第二十六話 哀愁
第二十六話 哀愁
≪アリーシャ≫
御簾越しに、ヴェリオスの声が聞こえる。
彼とはもう、この御簾という壁がないと話せないのが辛かった。
他の家臣と御簾越しでしか話さないと決めた時、彼ともそうしようと決めたからだ。
一人の家臣だけ贔屓にするのは、家が崩壊する元だから。
こんなにも近いのに、遠い。
それが切なかった。
後継ぎであった頃、別邸の執務室で共に語った頃が懐かしかった。
あの時は机を挟んだだけであり、彼の匂いも息吹も感じられた。
今あるのは、彼の影と、焚かれた御香の香りだけ。
彼は私の代わりに次々と家臣に命じ、私は彼にしか聞こえない声で、彼の言葉に賛同の意を伝えるだけ。
彼は私の盾となり、皆の憎しみを一身に受け止めていた。
それが辛かった。
私のために、家のために、彼がひとり悪役になり、憎悪を受けるのが。
手を伸ばせばすぐそこに、彼はいるのに。
もう、触れることすらできない。
私は改めて思った。
家の為に大事なものを捨ててしまったのだと。
彼がそれを望んでいたとしても。
けれど、そのことを後悔していない。
全くと言えば嘘になるが、私は家を選んだ。
臣民の幸福を選んだ。
ならば、そのことに全力を尽くし、彼らの為に尽くそう。
父がそうしたように。
それこそが彼を安心させると思い。
そして私は、連日彼と話し合い、家の事を決める。
御簾越しに。
そして今夜も。
彼は私の為に出て行った。
愛しい人。
でも、薄情な人。
一切私に頼らず、全てを自分でしようとする。
もう少し頼ってくれればどれほど、気が楽になれるか。
それすらもできない、不器用で孤高の人。
それでも愛しかった。
『……ヴェリオス』
私は呟く。
ずっと傍にいてくれると信じて。