第二十話 余韻
第二十話 余韻
≪アリーシャ≫
父上との会談は、無事終わった。
無事というのはおかしいかも知れないが、結果的に見れば無事としか言いようがなかった。
(あの時は、何故いきなり敵兵が攻めてきたか不思議だったけれど……。全ては父上の掌で踊っていたにすぎなかった)
あとで分かったことだが、叔父の部下であった兵士たちは私たちを恨み、国内まで敵兵を手引きしていた。
それを父上は事前に把握していて、逆に利用したのだった。
私が見事に切り抜ける器量があるかどうか見抜くために。
父上には、裏の仕事をする配下が大勢いる。
病床にありながらも、国内の情報を驚くほど正確に把握していた。
(結果的に、ヴェリオスのおかげで乗り切ることができた)
家臣の力も主の力――という、この父の理屈から、私は本当の後継者になることができた。
民のためならば、自分の娘さえも生死をかけて試す父。
いつも優しいだけと思っていた父の厳しい面を見た思いがした。
私が日記を書いていると、女官長が茶を入れて執務用の机に置く。
「険しい顔をなさっていますよ、アリーシャ様」
もう少し余裕を持てと言いたいのだろう。
私は苦笑して、女官長の入れた茶を飲む。
それは良い香りがして、とても甘かった。
(そう言えば、あの出来事は悪い事ばかりではなかった)
ヴェリオスは父の眼鏡にかない、無事士官が叶った。
当面は私付きの側近として。
私が代を継げば、晴れてガラニア家の軍師として迎え入れると言う約束で。
彼は若干不満そうではあったが、そうそう全てが上手くいくことは無いと自分を納得させていたようだった。
父が亡くならずとも、あの様子では早晩引退もあり得るからだ。
私は内心を隠しながら、彼にこれからも頼むと、次期当主として振る舞った。
本当は、彼が傍に浮いてくれることに舞い上がりながら。
ただ、それでは民を救うことはできない。
その心は、これからも押し殺し、人に知られてはいけないから。
「女官長は、叔父との別れた後、会うことはなかったのですか?」
女官長は遠い目をして答えた。
「あの方とはあれっきりでした。それでも……」
「それでも?」
「心はいつでも通じていました。時折すれ違う時など、視線をあわせてもくれませんでしたが、雰囲気で分かるのです。一瞬だけ優しい空気があの方の身を包みこんでいましたから」
女官長はそう誇らしげに答える。
「私も、ヴェリオスとはそういう関係になれるだろうか……?」
それはとても切なく哀しく感じるが、何もないより遥かに良い。
何も繋がりがない事だけは、寂しかった。
「それは姫様次第だと思います」
「私次第……」
「あの男は自分にも厳しく、認めた者には同じレベルのものを要求するように見えました。姫様が民の為に、公私ともに捧げていれば、あの男は姫様を認め続けると思います」
「この前までの、私の理想ですね」
「そうです」
そういうと女官長は珍しく微笑む。
私も思わず笑っていた。
少し前までは、それが全てだったのに、今はその理想を影が覆っている。
彼という影が。
その影が大きく広がって理想を覆っている今、また理想を輝かせなければいけない。
(そう、この前決意したはず)
その難しさが私を苦しめる。
でもそれを越えてこそ、領主になれるのだろう。
父は民の為に、私を生死すら賭けた試験をした。
自分の命さえ巻き添えにする覚悟で。
理想だけでは、良い領主にはなれない。
(父上、私は貴方の理想を引き継いで見せます)
私はそう決意したのだった。
彼の影が少し、理想よりも小さくなった気がした。