第二十四話 波乱の後継
第二十四話 波乱の後継
≪アリーシャ≫
重臣一同が集まっていた。
父の亡くなった謁見の間に。
私の背後には、御簾越しに納棺された父の遺体が安置されている。
悔しそうに涙を浮かべる者もいる。
これだけでも、父がどれだけ臣民に愛されていたか分かる。
彼らが私に向ける行為は、半分以上が父への思いから来ているのだということがひしひしと伝わってくる。
「若様、今後の御方針を」
古株の重臣が口を開く。
ヴェリオスが私に助言してくれた言葉を思い出す。
そして、私は瞑っていた目をゆっくりと開き、余裕を見せてわざと堅い口調で言った。
「先ずは礼を言う。父亡きあとも出奔もせず、私を盛り立てるために集まってくれたことに」
その言葉に父を重ねて感激する重臣たち。
「これより我がガラニア家の指針を示す。今まで父は守りに入っていた。その為に、戦争による被害は少なかったが、足元を見られ攻められることもしばしばあった。私が代を継いだからには、その様なことはさせぬ。初代ガラニア家の領土を取り戻し、確固たる地位を築き、領民を守る」
淡々と、だが有無を言わせぬ口調。
「それは……。各地に攻め入るということでしょうか?」
重臣の一人が恐る恐る口を開く。
「うむ。元を辿れば北方一帯は我がガラニア家が支配した地。それを動乱と共に、各時代の家督相続の折に力を持った親族の独立を許したが故に、今の事態になっている。父が力を蓄えてくれた今、それを使い、領土を取り戻さずして、いつこの力を使うというのか」
「しかし……。今はまだ時期尚早。まずは国内の地固めが大事では!!」
父に近かった重臣が何人か立ち上がって言う。
ひそひそと聞こえる広間の声。
それらをまとめると、家臣としては、叔父上と父の亡くなった今、戦力の低下と支柱を失った状態。
故に攻めるには賛成だが、私の指揮下では不安が大きいといった所のようだ。
そんな彼らを見上げながら私は言い切った。
「それがどうした。今の当主は誰であるか」
一同をゆっくりと見渡す。
顔を真っ赤にして口ごもる重臣たち。
「……アシュリー様です」
そして呟くように、小さな声でボソボソと言う。
「分かればよろしい」
そして立ち上がると、重臣を見下ろしていう。
「父は生前に私を試し、そして安心して後継者に据えて逝かれた。その私に逆らうことは先代に逆らうも同じ。私の方針が気に入らぬ者は去るが良い」
そう言うと重臣たちを後にして、部屋を出て行った。
後ろでは、何様のつもりかなどと様々な声が聞こえたが、それを敢えて無視する。
私もしたくてするわけではない。
私が生まれる前より延々と続く、戦しかない時代。
この戦で北方全ての戦を終わらせねば、未来永劫我が領民たちは救われない。
その為なら、私は心を鬼にして民の為に憎まれ役になろうと決意したから。
会談の間には弔問の客に中央は元より、各国の使者が来ていた。
どの者も顔は悼むように悲しげな顔をしていたが、目は嘘をつけない。
私がどの程度のものか探っている眼だった。
私はそれぞれが自分の敵と思い、父を亡くした悲しい気持ちを抑え、威圧するように対応する。
どの使者も、やや意外そうにしていた。
今まで父の方針で表に出たことは無く、民とも一部の家臣を除き、臣とも接したことがないため、深窓の令嬢のように思っていたのだろう。
特に北方一帯の使者には、侮りの色を浮かべて部屋に入ってきただけに、対応した時は、厳めしい顔になって帰って行っていた。
そして、これで最後かと思う相手が、最もエゼリオン全土で最も広大な領土と力を持っているゾギナス家の使者であった。
「この度はご愁傷様でございます。さぞお力落としの事でございましょう。ゾルゲス家を代表して、謹んでお悔やみ申し上げます」
「これはご使者殿。温かいお言葉、感謝いたします」
まずは、定例の言葉で互いに様子を見る。
そして、私の面構えを見たゾルゲス家の使者は続いて口を開く。
「帝も一族の者として、悲しんでおりました」
中央を抑えたゾルゲス家は、帝の住む朝廷をも支配においていた。
今や帝の言葉は、ゾルゲスの言葉と言っても間違いではない。
ここで帝の名を出す真意が知りたかった。
「帝はアシュリー殿が気落ちしているようであれば、朝廷に一族の者として迎え入れる用意がございましたが、不要のようですな」
なるほど。
私が不甲斐ないようであれば、朝廷の名の元、領地を摂取するつもりであったのだろう。
その強引さがあればこそ、伸し上がったのであろうが、私としてはこのような場でと怒りが湧き上がる。
それを見越して使者が言う。
「これからは申し上げる言葉は、朝廷の言葉ではなくゾルゲス家の言葉として聞いていただきたい」
突然、威々猛々とした態度に出る。
「三郡を残して、全て朝廷に返上するならば、ゾルゲス家の属国としてガラニア家を認めよう。もしもそれが不服であれば、東方征伐が終わった後、家は無くなると思われるがよろしい」
朝廷に返上と言葉は飾っているが、結局は背後にいるゾルゲス家に渡すということ。
私はその言葉に怒りが抑えれそうになくなる。
先ほどは全領土を召し上げるつもりであったと脅し、その後には使えそうだから一部の領土を残して降伏せよと言う。
(いくら中央で力を持っているとはいえ、何という無礼であろうか――!!)
しかもゾルゲス家は、広大な領土を持つと同時に民を酷使することでも有名であり、奴隷のように扱っていると聞く。
そんな家には絶対に、領地を譲ることはできない。
父が愛した民を渡すわけにはいかない。
「……ご使者殿、寝言は夢の中で呟かれるが良かろう」
言葉だけで人が斬れそうなほど低い声で言う。
「アシュリー殿、浅慮は家を滅ぼしますぞ」
「三郡のみ残し、他の領地を差し出せとは片腹痛い。ガラニア家としては、いつでもゾルゲス家と切り結ぶ覚悟がある。例え不利であろうと刀折れ矢尽きるまで戦う所存。用が御済なら帰られるが良かろう」
キッとこちらを睨む使者。
「後悔なされるな」
そう言うと荒々しく出て行った。
私は使者が出て行くと、突如として悪寒が背中を走り、後悔の念が募った。
ゾルゲス家を敵に回す、その恐ろしさから。
だが、もう後戻りはできない。
私は軍師としてのヴェリオスの実力に、期待するしかなかった。
民を幸せにするのが私の役目。
その為であれば、無茶もする。
憎しみも買おう。
私一人の犠牲で済むのならば、どんなに楽か。
それでも私はヴェリオスの指針を信じて話に乗った。
(ヴェリオス……。貴方に任せて、大丈夫なのよね……?)
今の私は、そう祈るしかなかった。
その夜、一人になると、私は自分の肩にかかる重みに耐えきれず、泣きそうになった。
(本当にあの選択は間違いではなかったの? 家臣や民を巻き込んで良かったのだろうか……)
何もかもが不安だった。
ヴェリオスの懐に飛び込めたなら、どんなに楽になれたことか。
ガラニア家の当主ではなく、ただの娘であれば。
そんな下らない妄想が頭を巡る。
でも、現実は容赦がない。
明日になれば、また厳しい現実が待っている。
(私は一人じゃない。彼が傍にいる。領民がいる。父が残してくれた家臣がいる……)
そう思い込み、自分を奮い立たせる。
私はガラニア家当主、アシュリー。
もう、後戻りすることはできない。