第十六話 見得
第十六話 見得
≪アリーシャ≫
一時も早く駆けつけねばと、逸る気持ち。
馬が泡を吹くのではというほど、きつく叩く。
やりすぎているのは分かっていた。
それでも手を止めることができなかった。
いきなり後ろから馬を疾駆させて追い上げてきたアレスが、横に並ぶと、鞭を持つ私の手を握る。
「アリーシャ様! 逸る気持ちは分かりますが、馬をつぶしては元も子もありません。徒歩では間に合いませんよ」
「分かっている……!」
そんなことは百も承知だが、それができない。
自分の心を制御できない。
必死に心を押さえつけ、冷静になろうとする。
そして、ようやくあの城のような屋敷が月夜の下に見えてきた。
門まで一気に速度を上げる。
(ここまでくれば、馬が倒れても行ける)
馬も死ぬほどではない、と勝手に決めつけてしまいながら。
いきなりの騎馬の一団に、衛士は驚き、慌てて門を閉めようとする。
「我こそは、ガラニア家が次期当主、アシュリーと知って門を閉めるか! されば叛意ありとして軍勢を差し向けるぞ!!」
その言葉に驚き、慌てて門を開けなおす衛士たち。
今まで私を嘲っていたレティムス配下だったが、今はそんな様子もない。
「行くぞ!」
後ろのアレス以下、護衛たちに声をかけると、再び馬を疾駆させ、邸内に乗り込んだ。
邸内では歓声が上がったかと思うと、すぐに静かになる。
(やはり……!)
庭の中央に、煌々と照らされる篝火。
目に飛び込んできたのは、ヴェリオスと叔父上が戦う寸前で構えている様子だった。
ヴェリオスが強いことは知っているが、百戦錬磨の叔父上相手では分が悪い。
しかも、自分は武人としては半分死んでいるという告白を聞いたばかり。
(何としてでも止めねば……!)
勇気を振り絞り、精一杯、声を張り上げる。
「叔父上、その勝負待っていただく! そこにいるのは我が家臣。腕試しが終わったならば、返していただきたい」
その言葉に不快そうな叔父上。
それに、なぜかヴェリオスまで。
二人は私の仲裁に耳を貸さず、そのまま闘いを始めてしまった。
息をもつかせぬ攻防。
その凄さに、私を含め、周りの者は固唾をのんで見守った。
激しい攻防の末――、叔父上が負けた。
彼が生き残った事に嬉しい反面、信じられなかった。
(あの叔父上を倒す者がいるなど――)
しかし、いつまでも驚いている余裕はなかった。
叔父上配下の兵士たちが殺気立ち、徐々にこちらに向かって詰め寄ってくる。
この場を治めなければ、私たちは殺される。
(私はまだいい。身内の争いのようなものだから。でも、彼を……、ヴェリオスを殺させるかわけにはいかない)
そう思うと、私はとっさに、勝手に体が動いていた。
彼らの間に馬をゆっくりと進めると、背筋をぴんと張り、腹の底から声を出す。
「皆、武器を納めよ! 叔父上には叛意があったことはすでに証拠として数々の手紙が押収されておる。なれど、今ならば処刑ではなく、名誉ある決闘の末の死となろう。お前たちは事を長引かせて、叔父上の死に泥をつけたいか? 叔父上は私を害そうとした行動はどうあれ、国を護り続けた英雄ぞ。民の誇る英雄の最後を飾らせてやれ」
私の言葉に、兵士たちは悔しそうに、武器を次々と放り投げだす。
叔父上の叛意の手紙などなく、それは当てずっぽうで言ったのだったが彼らの行動を見る限り、それは事実だったようだ。
叔父上と兵士は一心同体であり、秘密ごとは無きに等しいと言われている。
私は、ヴェリオスを馬に乗せると、ゆっくりと余裕があるように見せかけて、叔父上の屋敷を後にした。
背中はびっしょりと汗でぬれており、生きた心地がしなかったが、彼を助けることができたことに満足している自分がいた。