第二十一話 再戦
第二十一話 再戦
≪ヴェリオス≫
アリーシャの執務室。
机を挟んだ彼女の反対側に、一人の男が立っていた。
中央でも名を馳せた傭兵、猛牛ケルガン。
先日俺と一騎打ちをした男だ。
ダレスが二枚目の優男であるのに対し、ケルガンはいかにも武人然とした立派な髭に厳めしい顔。
見るからに、将である雰囲気を漂わせていた。
彼の戦歴からして凄まじい。
初陣が、両陣営が壊滅寸前まで戦った激戦『テッサウスの戦い』。
そこから皮切りに『イラトラの退却戦』、『パトリオン戦』と数々の激戦に参加し、そのすべてにおいて功績をあげ、生き残っている。
それほどまでに名を挙げ、先日まで中央の戦場を渡り歩いていた彼は今、アリーシャの前に立っている。
それは、彼がこの地にいることを知っていた俺が、護衛仲間である部下に命じ、四方を探し回らせた結果だった。
出会った時の山賊としてではなく、正式に傭兵として彼を招いた。
大抵の者は、彼と会うと圧倒され、卑屈になると聞く。
しかし、アリーシャは圧倒されることなく、平然としていた。
さすがは、アリーシャと言うべきか、それともガラニア家の血がなせる胆力と言ったところか。
あの時の女らしさがまるで嘘の様だった。
アリーシャが口を開く。
「ようこそ、ケルガン殿」
微笑み、席を進めるアリーシャ。
貴人の勧めなしに座るほど礼を知らぬ分けではないケルガンは、アリーシャに言われて椅子に座る。
側近の俺と、護衛頭に返り咲いたダレスはアリーシャの背後から、ケルガンに睨みを利かせる。
下手な真似はさせないぞと言わんばかりに。
「弱い犬ほどよく吠える。貴殿らはそんな犬ではあるまい。心配するな。此度は先日のような無法は働かぬ」
ケルガンがそう低く言った。
暗に以前俺に対して行った行為は、ここではしないといった所か。
「ヴェリオス、ダレス。控えよ」
振り向きもせずに、アリーシャが低く叱責した。
俺達はその言葉に、睨むのを止める。
ここからは、アリーシャの手腕にかかっていた。
彼を召し抱えれば、レティムスの空いた穴が塞がるどころか、一気に戦力は倍増する。
それほど、彼の指揮能力は優れ、また傭兵たちの間でも信頼が厚い。
彼を雇うということは、信頼できるだけの傭兵もまた、彼を慕って雇われに来るということでもあり、資金さえあれば、それらの傭兵を雇い入れ、彼専属の強力な傭兵団を作ることも可能だ。
(ケルガンほどの男ならば、かなりの高待遇で雇い入れても惜しくはない。それだけに、今までもかなりの好条件を示されてきたこともあるはず……。だが、それでも今なお奴が山賊でいるのは何故か。そこが鍵になるな。アリーシャもまた、それに劣らぬ条件を出すだろうが……)
「ケルガンよ、まずは貴殿の希望を聞こうではないか」
アリーシャが凛とした態度で聞くと、ケルガンはつまらなさそうに答える。
「戦があれば、それでよい。部下を養えるだけのものがもらえるのならば、尚良いな」
ある意味小馬鹿にしているようにも聞こえるケルガンの言葉。
しかし、俺にはそれが真実である気がした。
アリーシャはその言葉を聞き、丁寧にケルガンと交渉を始める。
その言葉には誠意が感じられた。
だからだろうか、ケルガンは意外にも交渉に前向きな姿勢を見せだす。
かなりの時間が経ち、話が大詰めに入ったであろう頃、ふいにケルガンが俺に話を振った。
「ヴェリオス殿、少々聞きたいことがある」
ケルガンがこちらの目を見て言う。
本人はそのつもりではないのだろうが、睨むように。
「何か」
「貴殿は今の境遇で満足しているのか」
それは、中央から離れた僻地で満足なのかとも聞こえた。
「満足してはおらぬな」
「なら、なぜこの地にいる」
「満足できぬのならば、満足できる状況を自ら作り出せば良い。今はその過程だと思っている」
「なるほど」
面白そうに言うと、ケルガンは顎の髭を撫でる。
「俺の望みは三つ。一つは魅力的な主、二つ目は信頼に足る同僚、そして最後に……飽きさせぬ連続した戦」
俺を見つめてケルガンは続ける。
「果たして側近殿。この三つが、この地で叶えられようか?」
不敵な笑みを浮かべてケルガンが問うてくる。
俺は笑いたくなった。
今まで、彼がこちらに来るのかどうか、五分五分と思っていたが、それが杞憂であったことに。
俺の苦笑いに、ケルガンが眉をひそめる。
「まず一つ目。魅力ある主君であるが、次期当主であるアシュリー様については俺が保証しよう。そこらの凡百の領主と違い、よほど胆も据わっている。領地の為には戦働きも辞さぬ御方よ」
「ほう、貴人は座して将に任せるが世の常。それが千突をしてそこまで言わせるか……」
