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第二十三話 暗躍

第二十三話 暗躍


 ガラニア家当主、グリロスが亡くなった。

 重臣で、ガラニア家の護りともいうべき人物でもあったレティムス将軍を亡くし、それに引き続いて当主をも失ったガラニア家の衝撃は、いかほどのものであったか。


 『北の巨星落ちる』


 その報は、驚愕と共に一斉に各地に伝わった。

 北方の諸国は、ここぞとばかりにガラニア家の領土を狙って、牙を研ぐべく動き出す。

 中央以下、諸方はライバルが一人減ったことに喜んでいた。

 一方、ガラニア領内では、家臣以下、平民に至るまで、全ての者が悲しみに深く沈んでいた。

 彼ほど民を愛し、民に尽くした領主はいなかったからだ。

 それは家臣も同様で、家臣を子のように慈しみ、大事にしていた当主を慕う者は多く、さらに当主と身近に接していただけに、その衝撃と悲しみは大きかった。

 臣民は、後継者であるアシュリーを敬愛してはいるものの、敬服はしていない。

 彼らは新しい領主になる彼女を祝福しながらも、一抹の不安を抱いていたのだった。



  ≪ヴェリオス≫

 邸内は当主グロリスの葬儀の準備が進められており、沈んだ空気が垂れこめている。

 アリーシャは古株の重臣たちと葬儀の打ち合わせをしていたので、俺はその合間を縫って、久しぶりに護衛達が寝起きする建物まで足を運んだ。

「ダレス、部下達の様子はどうだ?」

「みんな重く沈んでるよ。俺にしてもそうだ。護衛頭なんて肩書がなきゃ、今頃憂さ晴らしに飲んで飲んで飲みつくし……酔いつぶれてらぁ」

 目の下にクマを作ったダレスは、やけ気味に答える。

 吐く息から、微かに酒の匂いがする。

 恐らくは、明け方近くまで飲んでいたのだろう。


(まったく、これほどまでに臣民に愛される主君など、中央でも聞いたことがない。会談の時に一度会っただけの俺には、似ても焼いても食えない古狐にしか思えなかったが……)


 それだけ裏の顔をうまく隠していたのか、それともあの時だけは娘を思い、信念に反することをしたのか。


(今や棺の中である人物には、それを聞きようもないが)


「頭、準備ができました。これは……側近殿。いらしていたのですか」

 部屋に入ってきた護衛達は皆、黒い喪服に身を包み、いつものような覇気はない。

 心なしか、彼らの腰に差している刀も重いように見えた。

 それだけ、心の張りがなくなっているのだろう。

「葬儀の後に久しぶりに共に稽古でもせぬか? 亡き領主殿を見送るつもりでな。お前らが元気な姿を見せぬと、亡き殿も安心しておられまい」

 俺の言葉に、暗い顔に苦笑いを浮かべる護衛達。

「側近殿の腕前は、一時頭に就いていただいた時に身に染みて知りましたからね。……いいです、やりましょう!!」

「よし、おめぇら。今日は総当たり戦だ。朝までやるぞ」

 吹っ切れたように言うダレス。

 その顔に、最早暗さはなかった。

 そこまで切り替えの早い男とは思わない。

 腐ったままの自分が嫌なのだろう。

 俺はそんな友人ダレスを好ましく思った。

 自分にない、その気性を。



 葬儀が終わっても、アリーシャは各国の領主から送られてきた弔問の使者に対応しなければならず、多忙を極めていた。

 弔問とはいえ、そこは一種の外交の場。

 今宵から当主として振る舞い、立ち回らなければならず、もはや後継者という甘えは許されない。

 もはや彼女はアリーシャではなく、アシュリーと思うべきか。

 なぜなら、彼女は凛々しい男装に身を包み、ある種の威厳さえ感じさせる青年そのものになっていたから。

 側近として彼女の傍らに仕えているのにも関わらず、俺は彼女との距離を感じていた。

 彼女の立場と重みが、俺との心の距離を一気に広げたような気がしたのだ。

 弔問客が帰った後、アリーシャは一同を大広間に集めた。

 そして家臣達に向かって、今後の指針を示すべく、演説をする。

 その言葉に聞き入る家臣達。

 その堂々とした彼女の姿と言葉に、家臣たちは頼もしさを感じたのか、あちこちから安堵の息が漏れる。

 彼女はもはや、立派なガラニア家の当主であった。

 そして、俺はその家臣。

 もう、二人の距離を過去に引き戻すことはできない。



 一通りの用事を済ませた一日。

 久しぶりに動き回り、少し疲れた感もあるが、アリーシャの苦労に比べれば何ほどであろう。

 俺は彼女が重臣と会議を進めている間に、側近用に与えられた邸宅に戻っていた。

 そこには、顔を隠した黒装束の一団が片膝をついて俺の指示を待っていた。

 彼らこそは、情報を集める下級の武人達。

 通常、間者と呼ばれる名もなき存在。

 俺は、アリーシャに彼らの指揮を一任されていた。

「三家の様子はどうか」

 俺の質問に、間者の頭領イエラルが頭を上げて答える。

「エガンドリア家、イリオン家、ラケア家は、当家に脅威を感じているようです。春には何らかの動きがあるものと思わられます」

 数代前にガラニア家より独立した三家。

 それぞれ内紛に乗じて独立した三家だけに、本家の意向を絶えず気にし、弱体した時などはその機を見逃さず攻めてきて領土を増やし、こちらが勢力を盛り返せば、服従するしたたかな者たちだ。

 今現在はといえば、先代グリロスが病で病弱だったこともあり、再び独立していた。

 まずは家内の統一。

 足元から踏み固めなければなるまい。

「で、あろうな」

「御意」

 イエラルが答える。

「当面は、引き続き三家を見張れ。時が至れば、ガラニア家旧領を取り戻し……」

 俺の言葉の続きを間者達は待つ。

「一気に南下し、北方全土をアシュリー様に治めていただく」

 俺はニヤリと笑って、間者達を見やる。

 大それた言葉に、ざわめく間者達。

 それは、ガラニア家の始祖ですら成し得なかった偉業。

 それができれば、朝廷から正式に守護職を任じられることは間違いなく、そうなればアシュリーの名はもちろんのこと、軍師として従軍する俺の名もまた鳴り響く。

 顔を上げ、俺の顔を見る間者達。

 その表情は、俺を見るなり固まっていた。

 まるで、地獄の扉が開く瞬間を見てしまったかのように。


(この国が滅びるほどの賭け。それは自身すらも滅亡に追い込みかねない。アリーシャも危険な賭けをしなければ、恒久的な平和など訪れないことなど、承知しているだろう。ガラニア家が――、いや、アシュリーが沈む時は、俺もまた沈む時。賽は投げられたのだ。彼女が俺を側近に任じた時から)


 そして俺は、アリーシャの知らぬうちに、水面下で事を推し進めるのであった。



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