第二十五話 反対せし者
第二十五話 反対せし者
≪ヴェリオス≫
謁見の間。
領主となったアリーシャは、その存在を隠すことによって家臣を威圧することを選んだ。
実際は俺がアリーシャに、臥せっていた先代と同様、御簾越しにしか家臣と対面しないことを承知していただいたのだが。
人は見えぬ存在を恐れ、敬う傾向にある。
帝も同じように、御簾越しにしか姿を現さないというが、アリーシャもまた帝の一族の血を引くお方。
真似をしたところで、文句を言われる筋合いはない。
側近である俺は、最も上座に近い、御簾のすぐ脇に控えた。
御簾越しに話しかけるアリーシャの言葉を、家臣一同に伝えると言う名目で。
俺の下には、重臣が揃い、そのさらに後ろに中級の武臣が控える。
広間に家臣一同が集まったところで、御簾の向こうで静々と歩く足音が聞こえてきた。
アリーシャが着座する雰囲気が伝わる。
この瞬間、俺の中にはある感情――、俺だけがアリーシャを独占しているという優越感が広がっていた。
だが、そんな腑抜けた思いはすぐに打ち払う。
俺はアリーシャに向かって一礼すると、集まった家臣たちに向き直り大声を上げる。
「アシュリー様の御成り!!」
家臣一同が静かに頭を下げる。
だが、頭を上げた多くの者たちの目には、新参者風情がその場で偉そうにという感情がありありと見て取れた。
俺はそれを無視する。
この程度の重圧など、戦場で大軍に立ち向かった時と比べれば何ほどでもない。
まだ、レティムスと闘った時の方がプレッシャーであった。
俺は、アシュリーの名の元に新しい命令を出す。
それはこの北方と言う田舎には、強烈な内容であった。
「これより当主アシュリー様の命を伝える」
静かに耳を傾ける臣下達。
「先ず一つ。今、空白となっておるレティウム領に、新規に召し抱えたケルガンを配置」
その言葉にどよめきが走る。
「次に、軍政をケルガンの手に任せ、彼に軍に関する権力を集中させるものとする」
抗議の声が下座から聞こえ、重臣たちは苦い顔をしていたが、これも無視して続ける。
「第三、自領で生活を営み、戦争がある時のみ本家に集まる制度の廃止。全ての家臣は、配下の兵士共々ガラニア家本宅である領主の館周辺に住まわせよ」
中央では既に、いつでも戦争ができるように領主の屋敷付近に家臣が住むのが常識となっていた。
そうでなくては、いついかなる時に戦争が起こるか分からぬ中央。
この制度を導入せねば、座して死を待つしかなかったからだ。
俺は引き続き、各人の領地の規模に応じて屋敷を立てるべき土地の割り振りも示す。
「これは暴挙だ! 御当主様がこのような理不尽な指示をなさるはずがない!!」
「そうだそうだ! 新参者、お前の考えではないのか!!」
「これを呑むぐらいならば、ガラニア家を去らせていただく!!」
さまざまな声が上がる。
特に大領を持つものほど、一族の声に後押しされて。
御簾越しに、アリーシャが苦渋の色を浮かべていることが想像するに難しくなかった。
基本、アリーシャは優しく、人思いの所がある。
いくら自分が賛同し、指針として示したからと言っても、いざ実行の場となると揺れるのが彼女。
そこを押し切らなければ、明日は無い。
最早中央で覇を唱えつつあるゾルゲス家の勢いは日の出の勢い。
少々の無茶や無理をせねば、呑み込まれるほどの勢いだからだ。
「一同、殿の御前である。みだりに騒がれるな!!」
俺は戦場にいる時と同様、腹の底から声を出す。
その迫力に、家臣一同の動きが止まる。
中には目を見開いて、こちらを見つめている者もいた。
「私は中央に長く居たから分かる。最早ゾギナス家は帝を擁し、四方を攻め立て、次々に各家を潰してきておる。このまま今まで通りにしていれば、いずれ近いうちに呑み込まれる。その時になって後悔したのでは、遅いのだぞ!!」
ぐっと言葉を飲み込む家臣達。
「なれど、今ならばまだ間に合う。貴殿らは座して死を待つつもりかな?」
すると、俺の言葉に抗議を上げる一人の武人。
「その様なつもりはない。戦って死ぬことこそが本望だ!!」
その言葉に賛同する家臣達。
「ならば、この案に乗るしかないのだ。殿を犬死させるつもりで無ければな。ただ闘うだけなら、子供でもできる。勝つ戦いを目指すからこその武人であろう」
俺の言葉に家臣一同、苦い顔をする。
そして、俺を睨みつけていた。
「では一同に問う! 殿の案以外に、ゾルゲス家を撃退する制度を作れるものがおれば、意見を出されよ!!」
下を向くもの、拳を握りしめ、体を震わす者、様々な反応だった。
が、誰も挙手する者はいなかった。
「反対意見が無いのならば、殿の案に従ってもらおう」
俺は一度御簾の方に耳を傾け、アリーシャの声を聞き取る。
