第一話 遭遇
第一話 遭遇
季節は、冬。
さきほどまで降り続いていた雪はようやく止んで、上空では太陽が顔をのぞかせていたが、その穏やかな日差しは木々の生い茂る森林の中まで届いてはいなかった。
道は雪で覆われて見えず、周囲はどんよりと暗くて、寒い。
そんな森林の中を、一人の男が黙々と歩いていた。
歩くたびに、ギュッギュッと雪が軋むような音を立てる。
男は傷んだ外衣を寒さのあまりかき抱いてはいたが、それはあまり役には立っていないようだった。
靴も外衣同様に傷み、男の風貌も彼が身にまとっている品々と大差がなく、髪もヒゲも伸び放題で、彼が長らく放浪を続けていて、ろくに手入れもできていない様が見て取れる。
持ち物は背中に背負っている、傷んだ布製の袋一つ。
空腹なのであろう、時折ふらつくような足取りで覚束ない。
しかし、腰に下げた刀だけが異様を放っていた。
よく見れば反りがなく、実戦に長けた太刀だと分かる。
そして、くたびれきった風貌にそぐわず、眼光だけがやけに鋭かった。
そのまま道沿いに森林を北に抜ければ、この先にラルデンという街がある。
この乱世の中、北方一帯は世間と隔離されたかのように平和で、食べる物にも困らぬという噂が、中央周辺では流れている。
この男もまた、噂を頼りにその街を目指しているようであった。
≪ヴェリオス≫
気がつけば、ザシュッ、ザシュッと複数の人間が歩いてくる音が自分の足音に混じるようになっていた。
視界に入る場所に人の姿はないが、音は左右の木々の間から聞こえてくる。
ボサッ……と大きな音をたてて、すぐ脇で雪が落ちた。
それを合図にしたかのように、とうとうその足音の主たちが姿を現した。
防寒用の黒い毛皮のコートや狐の尻尾でできた襟巻を身につけ、長い軍靴を履いた男たち。
彼らは俺を中心に、囲むように人の輪を作った。
手にはそれぞれの得物を携え、どの顔にも、それなりの戦いをくぐりぬけてきたといったような傷がある。
ただの賊というには、数に頼り切るような甘さがなく、隙が見えない。
(戦から逃げ出した軍人か、傭兵のなれの果てか……?)
切り込めばなんとかこの場は突破できなくもないだろうが、疲労と空腹を抱えた自分の足が、果たしてどこまでもつのか。
それを考えれば、無謀なように思えた。
こんなところで深手でも負ってしまえば、死に直結する。
そんなことを瞬時に頭で計算していると、俺を取り囲む輪の中から一人、初老の男がズシリズシリと雪を踏み分け、こちらに進み出てきた。
吐く息と同じ、白い髪に白いひげを蓄えた男。
身長は低いが、背筋はピンと伸び、体の動きもまるで老いを感じさせない。
鷹のように鋭い眼光と、小柄なその身にそぐわない威圧感。
彼がこの男たち――、この盗賊たちの、頭領であろう。
そして俺は、彼が只者ではないことを直感していた。
「悪いことは言わん。腰の物を置いてゆけ。そうすれば命だけは助けてやろう」
頭領の男は俺を見下す風でもなく、「勝負はやる前からついているのだから、敗者はただうなずけ」と言わんばかりに、淡々と、だが、低く重々しい口調でそう勧告してきた。
見る限り、生粋の盗賊というわけではない。
この男なら言葉通り、無益な殺生は好まないかもしれぬ。
そうであるならば、かなりの好条件だろう。
この刀だけ差し出せば、他は奪わないと言っているのだから。
しかし。
「ほほう? ――おもしろいことを言う。己が武器を手放すものは武人にあらず……。欲しければ、奪うが良かろう」
俺は自然にわきあがる笑いを、表情に浮かべていた。
例えこの身が無様な体を晒そうとも、武人の魂までも捨てるつもりはない。
己が武器を手放して生き延びたところで、何になろう。
そんな俺の思いが伝わったのか、頭領の男はにたりと口を歪めて笑った。
「久しぶりに骨のある男に出会えたようだな。――お前ら、手を出すなよ」
俺を取り囲む男たちは互いに顔を見合わせ、あきれたように「またお頭の悪い癖が出やがった」と口々に言い合っていた。
なるほど、この老いた頭領、少々賊には不向きな癖をもっているらしい。
俺自身、人のことを言えた義理ではないが――。
しかし、虚勢は張ってみたものの、ここ数日、ろくに食べる物も口にしていない。
足取りはおぼつかず、体がまともに動くのかどうかさえ怪しかったが、それでも俺は挑むことにした。
それがこの場では、最も正しい選択に思えたからだ。
己の誇りを賭けるという意味においても。
鋭い眼光をそらすことなく、頭領の男は口を開いた。
「殺す前に、名を聞こう」
「我が名は、ヴェリオス」
名乗った途端、俺を取り囲む男たちの中から「千突のヴェリオス……!」と驚愕の声が上がった。
こんな北方の地にまで、自らの二つ名が通ってしまっているとは思いもよらなかったが、仕方あるまい。
「千突のヴェリオス……。こんなところで相見えようとはな。相手にとって不足なし。俺はケルガン」
今度は俺の方が軽い衝撃を受ける番だった。
ケルガン――、その名には聞き覚えがある。
中央で名を馳せた、傭兵だ。
常勝の指揮官でありながら、武人としてもその高名を知らぬ者はいない。
(彼ほどの男が食い詰めるとは……)
何があったのか気にはなるが、今はそれどころではない。
風が吹き、木々に積る雪がどさりと落ちた。
ケルガンがにやりと笑って距離を詰める。
囲んでいた周囲の男たちは距離をとりながら、そこで見守る様子を見せ始めた。
落ちぶれても人徳は健在らしく、彼らはケルガンの意志を尊重するようだ。
ならばもう、迷うことはない。
俺がすっと息を吸うと、冷たい空気で肺を一気に満たし、指の一本一本を丁寧に動かして、その動きを確認する。
足に力をこめ、雪を踏みしめる。
(少し感覚は鈍いが、問題ない)
ケルガンは既に腰を落とし、目を細くしてこちらを睨んでいた。
「いざ、参る」
俺はそう言うと、縮地を使い、一気に距離を詰めた。