第二十二話 想い
第二十二話 想い
≪アリーシャ≫
猛牛の異名をとるケルガンに会った時、私は圧倒されそうになった。
しかし、私にはガラニア家の威光を背負っていた。
その威光を汚すわけにはいかない。
私は心の中で自分を叱咤し、気丈に振る舞っていた。
後ろにヴェリオスが居たことも大きかったと思う。
彼が居なければ、あそこまで泰然とした態度はとれなかったであろう。
でも、彼に頼ることはできない。
将来この地を背負う私には、全て自分の力で何とかしなければならないから。
その気概があればこそ、臣はついてきてくれ、助けもしてくれる。
気概ない主に仕える者など、どの世界にいよう。
父上はこんな思いを何十年も続けて来ていたのかと、今更ながら思ってしまう。
私は領民のためと思いながらいつも何かを考えていたが、領主として何ができるかと考えたことはあまりなかった気がする。
それ故に、父は先日、あのような試練を与えたのかもしれない。
私は出会って数日の彼に頼りすぎていたのかもしれない。
私は全てをふっきり、己の実力のみを信じてケルガンと交渉した。
一歩も辞さない心構えで。
話してみると、ケルガンは血気盛んな面はあるが、根は父に近いところがあることに気づく。
父は領民のために。
ケルガンの根本は、自分の配下のために。
交渉の前提となる話は、全てそれに終始していた。
これで話が終わりかと思ったところで、ケルガンがヴェリオスに話しかけた。
その内容に、ただの確認事項かと思っていたが、最後の言葉に私は動揺しそうになっていた。
『先日の続きを所望する』
この言葉に。
私が彼と初めて出会った時、あの戦いはまさに全力を尽くした生死を分けた戦いに思えた。
また彼にそんな思いをさせたくない。
私はそう思った。
しかし、彼は戦いを望んでいた。
私は、自分の心を殺し、許可を与える。
ただ、彼には無事でいてほしかった。
だから、『負かしなさい』の言葉に私の思いを全て託して言った。
生きてほしい。
無事でほしい。
生死を分けた戦いではなく、あくまでも試合でいてほしいと。
しかし、その願いは虚しく消え去る。
徐々に加熱する試合。
あのダレスですら、何度か止めようと躊躇する内容に変化していた。
最後に二人が倒れた時は、私は思わず駆け寄っていた。
ただ家臣たちの手前、取り乱すわけにもいかず、二人の安否を確認するふりで。
衛士たちにケルガンを客室に運ばせる。
護衛たちがヴェリオスを自室に運び終わると、私は何気ないふりをしてその場に残る。
他の者は側近だからだろうと、私の心配を当然のように受け止めていた。
ダレスのみは、何とも言えない表情をしていた気がする。
ベッドに寝かされた彼の体を清め、包帯を巻く。
体のあちこちに新しくできた傷すらも愛おしくて仕方がなかった。
包帯を巻き終えた時、私は彼が無事でいてくれたことに安堵し、思わず彼の体に頬を寄せていた。
『温かい。彼の匂いがする』
私はそこに心地良さを感じていた。
それと供に、彼にこれからも危険を背負わせてしまうことを考えると、自分の不甲斐なさに涙が零れ落ちる。
私の交渉で済んでいれば、彼をこのような危険に合わせずにすんでいたのかもしれなかったことが悔しくて。
私は、小さく決意をつぶやいた。
彼に誓うつもりで。
領主としてもっと成長しなければと、苦く思いながら。