実に仕留めなさい」
アリーシャの威厳に満ちた声が、御簾を通して聞こえてくる。
この声こそ、俺の知っているアリーシャだと安心する。
ここ数日、女の部分が出すぎて心配であったが杞憂だったようだ。
「御意」
そう言うと、大きくケルガンが頷く。
「ヴェリオス。軍師としてケルガンと行動を共にし、勝利を確固たるものにしなさい」
それは戦の時のみ軍師として動き、普段は側近として動くことを意味していた。
軍師は将に助言し、戦局に与える影響は大きい。
有事以外は側近とし仕え、アリーシャの言葉を家臣に伝えるだけの存在とする体裁を取る。
それは、俺が他の家臣からいらぬ妬みを買わぬようにする、彼女なりの配慮でもあった。
「ハッ」
俺はそんなアリーシャの言葉を嬉しく思いながらも、そんな素振りは一切見せず、ケルガン同様、短く答える。
先代グリロスが蓄えた巨万の富、新しく整えたケルガンを頂点とする軍制。
この二つが組み合わされば、北方全土に嵐を巻き起こすことができる。
ケルガンの才能は、中央の激戦地区でも引けを取らない程のもの。
それに兵站と兵力に制限がないとなれば、彼は存分に手腕を揮うことができる。
これまでは傭兵という立場から、警戒され、実力を十分に発揮できなかった男。
ケルガンの興奮は、想像するに難しくない。
そこに俺の才が加われば……。
北方を平定するのにもそう時間はかかるまい。
俺の指示では、兵は言うことを聞かない。
ケルガンの元には傭兵しか集まらない。
組織の頂点に、アリーシャと言うカリスマがあればこそ、ガラニア家は動く。
俺は彼女を神輿に据えたことに、満足していた。
「此度の戦は、北方を治める第一歩。失敗は許されません。兵の命を無駄にせぬよう」
アリーシャが兵の命と言う所で、一段と声を強める。
「また、ヴェリオスもそのつもりで助言するように」
俺は無言で頷く。
ケルガンは面倒そうな顔をしていた。
兵士の命など、紙よりも軽い時代。
替えなど幾らでもいるという考えだからだ。
アリーシャとは一生分かり合えないだろうが、命令は命令。
どんなに不服であろうと、主の命であれば、ケルガンも遵守するだろう。
逆に難易度が上がったことに、楽しみ見出すかもしれない。
「さあ行きなさい。そして、ガラニア家に勝利を」
話はここまでと言わんばかりキッパリと言い、俺達に命じるアリーシャ。
その毅然とした声に、俺は奮い立っていた。
慌ただしく動きだすガラニア領。
アリーシャの名でヴェリオスから発令される動員令。
直ちに、武臣達に招集令がかかる。
それと供に、商人から大量の物資が買い上げられる。
ケルガンは、直ちに軍をまとめる。
最近組織した直下の傭兵団は、特に戦慣れしており、威容を誇っていた。
またそれに伴い、領内は戒厳令が敷かれ、農民は異常があれば直ちに近隣の役所に届け出ることが義務付けられる。
それは昼夜であろうと関係なく、異常があれば直ちに届け出るというもの。
この命に背いたものは、家族もろとも死罪とあり、領民は震えあがる。
そして平和であった亡き先代の治世を偲んだ。
ただ、武臣達は違った。
それはこの戦の相手がエガンドリ家だったからだ。
先代グリロスが亡くなった遠因に、彼の家が卑劣な手口で領主の館に攻め込んでこなければ、もう少し長生きできたであろうと言う認識が、武臣達にはあった。
いやがおうにも高まる士気。
ヴェリオスが細工するまでもなく、機運は高まる。
出陣の準備が整い、一同整列する中、輿に乗ったアリーシャが出向く。
そして御簾越しにアリーシャの声。
俺はその声を皆に伝える。
戦場で伝令が伝えるような大声で。
「皆の者、アシュリー様のお言葉を伝える。『先代の仇を取り、無事帰ってくることを願う! 見事果たしてくるが良い!!』」
その言葉に、一斉に沸き立つ軍勢。
ただ、まるで俺に対して言われたような気がするのは、自惚れであろうか。
そんな感情が出てしまう。
アリーシャの輿を守るダレスが俺に囁く。
「無事に帰ってこいよ。首だけのお前なんて見たくねーからな」
俺は拳を、ダレスの拳にぶつける。
そして答える。
「無論そのつもりよ」
俺の不敵な表情と言葉にダレスは、頷く。
こうして、北方平定の第一歩は始まった。