「二つ目は既に先日の戦いで実証されていると思うが、あれでも物足りなければ、そこにいるダレスとも試してみるが良かろう。なかなかの腕前」
「なるほど」
ケルガンの目が光る。
「そして三つ目。戦場はこの先、飽き足らぬほど提供しよう。アシュリー様には北方全土を攻め取っていただき、全盛期のガラニア家まで復興していただく。そして……」
暗に分かるであろうと、と俺はケルガンに目配せする。
彼女には、独立した周辺諸国を切り取り、中央に打って出てもらう。
そして、この国全て平らげてもらわなければ意味がない。
それこそが俺の望み。
平定すれば、帝の耳にも入り、俺は一族の悲願であった朝廷に復帰できるかもしれないからだ。
ケルガンは俺の言葉の意味を汲み取り、満足そうに頷く。
俺の最後の言葉に、アリーシャから悲しそうな雰囲気がした気がした。
しかし、俺はあえてそれを無視する。
そうしないと、自分の意志を曲げてしまいそうだったからだ。
「ならば良かろう。ただし、一つだけ条件がある」
「条件?」
(全ての要望に叶っていて、さらに条件を出すとは。存外、ケルガンは欲深いようだ)
俺がそんな事を考えていると、ケルガンは一言言った。
「先日の続きを所望する」
「なるほど……」
何だかんだと言いながら、結局のところ、戦いがあれば満足と言う口か。
条件とまで言われれば、受けないわけにもいくまい。
俺は思わず笑い出していた。
「アシュリー様、御許可を頂けましたならば、この者との対戦をいたしたいのですが、よろしいでしょうか?」
彼女は凛とした口調で、短いがきっぱりと言いきった。
「やりなさい。そして負かしなさい」
その言葉に頼もしさを感じたのであろう。
ケルガンが頬を緩ませる。
そして俺達は庭園に場を移した。
雪が掃き出され、庭園の中央は緑の芝生が久方ぶりに顔を出す。
まるでそこが舞台だと言わんばかりに。
俺とケルガンは、掃き清められた地の中央に進み出る。
腰に差した太刀『窮奇伝来』と『獅子帝』。
俺は対峙しながら、どちらを使用するか考える。
そして『獅子帝』に手を伸ばした。
『窮奇伝来』は、あまりに危険すぎると踏んだからだ。
どちらにとっても。
下手をしたら意識を太刀の魔物に持っていかれ、体を乗っ取られかねない。
未だに太刀を制御できていない自覚がある以上、それは危険な賭けであった。
それにこれはあくまでも試合であり、命を懸けたものではない。
『窮奇伝来』を使うまでもないだろう。
「それでは、よろしいかな」
俺はケルガンを睨みつけ、腰を落とす。
ケルガンも俺を睨みながら、腰を落とす。
「うむ。では、参る」
言うが早いか、一気に縮地で攻めて来るケルガン。
俺も縮地で一気に距離を縮める。
互いの居合切りを、居合切りで防ぐ。
キーン!!
金属の激しくぶつかる音が、あたりに響き渡る。
「まだまだ!!」
ケルガンは強引に押し出してくる。
「おう!!」
互いの剣を、力押しで押しあう。
一瞬、体を躱し、ケルガンの力を横に逸らすが、ケルガンはよろめかず、そのまま流れに身を任せて、流れるように空を切らせた。
俺がとっさに身の危険を感じ、後ろに飛び退いた次の瞬間、ケルガンは、下した刀をそのまま力技で強引に切り上げてきた。
(あの場に踏みとどまっていれば……)
逆袈裟切りで真っ二つに切られていたであろう。
俺はそれに対して恐怖を感じるどころか、期待と高揚で胸がいっぱいになっていた。
千突の二つ名に恥じない突きを繰り出す。
キンキンキンキン!!!
そのどれもを弾くケルガン。
しかも、突きが途切れた瞬間、上段から大きく打ち込んできた。
とっさに避けるが、その風圧によって、地面の芝が窪む。
あの一撃を喰らえば、骨など無いが如く真っ二つにされるであろう。
それを見て俺は思った。
(もっと死合いたい、もっともっと!!)
俺の心は激しく渇望していた。
ケルガンもまた、口元に笑みを浮かべている。
最早、勝負のこともアリーシャのことも忘れ、ただ戦いに呑み込まれていた。
こちらが神速の突きを繰り出せば、ケルガンは経験からくる巧みな技術で切り返す。
徐々に互いの速度が増してくる。
それから激しい攻防が続いたが、意識が飛んだのか、途中からは何も覚えていなかった。
無我の境地で戦ったのか……。
気が付くと、俺は自室のベッドに寝かされていた。
体中が、激痛ほどではないが痛む。
起き上がってみると、体のあちこちに残る浅い切り傷。
しかし、心には満足感が残っていた。
戦いの余韻に浸っていると、包帯から微かについ先日の事なのに、懐かしく感じる香りがした。
それは花のようなアリーシャの香り。
胸の包帯には涙でできたであろう染み跡があった。