第十八話 決意
第十八話 決意
≪アリーシャ≫
私は執務室に入ると、護衛達に命じ、誰も入れないように厳命する。
そして、護衛たちの前では立派な領主の息子を演じた仮面を脱ぐ。
どっと疲れが出る。
そして涙も。
通じなかった切ない思い。
結ばれなかった悲しい思い。
(どうして……)
それが本音だった。
私のすべてを彼に捧げるつもりだった。
身も心も。
でも、ヴェリオスは、大義に生きよと私に言った。
その目には一点の曇りもないように見えた。
自分を強く律した瞳。
その瞳に、私は逆らうことができなかった。
領民も父上も、大事な私の一部。
でも、それ以上に彼に惹かれてしまった自分が今はいる。
それを隠すことはこれ以上無理だと思った。
だから、全てを告白した。
彼を信じて。
でも、彼の信じるものは別にあった。
私とは正反対に、自分の行くべき道というものに。
「姫様。冷めぬうちに」
女官長が傍にいて、紅茶を入れる。
私は誰も入れぬように命じたはず。
私の疑問をくみ取った女官長が口を開く。
「姫様がお戻りになる前からお待ちしておりましたので」
「そう。なら、恥ずかしい姿を見せてしまったわね」
涙をハンカチで拭う。
白い絹の布に、涙の染みが広がってゆく。
止まらない、溢れる涙。
「姫様。今宵の事は糧にして生きてください。忘れることはできぬでしょう。ですが互いの分限を越えた恋は、いつか破滅をもたらします」
それは、実感のこもった声だった。
「女官長……」
女官長は、諭すように語りだした。
「私は、レティムス様と若いころ恋仲にありました」
絶句する私。
「レティムス様も若いころは明るく、朗らかな方でした。ですが私と結婚したいと先代様に願い出たところ、逆鱗に触れ、勘当。その上、領地の中でも最果ての激戦地に飛ばされました。『祖をたどれば、我が一族は帝の血を引く高貴な者。それが下賤な民ごときに心を許すとは何事か』と、言われ」
初めて知る、女官長と叔父の過去。
(あの陰鬱そうな叔父にもそんな過去があったなんて……)
「そこを当代様が取り成され、家に戻ることが許されました。それからです、レティムス様が当代様に心を許されたのは」
「すまなかった……」
ただそれだけしか言えなかった。
女官長の恋仲であった叔父上を殺したのはヴェリオスだが、それは私がしたのと変わりない。
彼は私を思ってしてくれたのだから。
「気にしないでください。そこはあの方御自身の行動のせい。自業自得ですから」
からからと笑う彼女。
そんな自分勝手な、傲慢なところも愛していたと言わんばかりに。
「私が言いたいのは、身分を考えないと、どちらも破滅に導くということです。姫様、今夜は好きなだけ泣いて、自分の思いを吐き出してください。ですが貴方様は、次期御領主になられるお方。辛いでしょうが、明日には全てを吹っ切って下さいませ」
女官長は優しい言葉の中に、厳しさを混ぜて言った。
私は自分が甘かったことに改めて気づいた。
そして、それに気づかぬほど彼に惹かれていたということにも。
女官長が部屋を出ると、私は泣いていた。
声を殺して。
そして、自分も殺して。
明日からは女の心を捨て、領民の為、領地に尽くすことを心に誓って。