そうして再び下座に向き直ると、広間によく通る声で言った。
「此度の会議はこれまでとする。一同解散!!」
皆、ぞろぞろと謁見の間を出て行く。
ただ、その誰もが俺を憎々しげに睨んでいた。
それからの俺は、側近として領主の館に連日泊まり込み、アリーシャと話し合いを続けた。
今後の修正すべき点、裏を探る家臣間者から入る情報を元に、今後の対策を練る。
その傍で、ダレス率いる護衛達が四周を警戒していた。
これだけの改革、不満が出ないほうがおかしいからだ。
いつ何時、当主の首のすげ替えを狙って、暗殺者が来るとも限らない。
間者からの情報でも、十分に危険な領域まで不満が溜まっていることが分かっている。
改革だけでも重荷であるはずなのに、暗殺と言う目に見えない精神的な重圧を、アリーシャに与えるわけにはいかない。
(この辺で盾になるべきであろうな)
俺はそう判断すると、自室に用があると言って、久しぶりに領主の館を後にした。
ところが、示し合わせていたわけでもないのに、ダレスも突然用があるので戻ると言いだし、部下に彼女の警護を任せて俺と一緒に出てきた。
だが、俺にはダレスの考えが手に取るようにわかった。
俺はジロリとダレスを見るが、彼はそれをさらりと受け流す。
こいつとは短い付き合いだが、腹を割って話しあえる仲だ。
(お節介な奴め……)
それが正直な感想だった。
ただ、そういった行為は今まで受けたことがなかったので、嬉しくもあった。
執務の間を出ると、二人とも無言であった。
玄関から出ると、外は雲一つない月夜。
冷え込む空気。
門から足を踏み出すと、道の両側に立ち並ぶ煉瓦作りの建物には、屋根に雪を載せて月の光を反射させ、白銀に輝いていた。
吐く息が白く、二人の長靴の足音だけが辺りにこだます。
(これだけ明るければ、今宵の襲撃は無いか……)
襲撃しても、月の明かりで顔を見られる恐れがあるからだ。
暗殺は未遂であっても、一族共に連座して極刑――、それがガラニア領の法度だ。
自身の生還どころか一族をも巻き込む行為には、二の足を踏むのが普通である。
俺がそう思っていると、ダレスも同じことを考えたのか、こちらを見て苦笑する。
俺もつられそうになった。
だが、そんな予想に反して、俺とダレスの二人が十字路に差し掛かった時、一気に四方の道から殺気が膨れ上がった。
これは死を覚悟した者のみが発することができる、気迫。
「ダレス」
俺は短く名を呼ぶ。
それだけで意味を理解したダレスが答える。
「ああ」
ダレスの顔も、一気に引き締まる。
俺とダレスは背中を合わせ、死角を消した。
覆面で顔を隠した武人然とした男たちが、街の建物の陰から次々と姿を現す。
二十人はいようか。
その誰もが、生きて帰ることを諦めたような、決死の覚悟が見えた。
「何者か、名乗られよ!!」
俺は大声で問うが、当然のように答えはない。
ただ、俺達を囲むように徐々に輪になって、距離を狭めていく。
俺は、太刀『獅子帝』に手をかけた。
左手の親指で鍔を押し上げ、太刀と鞘との隙間を少し開ける。
臨戦態勢として、いつでも『獅子帝』を抜ける状態に。
背中越しに、ダレスの殺気が徐々に上がっていくのが分かる。
「……覚悟!!」
リーダーと思しき男が口を開いた。
一斉に気合のこもった雄叫びを上げ、攻めて来る武人達。
月夜の下、俺が居合で一閃すると、一人の武人の胴が、真っ二つに分かれた。
続いて、次々と神速の突きを繰り出し、容赦なく襲撃者達の心臓を貫き続ける。
真っ赤な鮮血を胸から吹き出し、倒れ行く武人達。
後ろでは、ダレスが敵の骨を砕く音が聞こえる。
十字路一帯は、阿鼻跫音が響く、戦場と化していた。
数々の刀を躱しながら、戦い続ける。
時折、ダレスと立ち位置を変えながら。
襲撃者の攻撃は捨て身の攻撃で、斬られて斬る、その気迫と執念には、たびたび負かされそうになった。
避けきれず、どんどんかすり傷が増えるが、その度に、撃退した返り血を浴びた。
一刻の時間が過ぎ、やっと撃退したと思ったが、そこまで事態は甘くなかった。
一息つく間もなく、更に足音がし、第二陣、第三陣と続く。
太刀に血が滴り、余りに多くの人を突いたため、脂で切れ味が鈍りつつあったが、それでも戦うしかなかった。
結局、これだけの騒がしい音がしているのにも関わらず、駆けつける警邏は一人もいないまま、朝を迎えた。
それだけ俺が家中でも嫌われているということなのだろう。
朝日を浴びた一帯には、死体の山が築かれていた。
ダレスがいたからこそ、切り抜けられた。
ダレスが無事であることを確認すると、思わず笑いがこみあげてきた。
ダレスもまた、笑っていた。
辺りに二人の哄笑がこだました。