第十九話 対面
第十九話 対面
≪ヴェリオス≫
俺はダレスと語り合い、部下である護衛仲間にあることを依頼した。
そして、目的は首尾よく達成された。
先日、俺はアリーシャの命を狙っていた叔父を排除した。
これで彼女との約束は果たしたことになるから、今度はアリーシャが約束を守る番だった。
しかし、現在の当主であるグリロスは病に臥せっている。
そのため、目通りなどは当面かなわないだろうと思っていたが、アリーシャが精力的に働きかけてくれたおかげで、短い時間という条件付きではあったが、当主グリロスと会えることとなった。
果たして、無理を通しての対面でどこまで話が通るのかは難しいところだが、贅沢は言えない。
俺は黒い護衛の服から、武人が貴人に会うのにふさわしい、誠意を示す蒼い色の服に着替える。
このような類の服に久しぶりに袖を通すので、感慨深かった。
中央を離れて久しい。
だが、ようやくここまで漕ぎ着けることができたという実感があった。
(アリーシャの気持ちを無駄にしないためにも、今夜の会見を是が非でも成功させなければならない)
この日の為に磨きなおし、装飾も新たに付け直した腰の太刀、『獅子帝』は本来の光沢を取り戻している。
後ろに流した髪を、ダレスが器用に結わえる。
「ヴェリオス、見事に仕官が叶うといいな。そうすれば一挙に軍師様か?」
笑って言うダレス。
「首尾良く行けばな」
俺はニヤリと笑い返した。
勝算がなくはない。
娘の命を救ったものへの褒美。
形だけでも軍師という地位を手に入れることができれば、後はどうとでもできる自信があった。
「おらよ、できあがりっと」
ダレスが嬉しそうに言う。
姿鏡の前には威風堂々とした武人が二人、写っていた。
ダレスと俺。
ダレスも軽口さえ叩かなければ、中々見栄えがする。
そして俺は玄関に行き、用意されていた領主来賓用の黒い馬車に乗りこんだ。
領主の館はレティムスのそれよりさらに厳めしく、一見、洗礼されてはいるが、よく見れば要塞のような造りになっていた。
アリーシャが住む別邸とは遥かに規模が違う。
門をくぐり、馬車から降りると、そこにはアシュリーとして正装したアリーシャが待っていた。
俺は彼女に案内されるまま屋敷に上がり、迷路のような邸内を進んでゆく。
そして一番奥の、つきあたりの部屋へ通された。
そこは大広間のようで、奥には御簾があり、その中には人の気配があった。
臥せっているとの話だったが、どうやら病気はかなり悪化しているらしい。
客に会うにも御簾越しに、しかも寝たままとは、武人の頭領にはおよそふさわしくないからだ。
俺はアリーシャに勧められるまま、御簾に近づく。
そして、少し手前で片膝をつき、貴人を敬う作法をする。
「……ヴェリオスと申したか。固くならずとも良い」
聞こえてきたのは、想像していたよりも弱々しい、皺がれた声だった。
俺はそれを聞いても、頭を下げたまま次の言葉を待つ。
「……アシュリーから話は聞いておる。その方、我が国の軍師になりたいとか」
「御意にございます」
「……うぬのような野心家は嫌いではない。余が元気であればその方を自ら飼いならすところだが、今はこの通りでな」
当主グリロスが薄く自嘲する様が、声の調子で分かった。
「……アシュリーに命じる。この者を討て」
「父上!!」
突然の言葉に、アリーシャは顔色を変える。
だが、俺にとって予想外の反応というわけではなかった。
(賭けではあったが……。悪い方に目が出たな)
「……この者は、我が領土を守る将であるレティウスを討った。これ好機とばかりに隣国が攻めてくれば、泣きを見るのは民よ。いくら合意の上とはいえ、重罪に値する。一国の将と一介の武人では、そもそもからして命の重さが違う。そうではないか?」
仕方なくうなずくアリーシャ。
一息ついて、当主グロリアスが続ける。
「……それにだ。この男は危険すぎる。それは今回の会見でよく分かった。この男を召し抱えると、お前では御しきれず、家が乗っ取られよう」
「叔父上は私の命を狙っていました。そこをこの者が助けてくれたのです!!」
「……それしきの難を自力で逃れられず、どうして当主の座に着けよう?」
静かに語りかける当主グロリスだったが、彼の言葉は暗に、アリーシャの危難を知っていて目を瞑っていたとことを示している。
その事実に気付いたせいか、アリーシャは青い顔をして抗議を続けた。
「家臣と主人は一心同体。主人の功績は家臣の功績。逆もまた然りと教えてくれたのは父上です。此度の叔父上の排除も、部下であるヴェリオスの力で乗り切ったのであれば、自力で乗り切ったのと同じと言えると思いますが」
その言葉に、当主グロリアスは薄く笑う。
「……そなたも言うようになったのう。ならばその点は、良かろう。しかし、家を乗っ取る危険があるのは変わりなし。そこはどう説明する」
「彼を信じるしかないと思っています。こちらが信を置かなければ、相手の信を得ることはできませんから……」
良い言い訳が見つからなかったのか、拙い返事をするアリーシャ。
「……それは相手によりけりではないか? お前は人が良すぎる」
そういうと、同時に咳き込む当主グロリス。
「……ヴェリオスとやら。お主に聞きたいことがある。その答え次第で命だけは助けてやろう」
「何でしょうか」
俺はここで、返答をしくじると後がないと感じた。
「……何故、我が家を仕官先に選んだ」
簡潔な質問。
しかし、だからこそ全てを一言で表した質問とも言えた。
「帝の血を引く家柄であればこそ」
俺は正直に答える。
どうせのし上がるのならば、俺としては少しでも帝に近い位置にいたかった。
そのために中央からは遠いこの北方の地に、仕官の口を求めてはるばるやってきたのだ。
「……これは意外な言葉よな。なぜそこにこだわる?」
「我がキリア家は、遥か昔に朝廷を放逐されました」
「……キリア家の者であったか」
当主グロリアスは、キリア家のことを知っていたようで、しばらく考え込むような素振りを見せる。
しかしその隙に俺は、じりじりとアリーシャににじり寄っていた。
(いざという時は彼女を盾に取り、この場を脱出するしかない)
アリーシャもそのことに気付いたのか、こちらに固い笑みを向ける。
その時、邸内の遠くから、すさまじい怒声が聞こえてきた。
(まるで戦場での突撃時のような……)
屋敷内に、慌ただしい足音がこだます。
何事かと思っていると、下役の伝令が顔色を変えて入ってくる。
「グロリス様、敵が攻めてきました。三の門も落とされ二の門まで迫ってきています。どうか……」
そのまま伝令は、その場に背中から血を流しながら倒れた。
入り口には大勢の武装した兵士が迫っていた。
「そこに居られるのはグロリス殿とお見受けいたす。拙者、エガンドリ国に仕えるボウタスと申す者。その首もらいに来た」
そう言うと数に頼んで嬉しそうに下卑た笑いをする男。
御簾越しに当主グロリスは、動く影が見えた。
そして御簾がいきなり左右に開かれ、そこにはやせ細った老人が、一つの太刀を持って立っていた。
その太刀を俺に放り投げる当主グロリス。
「その太刀は我が家に代々伝わる宝刀。初代当主が北方全土を治めた後に、死後形見分けした品よ。見事使いこなせばそなたにやろう。その恩と、命を救う恩、二つを併せて、お前に恩を売る。アシュリーを救い支えよ。裏切るな」
「御意!!」
俺は太刀を掴む。
電撃のような痺れが全身を駆け抜ける。
もしやこれは……。
『窮奇伝来』か!!
その昔、窮奇と呼ばれる魔物を太刀に封じ込め、その力を持って帝が国を平らげたと言う伝説の品。
鞘から、ゆっくりと太刀を抜き放す。
体に走る電撃が幾重にも重なる。
欲望の渦が、体を支配しようとする。
俺はそれを、理性で支配しようとするが、太刀の魔物に意識が呑み込まれてゆく。
そのまま、体を乗っ取られそうになった時、アリーシャの姿が目に移った。
このままだと、彼女は兵士に嬲られてしまう。
俺は怒りで意識が逆流していくのを感じた。
そして、抜き身の刀から青白い光が発せられていく。
それと共に、強い力が体中に満ちる。
今の俺ならば、全盛期の頃どころか、我が流派の開祖の技すら使えると実感した。
古傷など、どこかに消えてしまったかのように痛みもない。
「今帰るなら、命は助けてやろう。さもなければ、一人残らず……」
俺は入り口の兵士を見渡し鋭く叫ぶ。
「斬る!!」
俺の尋常ではない気迫に震える兵士たち。
将であるボウタスはさすがに、気迫に負けず震えながらも威厳を保つ。
「者ども、かかれ! 数の上ではこちらが圧倒的に勝っておるのだ、気にせずかかれ!!」
その言葉に我に返る兵士たち。
扉から入ると、一斉にかかってくる。
「……愚かな」
俺は口伝にのみ残されていた伝説の技『舞葉』を想像する。
そして、体の隅々に意識を飛ばし、一気に打って出る。
敵に向かって駆けた。
舞い落ちる葉のように、敵の攻撃をひらひらと紙一重で避け続ける。
避けざまに、次々と胴が、首が飛ぶ。
その動きは、まるで大樹から葉が舞い落ちるように自然に。
返り血さえ浴びる前に、次々に華麗に突き進む。
そして、葉が舞い落ちた時には、将ボウタスを除いて立っている者はいなかった。
呆気にとられるボウタス。
そのボウタスも、次の瞬間、首と胴が切り離されていた。